会話。
「じゃあリカちゃんうちまで送ってくよ」
家の玄関であえてくたびれたクロックスに足を入れながら振り向いて優子にそう告げる。しかしここで優子は俺達二人の前で爆弾発言をする。
「お兄ちゃん、リカに何かしたら許さないから」
「バカ、何もしねーよ」
「いやー、最近お兄ちゃん変だしな、不安になってきた。リカ、やっぱ私も行くよ!」
妹にも信用ないのな俺、なんか切なくなってきた。
「あっそ、じゃあお前もこいよ」
「駄目よ、優子せっかくお風呂に入ったのに汗かいたら意味がないじゃない」
実際リカちゃんにドギマギしてしまう以上、優子に対して毅然とした態度に徹しきる事も難しく、結局優子もついてくる事になってしまいそうになるのだが、靴に手を伸ばそうと身体を眺める優子を制止するのはリカちゃんだった。
「お兄さんも、お仕事で疲れてるのに、ほんとうに私一人で帰れるんで無理しないでください」
「いや送ってくよ、優子も変な事言ってないで早く髪乾かせよな、じゃあ行ってくるから」
優子との会話を早々に打ち切り、俺とリカちゃんは家の外に出る。
玄関を出て家の前の道を右手に折れ、左手に流れる浜田川に沿って道を歩き、大通りの下を潜るアンダーパスを通ってまた道なりに歩けばリカちゃんの家がある団地に入る。時間にすると徒歩15分くらいだと思う。
この15分なんとかリカちゃんを楽しませる事は出来ないものだろうか?
何か話題話題。女の子に対して会話を頑張ろうとしてしまうのは男の本能なのだろうか、仕事の合間はスリープ状態の脳はここぞとばかりにフル回転そて必死に会話の取っ掛かりを考えるのだが、浮かんでくるのは、暗いね、だったり暑いねなどなんの発展性もなさそうな感想ばかり。感想といえば、今緊張してるなんて死んでも言えん。
俺が必死に何か話題がないかと一人であくせくしてると、
「すみません、お兄さんご飯もまだでしたよね?」
俺が硬い顔しているのは自分が手間をかけさせてる為だと思ったのかリカちゃんが謝ってくる。
「いやご飯は食べてきたよ?」
「そうだったんですか。それって会社の人との付き合い、ですか?」
「いんや、一人だよ」
「へー、ほんとですか〜?」
リカちゃんは冗談まじりの、ちょっとからかいを見せるような目で俺を見てくる。
その目を見て一瞬セナと食事したダイニングカフェの記憶が脳内に呼び起こされるが、これは俺としては人に話せるような内容でほないから無かった事にしよう。
まだショックから立ち直れてないし。
「いやいや、ほんとだって!」
「そうですか……何を食べたんですか?」
「ラーメンだって」
「ラーメンって、お兄さんがよく行くっていうラーメン二郎ですか?」
「そうそう、よく知ってたね、優子に……ハッ!!」
ヤバ、俺ニンニクマシマシの二郎食べてんじゃん、匂いやばいんじゃないの? これは会話をするどころじゃないじゃん、どうしよう……
俺はハッとしてリカちゃんとの会話を強制的に終わらせに走る。ニンニクの臭いはやばい、どれぐらいやばいって、会話が面白くないよりもヤバい。
人間は情報の全てを五感、即ち嗅覚、聴覚、味覚、視覚、触覚から得ている。中でも嗅覚、聴覚は第二の目とも言われるくらい重要な器官で、これが不快に感じる事即ち不快な存在であると脳に直接インプットされてしまうのだ。
感覚に正直な小学生くらいだと犬のウンコ踏んづけたまま学校に来た奴へのヘイト感情はしばらく消えない、結構死活問題だったりするのだ。
俺は口を閉じ、可能な限り鼻呼吸するように意識する。
「お兄さん、どうしたんですか……?」
「ニンニクめっちゃ入ってるラーメンだったから」
「ああ、それで。でも全然大丈夫ですよ」
リカちゃんはそう言いながらクンクンと鼻をひくつかせて俺の胸元まで顔を近づけて来る。
駄目だから、女の子が付き合ってもいない男性にそういう事したら絶対に駄目だからー!!ドキッとしちゃうから!!
「そ、そういや今日は優子と遊んでたの?」
「いえ、今日はこれを取りに」
慌てて俺が会話を切り出すとリカちゃんは両手に抱き締めている麦わら帽子を少し浮かす。
「この前お兄さんの家にお邪魔させてもらった時に、優子の部屋にこれを忘れていってしまいまして」
そう言いながらリカちゃんは恥ずかしそうに小さな舌をペロッと出して見せる。
クッ、仕草がいちいち可愛い。
リカちゃんの女の子っぽい仕草に俺の脳髄が反応してしまい、意識ではどうしようもないくらいに心臓が高鳴り出す。いかん、何か話さねば、心臓のトキメキがバレてしまう!!
「そ、そーなんだ、リカちゃんでも忘れものする事あるんだな」
「えっ? どう言う意味ですかそれ?」
「いやだって、リカちゃんしっかりしてて忘れ物とかしなさそうだから」
「もー、お兄さん、私だって人間なんですから忘れ物くらいしますよ!」
「そっか、ごめん……」
「ごめんで済めば警察は入りません」
「久しぶりに聞いたなそのフレーズ……」
「えっ、私何か変な事言いました?」
「いや、さっきの今時の女子高生が使う言葉じゃないだろ?」
「えっ、そうなんですか? ヤダ、恥ずかしいです……」
「プッッ……」
「フフ」
「ハハハ、なんか所々ズレてるよなリカちゃんって、せっかく可愛いのに」
あーやっぱリカちゃんだな、こんなに可愛くなっても全然普通に会話出来る。これはきっと昔からお互いを知ってるから故の会話のしやすさなんだろう。
ビバ幼なじみ!チャオ、アモーレ!!今だけはリカちゃんと親友でい続けてくれた優子に感謝だぜ。
「そんな、私なんて全然可愛くないです」
「いやいや、可愛いって、学校でもモテるんじゃないの?」
「そんな、全然です。それに学校には私なんかより全然カワイイ子がたくさんいますから」
「いやいや、それは学校の男子どもの見る目がないな、自信持っていいぜリカちゃん!」
いや〜、やっぱりまだ高校生ですな、リカちゃんはまだ自分の可愛さに気付いてないんだろう。
男子達もリカちゃんが高音の花すぎて二の足踏んでるんだろう。
俺は彼女に自信をつけさせるために褒める、褒めて褒めて褒めちぎる。
その間道行く学生達やOLさんが何か不信げな、痛々しいものを見るような顔で見られた気がするが、リカちゃんと顔を合わせると学生達はテンションを上げ、OLさんは納得したように通り過ぎていったがまあいいだろう、そんな感じでアンダーパスを通りすぎた所で、
「痛!!」
「どうしたんですか……?」
俺は胸元に何か針のようなもので刺された時のような激しい痛みが襲う。
あまりの鋭さに、俺は心配そうに見つめるリカちゃんに何も答えることが出来ずにうずくまる。
これは……
「リカちゃん、ちょっとごめん!」
俺は少しリカちゃんから距離をとり、胸板が厚く見える特殊仕様のジャケットの内側に声を忍ばせる。
「おい、お前なんかしただろ」
「別に、何もしてません」
「嘘つくなよ! なんかつねったりしただろ?」
「さあ」
カッチーン。なんじゃコイツ。
さっきのはセナのやつがつねるか噛むかしたんだ、それで急に激しい痛みが襲ったんだ。しかしセナはとぼけてどこふく風の様子。なんなの一体?
「お兄さん……?」
「いや、なんでもないから、気にしないで!」
「はぁ……」
なんとかその場は誤魔化し、3人はリカちゃんの家の方へと進む。




