喧嘩に
「……なんですか?」
ためらいながらも、リカちゃんはそう返事をくれた。
良かった、まだ話を聞いてくれるみたいだ。
「今から話す始めはほんとに真面目な話なんだ」
俺はリカちゃんの両目にしっかりと己の眼差しを合わせ、疑いの目を向ける彼女に同意を求めると、リカちゃんの目つきも変わる。真剣な眼差しに。
いかん、なんか緊張してきた……とりあえず謝ろう。
「けどその前に謝るよ、ごめん、さっきまでリカちゃんに嘘ついてた」
「……いえ、それでお兄さんの話って……」
「俺、実はリカちゃんが言ったように、人形と会話することが出来るんだよ。けどこんな事いきなり言われて信じるなんて難しいだろ?」
「そりゃそうですよ、喋るお人形のオモチャとかなら見たことありますけど、お兄さんの場合は違うんですよね?」
「ま、そりゃそうだよな。だからリカちゃんにはこれを見て欲しいんだ」
そう言って俺はジャケットの中に手を入れ、ホルスターの中のセナを掴んでリカちゃんの目の前におく。
「これは?」
リカちゃんはテーブルの上のセナをまじまじと見つめ
ながら言う。
あぁ、恥ずかしい。リカちゃんは今どんな事を考えてるんだろう。今まで必死で隠してきたのにまさ自分からカミングアウトする羽目になるとは……
「セナって言うんだ、数週間前にたまたま秋葉原でこいつと出会った事で、フィギュアやら人形やらの魂の声が聞けるようになったんだよ」
「魂の声……」
「そう、魂の声。こいつが言うには人形やフィギュア達には本来みんな魂があって、理由はよくわからないんだけど、現代の人々にはその声を聞くことが出来なくなってしまってるんだってさ」
「それで、そのお人形さんに頼まれてお兄さん以外の他よ人にも声が聞こえるようになる方法を探す協力をしていると」
「ああ」
リカちゃんは眼下のセナに双眸を落とし、再び観察するようにまじまじとセナを見つめる。俺はそれを黙って見守る。
とりあえず俺が嘘をついた事には納得はしてくれた様子だ。けど問題はここからだ。
「お兄さんが嘘をついてないのはわかります」
リカちゃんはセナから俺に視線をあげながら言う。
「今の話をしたのがもしあまり関係のない知人とかだったなら、私はそれを信じたフリをするんだと思います。けれど、お兄さんを本音を言わせてもらいます。人形が話すなんて、そんな事あるわけないじゃないですか」
思った通りリカちゃんは俺がセナと話せる事を信じてくれたわけじゃない。信じられるわけがない。
俺が彼女に理解者になって貰うためには、彼女の深層心理にある固定概念を180度ひっくり返さなくてはならない。人の価値観が変わってしまうほどの。
けれど俺は人々を熱狂させるカリスマ指導者でもなければ人をとろけさす雄弁なホストでもなんでもない、口下手なただの男だ。
リカちゃんに信じて貰うためにはそれを否定しようのない完全な証拠が必要になる。
「リカちゃんが信じれないのはわかる。だからここからは論より証拠、ちょっとセナを見てくれる?」
そう言われてリカちゃんは再び視線を落とす。
それを確認して俺はセナに話しかける。声は聞こえずともセナが俺の言葉に合わせて動いてくれれば否が応でもセナの存在を存在を信じる事になるだろう。
「セナ、動いてみてくれ」
しかし、セナに反応はない。
どうしたんだろ?
「おい、セナ、早く立てって」
俺は少し強めの口調でセナに話しかけるが、セナは動かない。なんでだ?
「オイ、セナ! ふざけてる場合じゃないだろ? 早く立ってくれよ!」
「……それが、さっきからずっと動こうとしてるんですけど、動けないんです」
セナが身体を動かさずに声だけ俺に送ってくる。
えっ、ウソ……
「なんで!?」
「わかりません、けど、何か大きな力が抵抗してくるようで、すみません」
「嘘だろ……」
今までにない事態に俺はテンパる。どうやらセナの身体に支障があるわけではないみたいだけど、なんでこのタイミングで……
「あの、お兄さん? さっきから何をしてるんですか?」
こっちはこっちで動かないセナに何度も話しかけるというシュールな光景に疑問を持ったリカちゃんが痺れを切らせて俺に質問を投げかける。
やばい、これじゃあリカちゃんに信じて貰うことが出来なくなる。
「それがセナの奴今は動けないらしくていくら呼びかけても動いてくれないんだよ」
「はぁ……」
それを聞いてリカちゃんはため息にも似た返事を返す。
「ちょっと待って、今別のやつらに頼むから!」
そう言って俺はハクリューとヤドランをバックから取り出し、
「話は聞こえてるだろ? いつもみたいに動いてくれ!」
そういうと、2匹とも動こうとせず、さっきのセナと同じくヤドランの方から声だけが聞こえてくる。
「駄目だを、身体に力が入らないを、マヒになったみたいだを」
どういう事だ? セナだけじゃなくてヤドランとハクリューまで、俺が唖然とした顔でセナとハクリューとヤドランを眺めていると、
「どうやら、井上リカの信じられないという強い心が僕たちの存在に干渉して僕らを動けなくさせてるみたいだね、このままだと彼女の前だと喋る事も……」
そう言ってセナ達はうんともすんとも言わなくなる
「お、おい!! おいったら!」
「あの、お兄さん? もしかして私をからかってます?」
リカちゃんは言う。その声に若干の苛つきをのせながら。
「いや、違うんだよ、リカちゃんがいるからこいつら動けないらしくて、いつもは普通に動いたり踊ったりしてるんだけど……」
「私がいるから悪いって事なんですか?」
「いや違う、そういうんじゃなくて…… そうだ! ムービー、ムービーを撮ってリカちゃんに送るから!」
俺は一瞬何が起きたのか信じることが出来なかった。
「お兄さん、いい加減にしてください!! そんなの信じられるわけないじゃないですか!」
ヒェ……
リカちゃんは右手をテーブルに打ち付けながら言う。
その勢いでナプキンの上に置かれていたフォークが3cm程の中に浮かんで定位置に落ちた。
怒ってる。怒ってるよー。
本来真面目な子だからな。ふざけてるんだと思われたのかもしれない。
「……もういいです。お兄さんが真面目にしてくれないならこちらにも考えがあります!」
「か、考えって……?」
「そのお人形さん、私が預からせてもらいます。そんなのが近くにあるからお兄さんがおかしくなってしまうんです」
ちょっ、ダメだって、何言ってるのこの子は?!
セナと俺が離れたら俺とんでもないことになっちゃうんだから。
俺はそう言ってセナに手を伸ばそうとするリカちゃんの手からセナ達を庇うようにして自分の方へ引き寄せる。
「そんな事言っても駄目ですから」
が、リカちゃんはセナだけをピンポイントで掴み、俺から奪い取ろとするので俺も無我夢中でリカちゃんの右手を両手でホールドしてその手をいかせまいと必死に奪い返そうとする。
「話してください!」
「嫌だ、ってか離すわけにはいかねぇ!」
「もぅ、話してくださいったら! 人形なんかに逃げないでちゃんと私を見てください!!」
両者セナを奪い合おうともみくちゃになりながら叫ぶ。リカちゃんは今何か言ったような気がするけど、今はそれどころじゃない!
「く、苦しい……」
さっきからセナの身体は二人の両手に握られて物凄い圧力が加わっている。
やばい、このままだとセナが圧迫死してしまう。
「いい加減にしてくれよ!! リカちゃんには『関係ないだろ?』 もうほっといてくれよ!!」
俺は叫ぶ。
自分の命を、今はそれ以上にセナの身を案じて。
するとリカちゃんは手に込めていた力を緩める。それを感じ取ったので俺も両手の力を緩める。
「あっ、いや、今のは……」
そして俺は気づく、今の一言がリカちゃんを物凄く傷つけてしまった事を。しかしなんて言葉を言えばいいのか分からず、黙り込んでしまう。
「……わかりました。もう健太郎さんに迷惑かけるのは辞めますね。今日は失礼します。ここのお題は私が出しますので」
「あっ……」
リカちゃんはテーブルの隅に裏返してあった伝票を取り、店員さんを呼ぶ。リカちゃんに気付いてきて大学生の店員さんがこちらの方にやってくる。
けれど俺にはどうする事も出来ない。リカちゃんが怒る原因がセナにあるのだから。そして俺にはリカちゃんにセナを信じてもらう方法が思い当たらない。
「お会計ですね、ではあちらのレジでお待ちください」
店員さんがそう言ってリカちゃんはレジの方へと歩いていく。その間、俺はずっと黙ったままリカちゃんを目で追う事しか出来なかった。
「あのー?」
なんだろ、リカちゃんとのやりとりを終えた店員さんが俺にはなしかけてくる。
「一緒に行かなくていいんですか?」
「はい?」
「ごめんなさい、実は私、一部始終を見てたんたですけど、これお客さんリカさんを追いかけた方が良くないですか?」
「なんで? ってか店員さんには関係ないでしょ?」
俺はイラッとした口調でこの店員さんに返す。
そもそもこの人があんな事言わなければこんな事にならなかったのにどの口が言ってるんだ。
けど店員さんは俺の凄みに少したじろぎながらも続ける。
「お客さん、リカさんを追いかけないともうリカさんお客さんの所に戻ってこないかもしれませんよ? そりゃあ私はそっちの方がいいですけど……」
はぁ? 何言ってんだこの人? 頭大丈夫?
「いいんだよ、なんて話せばいいかわかんねえし」
「それでも行った方がいいですって! ね、セナちゃんもそう思うよね?」
店員さんはそうセナに話しかける。
いよいよ大丈夫かよ、セナと話できるのは俺だけなのにさ。
けど、セナ店員さんの言葉を聞くことが出来るセナは、その言葉に頷くようにして俺に言う。
「健太郎さん、リカさんを追いましょう、今ならまだ間に合いますから」
「いや、だって何言えばいいかわからないし、また喧嘩になるかもしれないじゃん。お前だってさっき危なかったろ?」
「それでも! 行く!! こう言う時は男が女性を追いかけて謝る! ほら早く!!」
「クソッ。わかったよ」
セナにそう言われて俺は急いで席を立つ。リカちゃんは先程お会計を済ませて店の扉を出て行ったばかり。まだ見失わずにすむ。
俺は走って店の出口まで行きドアを開ける。
いた!!
外に出るとリカちゃんは階段を降りた所だった。
「リカちゃん、待って!!」
俺は階段の上からリカちゃんに聞こえるように叫ぶ。
それを聞いたリカちゃんはピクリと動きを止める。後ろは振り向かずに。そしてまた動き出す。
なんで!?
「ちょっと待ってって!」
俺は階段を急いで降り、リカちゃんの肩に手を乗せ、振り向かせる。




