想像
井上リカは田町駅を目指した。
「リカちゃんには関係ないんだから放っておいてくれよ!!」
頭の中で健太郎に言われた言葉が、いくら振り払っても反芻されるようにまた頭の中に浮かんでくる。
まさか怒鳴られるなんて思ってなかった。自分と健太郎の関係ならあれくらいの事は許される事だと思っていた。健太郎ならフィギュアなんかよりも自分を選ぶと思っていたーーけど違った。
『全て計算通りに行く』
自分がそう思い込んでいた事と現実がズレていたショックでリカは店を飛び出した。健太郎の事を想うのならきっと意地でもフィギュアを取り上げないといけなかったのだろう。自分が彼を正気に戻すと誓ったのだから。
……けれど出来なかった。
男の人に怒鳴られるのは初めてだった。それがよりにもよって絶対に自分を嫌うはずはないと思い込んでいた相手からだった。恐怖で全身の力が抜けた。
そして何より込み上げる恥ずかしさを抑えて気丈に振る舞う事がどうしても出来なかった。
しかしリカを襲う屈辱はそれだけで終わらなかった。
「リカちゃん待って!!」
店を出て駅に向かおうと階段を降りたところで健太郎の自分を呼ぶ声がお店の方から聞こえてくる。
ウソッ……!!
リカは驚いた。まさか健太郎がすぐ自分から追いかけてくるなんて想像していなかったので一瞬振り向きそうになる。
しかし、すんでのところで踏みとどまる。
誰が振り向いてやるもんですか。あなたのせいで私は凄く恥ずかしい思いをしたんだから。もっと懲らしめてやらないと面子がたたないでしょ。
そう思い直しリカは再び歩み始める。
まるで、スマッシュを打ち込むタイミングはここではないと言わんばかりに。
背中越しには健太郎が慌てて階段を降りる音が聞こえてくる。
よしよし、ちゃんと追いかけてきてるわね。けど知らないふりしてやるんだから。健太郎さんがちゃんと謝ってくるまで絶対にふりむいてやるもんですか。
さて何回目の謝罪で振り向いてやろうかしら。
一回目は論外。三回? 駄目ね健太郎さんにそんな根性ないから。二回、そうね、二回目の謝罪で……!!?
「くぁwせdrftgyふじこlpっっ!!」
突然、言葉にはならない声がリカの喉の奥から漏れ出しそうになる。
自分の肩に、突然分厚くて力強い感触が伝わってきて、自分を強引に引き寄せる。
健太郎の掌だった。
ウソッ……
「なんですか?」
リカは振り向きながら問う。
努めて冷静を装いながら。ちょっとでも気を抜くと焦りが顔に出てしまうだろう。
「さっきの事謝りたくて……」
そう言う健太郎の訴えるような目は真剣だ。
もういっかな。
ここは恨言の一つでも言って手打ちにしよう。健太郎さんの事だからきっとテンパるぞ。それでまた主導権を握れるぞ!
しかし、そう思ったのがいけなかった。
リカは再び大きなショックを受けることとなった。
「俺、リカちゃんの事妹みたいに思ってるから」
この日、リカは初めて失恋を経験する。
どこをどう考えてみても相思相愛のはずだった。
自分の予想では今日から胸をあたためるような甘い時間が二人の間でずっと続くはずだった。
けれどそれは全てリカの勘違いだった。
思えば今朝からずっとあの人形に話しかけてた。
昨日なんて服の内側に入れて持ち歩いてた。
本気で私より人形を選ぶって言うの? 嘘でしょ……?
「健太郎さんなんて人形と心中すればいいのよ!! バカ!!」
悔しさと人形に負けた恥ずかしさでリカは田町駅前の富士そばの前で、人目も憚らず大声で叫んだ。




