偶然
「ここみたいだな」
俺はビルの窓にデカデカとプリントされた店名のロゴを見ながら言う。
「はい、そうみたいですね」
「じゃ、行こっか」
俺は手に持っていたリカちゃんのスマホを渡そうとすると、リカちゃんはそれに手を伸ばしながら、
「あの、お兄さん、お店に入る前に一つお願いがあるんですが」
「ん? 何?」
「今から、私の彼氏になってもらえませんか?」
「は、はいーっ?!」
俺はリカちゃんの急な発言に慌てて手に持っていたスマホを落としかける。
「か、彼氏って……」
俺が動揺しまくって思考停止状態に陥っていると、
痛!!
唐突に脇腹に激痛が走る。
「ちょっと、健太郎さん!! 駄目ですからね、絶対、私が言ったこと覚えてますか?」
セナがバックの中から俺を見上げながら諫言。
「え、いや、だって……」
相手は高校生、確かに断らないと駄目だ。
けど、いいのか、高校生だからってここで大人ぶって? ここで断ればリカちゃんと付き合えるチャンスなんて二度とないだろう。
そもそも、真剣交際なら未成年とも大丈夫って聞いたことあるし、それ以前にリカちゃんの告白を無碍にする方が大人としてどうなんだ、ここはリスクを取ってでも女性に恥をかかせないことが大切なんじゃないか?
なんてことだろう、あれほどもしもがあれば断る用意をしてきた俺なのに、いざ事が起こると俺の本心が理性を唆し、決まっていた結論を出し渋らせる。
そして、懐柔された理性は今度は本心に都合のいい理由をどんどん作り始めるっが、
「ちょっと健太郎さん!! 健太郎さん!?……てい!」
「痛!!」
またしても脇腹に激痛走る。さっきよりも威力倍増で。しかしそのおかげで俺も意識がはっきりする。
ああ、そうだ、やっぱ駄目だよ、まだ恋人さえ作ったことないリカちゃんが俺みたいなんと付き合っちゃ。
33年間女性に選ばれなかった俺とこの子とは生まれが違うんだ。リカちゃんにはこれからもっと魅力的な出会いがいくらでもあるはずなんだから、彼女がまだ無知なのにつけこむような行為はそれこそ大人として恥ずかしいよ。
そう思い直し、リカちゃんの誘いを丁重に断ろうとしたら、
「あのー? さっきから誰と喋ってるんですか?」
リカちゃんが訝しげな顔でみてくる。いけね、リカちゃんほったらかしにしてた。
「ああ、いや気にしないで、それよりも今の話だけど」
「はい!!こういうのって、彼氏に勧められて買う方が側から見て自然な感じがするので、お店の中だけ私の彼氏になってもらえませんか? 正確には彼氏のフリなんですが」
話の途中でリカちゃんが食い気味で言った。
「ああ、フリ、彼氏のフリね。あーなるほど、いいよいいよ。俺が連れてきた体にすれば良いって事だろ?」
「はい、お兄さんが良ければなんですが」
「全然いいよ、逆に俺なんかで良ければ」
「ほんとですか? ありがとうございます!!」
そう言って頭を下げるリカちゃん。
まあ、そうだよな、俺なんかが告白されるなんてそんな美味しい話あるわけないよな。そもそも断ろうとしたたんだし、これで良かったんだよな。はぁ……
考え方を変えれば彼氏のフリにしてもらえるだけ万々歳じゃないの。はぁ……
フリだけで良かった筈なのに何故かものすごいテンションの落ち込みを感じながら、俺はリカちゃんのお願いを受け入れ彼女の彼氏の体でビルの中に入っていく。
って言っても彼氏未経験な俺は何していいのか分からず、とりあえずリカちゃんと並んで歩いていくのだが。
BODYGARDの店内に入ると、フロアには防犯グッズがぎっしりと揃えられており、オフィスフロアのような無機質さもある雰囲気はこの間のミリタリーショップに似てるなと思った。
店内のお客さんは男性客が多くて、男性客は一様に驚いた顔でリカちゃんを見た後、一緒に歩く俺に殺意と疑惑混じりの視線を向けてくるのに気づく。
ここまで来る間も何度も感じたけど、リカちゃんと一緒にいると皆彼女と一緒にいる俺を注視するような視線を向ける。それを全部気づかないフリしてきた。
今まで気づかなかったけど女の子って普段こんなに色んな男達に見られてるんだな。
牛丼屋に一人で入れないって気持ちなんとなくわかるかも。
それにしても防犯グッズが多すぎてどこ探したらいいのかわからないな。誰か手の空いてる店員さんは……いた!
「あのー、女性用の防犯ブザーってありますか?」
俺は野郎達の懐疑的な視線には気づかないフリして若い女の店員さんに声をかけてみる。
「防犯ブザーですね、こちらです」
すると俺と目が合った後、すぐ後ろにいるリカちゃんをチラと見た店員さんは再び俺に視線を戻して防犯ブザーの場所まで案内してくれる。
店員のお姉さんについて行き、手のひらを天井に向けて示してくれた網棚の前に行くと、そこにへ様々な防犯ブザーがキーホルダーのようにかけられている。
「色々あるんだね」
リカちゃんはそう言って防犯ブザーを手に取っては棚に戻し、また違うブザーを手に取る。リカちゃんは早速役に入りきってるのかタメ口で話しかけてくる。
「だな、あの、これってどんな違いがあるんです?」
俺は彼氏役として横に立ってる店員さんに色々あるブザーの説明を求めてやると、
「そうですね、大きさやデザインなどもありますが、機能面としてはブザーの作動の仕方でしたり、音量の違いが特徴として挙げられます。こちらですとしたのストラップ状の紐を引っ張ると音が鳴りますし、こっちのですとボタンを押せば音が鳴るような仕組みになっております」
ふむふむ、どうやらリュックサックみたいに流されにくいカバンキーにキーホルダーのようにつけておくなら誤作動しにくい別紐を引っ張るような形状ものがいいし、カバンの中に入れておくなら直ぐに作動させられるボタン式といったような使い分けがあるらしい。
音は80dbから130dbと幅広い。80dbが大体救急車のサイレンくらいで130だと落雷くらいらしい。
手の平サイズなのに凄いんだな……これだけでかいと確かに犯人もビビって逃げ出しそうだな。
「リカ……はどんなのがいいんだよ?」
俺は店員さんの説明を聞いたあと、なれない呼び捨てでリカちゃんの方を向いて尋ねる。
「うーん、可愛いからこれにするね」
するとリカちゃんは結構あっさりと決める。手に持つのは猫の形をした、しっかりみないとただのキーホルダーにしか見えないような防犯ブザー。ピンになる尻尾の部分を抜けば音が鳴るらしい。
「私もそれお気に入りなんです、学校に持って行っても不自然じゃないですからお客様のような若い女の子に人気なんですよ、音も120dbで十分な音量ですし。」
へー、こんなに小さいのにそんなに音大きいんだ。
「良かったじゃん、店員さんのお墨付きだしそれにすれば?」
「うん」
それを確認すると、もともとブザーを買ってやるつもりだった俺はリカちゃんからそれをレジに持ってこうと手を伸ばすが、
「いい、私が買うんだから私が払うね」
「いいよ、俺が買う。リカは浮いた金でアイスクリームでも買えばいいよ」
そう言って俺はリカちゃんからブザーをつまみ上げようとするんだけど、
「いいって、悪いから自分で買う」
リカちゃん、何でか食い下がる。なんか強盛だな。値段は千円、確かに高校生にすれば大金かもだけど、それくらいの金額をケチって高校生にかわせるようでは俺のメンツがたたん。
なので俺は、
「いいから、俺は彼氏なんだからリカの為に買ってやるのは当然だろ!?」
さっきリカちゃんが提案した彼氏役を逆に利用してリカちゃんに一括。
「……はい」
するとリカちゃんは大人しくなる。
俯き、麦わら帽子のつばを両手で思いっきり引っ張って顔を隠すようにして。
いかん、今のはやり過ぎた。
明らかにリカちゃんが困惑している。役に入りすぎた。
お姉さんはぎこちない笑顔のまま固まっている。
そりゃそうだろ、リカちゃん高校生なんだから。
「とにかく行くぞ! ありがとうございました!」
一刻も早くその場を切り抜けたい俺はリカちゃんの手を引っ張ってレジの方へと進み、早々にお会計を済ませ、逃げるように店を後にする。
ビルを出てから、俺は後ろを振り向き、さっきから一言も喋らないリカちゃんの様子を恐る恐る確認してみる。
「あの……リカちゃん?」
リカちゃんは俯いたまま、一言だけ、
「て……」
「ん? て?」
なんだ?
「手、繋いだまま……」
「あ、ごめん!!」
言われて俺はずっとリカちゃんの手を握り続けたた事に気づく。気まずさから逃げ出すのに必死でリカちゃんの手を握っている事忘れてた。しかも慌ててたので指と指を絡める恋人繋ぎに。
焦り、すぐに手を振り解くように離す。
「いえ……」
帰ってくるのはその一言のみ。くぅ、気まずい……リカちゃんの透き通るような白い肌は怒りで赤く高揚している。
これまでの経験から女の人は怒ると何も口を聞いてくれなくなる傾向が高い事を知っている俺は、リカちゃんが、怒りで顔を赤くしている事を即座に判断する。
すぐ怒りを露わにするセナも出会った当初はそうだったんだけどな……
そして、女性に怒ってます? と聞くのはパンツ履いてますか? と聞くくらいデリカシーのない事らしく、日に油を注ぐようなものだと言うことも知っている俺も何を言っていいか分からず沈黙してしまう。
リカちゃんから限度を知らないバカと思われてるんだろう。
「健太郎さん!さっきリカさんとわざと手握ってましたよね、汚らわしい!!」
しかし、セナの発言で沈黙から逃げることが出来る。罵られてるんだが今はそれでもありがたい。
「バカ、たまたまだって」
「嘘ですよ、どうしてたまたま恋人繋ぎになるんですか! バカも休み休み言ってくださいよね! ってちょっと、もがもが……」
話してても埒があかないので俺はセナをバックの中に詰め込むと、リカちゃんの方に振り返る。
よし、セナとの会話のおかげで気持ちも切り替えられた。
「じゃあ、次田町だっけ?」
「えっ、あ、はい」
「じゃ行こっか」
「はい」
袋に入れられた防犯ブザーをリカちゃん手渡し、俺達は秋葉原駅へと向かった。




