本音
早見さんだ!間違いない。
後方の席で姿が見えないし、豪快な料理音やら会話声やらで賑やかな雰囲気だから気づかなかったな。
見つかった?って聞かれてるって事は今は彼氏はいないって事か、良し!
「有紗って男作らないよね」
ほう。
「誰か好きな人いるの?」
ナイスだ友達、俺もめっちゃ気になる。早見さんが彼氏いないのは好きな人がいて、それってつまり近くに意中の存在がいるからではなかろうか。そしてそれは……
「あの〜、注文決まりました?」
ウェイターのお姉さんが言ってくる。
っが、今はそれどころじゃない。
「ごめん、ちょっとだけ待って、今大事なところだから」
「は、はぁ……」
すまん、少しだけ待ってくれ!俺はメニューを見るフリして後ろに聞き耳を立てる。スゥ〜、全集中の呼吸!!
「有紗高望みしてるんじゃないの?」
「そんなんじゃないって!」
早見さんみたいに綺麗で出来る女の人って色んな男性にモテて自信があるから寧ろ相手の内面を見ようとするんじゃないか?
カッコつけるようなんじゃなくて自分を想ってくれるような。ま、それが誰とは言わないけどさ……
「そうだ、隣のデスクの後輩くんはどうなの?」
隣のデスク、俺の事だ!
友人がほのめかしているのが自分の事だとわかり、俺の心臓はドクンと脈拍をあげる。胸の奥からバクバクと音が聞こえてくる。まさかとは思うけど……普段から密かにそうなんじゃないかと思っていたのだが、やはりそうなのか……?
俺は全神経を姿の見えない早見さんの声に傾ける。そして早見さんが言ったのは……
「ちょっと冗談やめてって!!」
俺の予測とは全く別の、怒りのこもった否定の反応だった。
「ないない、ありえないってあんな無能、近くにいるだけでストレス溜まってしょうがないんだから」
いつもの物腰柔らかな早見さんからは想像出来ないほど鋭い口調で早見さんは友人に話している。
無能って、やっぱり俺のことだよな……あまりのショックに俺の胸の奥がキーンと冷える。
「アイツ馬鹿なのよ、知ってる?馬鹿ってさ、人に移るの、だから私は常に馬鹿になるリスクに晒されてるわけ、この苦労がわかる?」
さっきのセナとの会話で感じた悲しみが冗談に思えほど、早見さんの言葉は冷たく胸に突き刺さる。
俺は早見さんにとってリスクでしかないのか?今日喜びながら手伝った仕事はバカを遠ざけるための早見さんの方便だったのか……?
「お兄さんどうしました?」
俺が表情を強張らせてるとウェイターのお姉さんが話しかけてきた。俺に気をかけてくれたんだ。
「えっ? あっ、あぁ、そ、そうだ注文だっけ?」
「はい、何にします?」
なんとか意識を保って注文を決めようとするけど、
「ウケるよね、その後輩くん、いつも有紗の隣で大声で謝ってるんでしょ?」
後ろから聞こえてくる俺の話が気になってメニューの文字を読むことができない。目は何度も何度も同じ英字をなぞっている。
「うん、同じミスいっつも繰り返して、で、その後私の方見てくんの。キモすぎ!!」
後ろから鮮明に聞こえてくるのは普段俺が考えてたのとは全く違う早見さんの本心。
「えーっと、次は次は……」
早見さんの言葉一つ一つに脳が反応して何も考える事が出来なくなる。
お姉さんはそれを察して声が聞こえてくる方と俺を何度か見合わせるように首を動かしている。俺が早見さん達の会話でショックを受けてるのに気づいたんだ。
「あの、大丈夫ですか?」
「あ、うん、そうだ注文は……」
早く注文しないと、この人にこれ以上話を聞かれたくない。俺は急いで注文を決めようとする。
「なんか今日の有紗キビシイくない?」
と、怒る早見さんにまずかったかと少し焦り気味に友人が質問する。
そうなのか?けどもうどうでもいい、早く注文しないと……
そう思おうとするがどうしても俺の耳は早見さんの声を拾おうとしてしまう。そして、
「そりゃそうよ!あいつ今日私になんて言ったと思う?『仕事なんて誰でも出来る』って言ったのよ? 男性ばかりの世界で私がどんな想いで毎日働いてるか知りもせず」
「あー、それは酷いね〜」
あの事だ……ハクリューのおかげで調子が良くなって俺が早見さんに言った。
早見さんをそんなに怒らせてるなんて全然気付かなかった。
「で、もう鬱陶しいからトレーシングのコピーと印鑑押しの雑用任せたら喜んでやってんの、馬鹿みたいに!!」
「キャハハ、後輩くんけなげ〜!」
「はぁ、はぁっ、はぁ……」
俺は呼吸が荒くなる。恥ずかしくて、悔しくて、震える全身に必死に力を込めて、今にも爆発しそうな衝動を必死に抑えるがーー
「あの……?もしかしてお兄さんの隣の席の人って……」
心配そうに俺を見るウェイターさんのその一言で俺の心の中で必死に抑えていた何かが切れた。もう無理だ。
俺の両肩は考えるよりも先に、両手を思いっきりテーブルにたたきつる予備動作に入っていた。
そして両手を振り上げかけた時ーー
バーーンッ!!!
俺よりも先にテーブルをたたく破裂音が周囲に響いた。店内全体ってほどじゃないけれど、俺が驚いて我に返るには充分なくらいには。
俺はビクッとしてその音がした正面に顔を上げると、
セナが四つん這いの姿勢になって俯いている。
長い髪はダラリと頭を覆い、その顔は見えない。
音はセナがテーブルを思いっきり両手たたきつけた音だった。
「今の音は……? えっ、あれ、なんかフィギュアちゃんの姿勢が、えっ?」
音はウェイターさんの耳にもしっかり届いてて、彼女はセナの体勢がいつのまにか変化している事に気づいて驚いている。
バカ、何やってんだよセナのやつ。
「有紗、なんか今音しなかった?」
「さあ、誰かが皿でも落としたんじゃない?」
後ろからはそんな声が聞こえてくる。
「帰りましょう!健太郎さん」
「帰るって、お前、まだ食事が」
「早く帰りましょう。 私、これ以上ここにいるの耐えられません」
ゾッ。顔は見えないが、セナがもの凄く怒ってるのは雰囲気で伝わってくる。
「そ、そうか、そうだな。すみません、お会計お願いします」
俺は隣で呆然としているお姉さんに声をかける。
「えっ? あ、はい、お会計ですね、かしこまりました」
そう言ってお姉さんは伝票をとりに厨房の方へかけていく。
「おい、セナ、何やってんだよお前、店員さんにバレそうだったじゃないか?」
誰もこっちを見てない事を確認した後、俺はセナの姿勢を元に戻しながらセナが約束を破った事を指摘する。
「……すみません」
俯いてるセナはそれ以外は何も言おうとしない。
「まあ、いいよ……」
だから俺もそれ以上何も言えなくなる。
少ししたらお姉さんが小走りで伝票を持ってきてくれた。
「お会計は7千円になります……!ってあれ? またフィギュアちゃんの姿勢が戻ってる!」
「ああ、こいつバランスが悪くてすぐ前倒れになっちゃうんだよ」
そう言いながら俺はセナをカバンに入れると、
「ああ、そうだったんですか! 私てっきりこの子がテーブル叩いたのかと思って驚いちゃいました」
と、お姉さんは俺の言い訳を素直に信じてくれる。
「まさか、まさか、ハハ」
ふう、どうやらバレずにすんだみたいだ。
「あれ、でもじゃああの音は?」
「さあ、誰かがテーブルを叩いたんじゃないかな、ここの料理が美味しすぎてさ」
「うまいですねお兄さん!」
俺の言葉にお姉さんが感心してくれて空気がよくなったのを感じたところで伝票を受け取り、レジで会計を済ませて店を後にしようとすると、
「あの……またきてもらえますか……?」
そう言いながらお姉さんは不安げに俺に話しかけてきた。
くるわけないじゃん、こんな気持ちになった所と思ったのだが、彼女の目を見た俺は、
「……うん」
彼女は切願するような瞳で俺を見てきて、そんな目をされると断ることも出来なくて、必死の作り笑いで頷く。
誤魔化すためとはいえ余計な事言わなけりゃ良かった……ま、美味しかったのは本当だけどさ。
そうして俺達は店を後にする。
もう夜になっていた。辺りにひしめく飲み屋のライトと、道を行き交う花金のサラリーマン達の熱気を帯びた空気とで慶応通りの盛況は祭りのように活気づいている。
何かショッパイ。悔しいと思う気持ちと、自分だからしょうがないんだと納得しようとする気持ち。俺は行き交う人々を避けながら足早に通りを抜けていく。カバンの中のセナ達とは何も話さず。
酔いはすっかり吹き飛んでいた。




