コーギーだ。レオンです。
セナのやつ、せっかくいい気分でリカちゃんと話してたのに台無しにしやがって。
訳のわからんセナの嫌がらせのせいでいったんうずくまった俺は、どこか病院にと心配してくるリカちゃんを必死に宥めながらアンダーパスを抜け、住宅街の道へと左に折れる。
基本通勤道しか通らない俺は久しぶりにこの道を歩くが、ベビーカーを押す女性や近くのスーパーに買いにいく専業主婦女性達で賑わう昼とは打って変わって夜の住宅街は人通りもなく、ぼんやりと薄暗い。
自身が襲われる心配なぞみじんもしてない俺はいつも一人で、時にはベロンベロンに酔いながらの千鳥足で駅から夜の幕張を歩いて帰ってくるんだけど、こう静かだと女の人一人だけだと怖く感じるのかもしれないな。
早見さんの件もそうだけど男と女じゃ同じ環境の中でも見える景色が違うんだろう、すると自然とものの考え方も変わってくるのかな?
そんな哲学的じみた事を考えていると、
「胸の痛みは大丈夫ですか?」
あたりの静けさから二人を包みこむような声量でリカちゃんが話してくる。
「ん、もうなんとも」
突然で驚いたけど、所詮はフィギュアにちょっとつねられた程度、いつの間にか痛みも収まっていた。
セナには帰ったらお叱りだけどな。
「私ビックリしました、お兄さん突然うずくまってしまうんですもん」
「あー、時々ね、不整脈かな胸が苦しくなるんだよ、リカちゃんもそんな事ない?」
「私ですか……? 私はそういった事はあまり……別の意味で胸が苦しくなる時はありますけど」
「ん? どういう意味?」
息切れとか動悸とかかな? 胸の辺りに手を当てながらリカちゃんは言う。どこか言い淀んでいるようにも見えるけど、俺は気になったので素で質問するのだが、
「それはお兄さんには言えません!」
リカちゃんは対象に興味をなくしたネコのようにプイッとそっぽを向いてしまう。
どうやら俺は聞いてはいけない事を聞いてしまったらしい。
そして二人をまた沈黙が包む。
チクショー、俺ってやつは、どうしていつも学ばないんだ……、リカちゃんまで気まずくさせてしまって。
悶々と自分を叱咤しながら歩いていると、
ワンワンワンッ!!
キャッ!!
「お、おっふ!」
通りかかった家の庭に放し飼いにされていた犬が大声で吠えながらリカちゃんの真隣にある柵の所まで走ってきたため、リカちゃんがそれに驚いた俺の胸元によりかかってきたもんだから俺はどっかで聞いた事があるような変な驚き声を漏らしてしまう。というか、リカちゃんめっちゃええ匂い……
リカちゃんのサラサラの黒髪からふわりと漂う甘い香りが鼻腔を刺激し、俺は蝋燭のように蕩けそうになる。
「リカちゃん、ちょっと落ち着いて!!」
リカちゃんに抱きつかれた気持ち良さで蕩けた俺だったが、彼女が手のひらを当ててる場所は奇しくもセナの入ったホルスターが装着されている胸元だった。
その事に気づいた俺は慌ててリカちゃんを宥めにかかる。
「あ、すみません!!」
その声で正気を取り戻したリカちゃんだが
「すみません私ったら。けどあれ? ここらへんに何か立体的にものが……」
「なんでもないから、なんでもないからー!」
リカちゃんもセナの入ったホルスターの存在に気付いてしまう。
俺は慌ててリカちゃんの肩に手を当てて、のけぞるようにして彼女を引き剥がす。
「それより、リカちゃん、怪我はなかった?」
「はい……」
その動作があまりにも不自然だったためかリカちゃんは明らかに訝しげな目で俺の左胸元を凝視している。
「あの、リカさん……?」
その緊張に耐えられなくなった俺は胸元をじっと見つめるリカちゃんに恐る恐る訪ねてみる。
「お兄さん、何か隠してませんか?」
「いや、なんも……?」
「さっきも左胸の辺りを押さえてましたけど、もしかしてお兄さん、怪我してるんじゃないですか?それも大きな」
「いやまさか、リカちゃんが触ったのは財布だよ、胸ポケットに入れてるから!」
どうやらリカちゃん、セナの入ってるホルスターを医療用のガーゼか何かと勘違いしているみたいだ。
けれどそれはそれで心配性なリカちゃんは更なる追求
の手を深めてくるかもしれん、なんとか誤魔化そうと俺は試みる。
「お兄さんのお財布はズボンの右ポケットに入ってるじゃないですか」
はっ、言われて俺は右ポケの財布の事を思い出す。
さっきジャケットに手を突っ込むのに邪魔だからズボンに財布を入れながらリカちゃんに話しかけていたのを。
「いや、それは……」
「怪しい……」
自分からコースアウトしてタッチアウトされてしまったランナーのような気分で俺はリカちゃんの瞳を見つめる。
「怪我は、してないんですか?」
「は?」
「左の胸元です。お兄さんが屈み込んだ時から私、心配になってて……」
「怪我じゃない、病気でも。これは本当だ!」
「……そうですか、わかりました」
そう言ってリカちゃんは追及の手を緩めてくれる。
「あれ、いいの?」
「お兄さんが病気や怪我じゃないなら大丈夫です。誰にだって人に見せたくない物ってありますから」
そう言ってリカちゃんは天使のような笑顔を俺に向ける。
ジーン、なんていい子なんや、本当に怪我の心配だけしてくれてたなんて、思い返せばいつぶりだろう、お袋以外で俺の事こんなに心配してくれる異性に出逢ったのは。この子になら、セナの事話してもいいんじゃないだろうか? 誰にも言わずにいてくれるんじゃないだろうか?
「リカちゃん……」
「なんですか?」
俺の心のバスティーユ刑務所がリカちゃんの優しさに絆され、籠絡されかかっている時、大人しくしていたコーギー犬がまたまたけたたましく吠えかかる。
そういやいたね君。
「犬吠えてるしとりあえず行きますか」
「そうですね。じゃあねレオン、驚いたりしてごめんね」
「クーン、クーン」
そう言ってリカちゃんはレオンという名前らしいこの犬の頭をそっと撫でて二人はまた歩き出す。
なんだ、リカちゃんに構って欲しくて吠えてたのか。
「警戒されてたんじゃないんだな」
「あの家のご主人さんはそのつもりだと思うんですけど、妙に人懐っこいワンちゃんで、いつも尻尾を振ってくるんです」
と、少し照れながらリカちゃん。そうなると防犯犬の意味ないよな、とは言わない方がいいのかな。しかし俺のそんな心遣いも虚しく、リカちゃんの方から同じような事を言ってくる。
「犯人がこの事知ってたら防犯の意味がないですよね」
確かに、犯人が来て人なでして落ち着いてしまうようでは防犯犬としては本末転倒、そんな俺達の想いは知る由もなく振り向くとレオンは寂しそうに尻尾を振っている。
「防犯といえば最近、ここらへんで空き巣が出たらしいの聞いた?」
俺はこの間優子とおふくろが空き巣の話を食事の時間にしていたのを思い出したのでリカちゃんにも尋ねてみた。




