田町で。
勢いよく会社のビルを飛び出して、特に受け持ち物件もない俺は部の他の社員たちよりも一足早くお盆休みに突入。今だけは、優越感を感じちゃうね!
心なしかいつもと変わらないはずの品川の夕暮れの空気が心地よく感じる。
まるで新幹線のグリーン席に座った時のような心地よさだ。
「おい、お前ら、今日は寄り道してくからな!」
俺は駅への道しな、カバンの中の3人にに言う。
「いいですけど、何処に行くんですか?」
「今日は気分がいい、明日からお盆だし二郎行くわ」
普段は平日には行かないんだけど、明日からは休日だ。どうせ一人だし二郎で腹も精神も満たして最高のお盆休みへの導入にしてやろう。
俺は品川駅の隣の三田駅で降り、慶應大学横にあるラーメン二郎本店で、いつもよりも豪華な豚入りラーメン全増を食べた。
「あ〜食べた食べた、さすがオールウェイズ期待以上の味を提供してくれる二郎だぜ」
店を出て俺がご機嫌に腹をさすりながら一人ごちると、
「今回はちゃんと私達の事覚えててくれましたね」
セナがカバンの中からこの前俺に忘れられかけた事を言ってくる。
チッ、嫌味かよ、まぁ今日の俺は気分がいい、こんな事では目クジラ立てたりはしない。
「ああ、そりゃあ忘れたら恐ろしいことになるんだろ?」
「むぅ〜」
そう言うとセナは少し不機嫌になりかける。めんどくさ。けどこんな事で言い争っててもしょうがないな、ここは俺から折れてやるか。
「悪い悪い、そうじゃなくても忘れないって」
「本当ですか!」
セナは目を輝かせてカバンから頭を飛び出させてくる。うっ、ちょっと自信ない……っけど、ここで不安を見せちゃあ駄目だ。
「当たり前だろ? お前らは大事な同居人なんだから」
「むぅ〜」
しかしセナはまたまたご納得していただけない様子。
なんなの? ホントにわからん。 こういう時なんて言えばいいの?
やはり気まずくなってしまった俺達は無言のまま三田駅へと向かっていくが、ちょうど慶応通りを歩いている時に、
「お兄さん、仕事帰りですか?」
「ん?」
黒い制服を着た大学生くらいのお姉さんが俺に話しかけてきてる。客引きか、しかし可愛い娘だな。
「良かったらうちに寄ってきません?」
「ん〜お腹一杯なんだよね今」
「そうなんですか!?」
お姉さんは目を丸くして驚いてくれる。嬉しいよね、営業だと分かっててもこういう反応してくれるとさ。
「そうそう、さっき二郎の全増し食べてきたばかりなんだよ」
「それはヤバイですね!!」
「そう、ヤバイの!だから今日はもうーー」
そう言って俺はお姉さんを振り切ろうとしたんだけど、
「ウチはスカッとしたカクテルとかデザートが豊富で二郎のお口直しにってお客さんから好評を得てるんですよ!」
「そうなの?」
「はい、晩ご飯がラーメンだけだと胃もたれしちゃうからって皆さんうちによっていって一二品頼んでいかれるんです!」
「そうなの?」
俺はそう言ってお姉さんの瞳を見てみるが、その純粋な眼から適当言ってるようには思えない。
知らなかったな、そんな店があったなんて、ジロリアンを自負する俺にあるまじき無知。
けど、ホントにもう苦しくて他に何も食べたくないんだよ、だから断ろう。
「けどごめん、やっぱり」
「私、お兄さんにきてもらいたいです!!」
……!?この子どういう事だ? 俺がタイプだからお店によんでいる、そういう事なのか?
俺は再度お姉さんの瞳をじっとみる。やはりその純粋な眼から適当な事を言うような娘には見えない。
つまりあれかモテ期の効能ってやつか!!
そう確信しかける俺であるがやはり一応確認を入れねば、もしかしたらボッタクリの客引きとかの可能性もなきにしもあらずだ。
「ん? それって一体どういう事なのかな?」
緊張してしまい、妙にぎこちなく丁寧な言葉遣いになってしまった俺の問いにも彼女はニコッと屈託のない笑顔を作って答える。
「だってお兄さん優しそうだから、お願い聞いてくれそうなんだもん」
「ん?」
主旨がよくわからんな、この娘、まさかその安っぽい色じかけで俺を引き込もうとしてるなら俺を舐めてるぜ?
そんな三文芝居でひっかかるのはウブな高校生達ぐらいだろうさ、もうちょっとキャッチの腕を磨くんだな学生さんよ。
「私、このバイト始めたばかりで、誰にも相手されなかったんですけど、お兄さんが初めてまともに立ち止まって話聞いてくれた人だったんです、だから初めてのお客さんはお兄さんがいいなって……」
「ちょうど、口直しをしたいと思ってたところだったんだ」
「ほんとですか!!」
「ああ」
え、ええ子や。きっとこの子は東京に出てきたばかりで、夏休みに初めてアルバイトをした純粋で真面目な大学生。
そんな子が勇気を振り絞ってここまで話してるのにそれを無我にするのは男としていかんだろう。
とりあえず行こう。なんたって明日からお盆休暇、ケチな事を言っていてはいかん。
そう思い直し、俺は喜ぶあどけなさの残るお姉さんを満足げに眺めながらその背中について行き、慶応通りのちょっと裏道風なところへと入っていく。
「ここです!」
「へ〜」
そこはコンクリート打ちっぱなしのクールな建物の階段を登って二階にあるこじんまりとしたお店。
その入り口の扉はひっそりとしていて居酒屋というよりはバーに近い雰囲気がある。
俺には合わないな……正直そう思ったけど、ここまできてしまったんだ、尻尾を巻いて逃げるわけにはいかないぞ。2、3杯だ、2、3杯飲んだら帰ろう。
そう意を決してお姉さんが開けた扉の中に入る。
「いらっしゃいませ〜!!」
中に入ると複数人の声が聞こえてくる。見るとみんな二十代くらいの若者達。アルバイトかな?みんな綺麗な顔立ちしてて元気が溢れてる。一言で言えばリア充ども。
やだな〜、俺こういうキラキラしてる人達苦手なんだよね。ますます帰りて〜
そう思う俺だけど、お姉さんは不安な気持ちを顔に出す俺に、「どうぞこっちに!」と笑顔で進めてくる。
駄目だよ、君みたいな子がこんなチャラいところで働いてたら、東京の悪い部分に染まっちゃうよ。
そう思ったので俺は席についてから、俺をここまで連れてきてくれた女の子に、「君は東京に染まっちゃいけないぜ」
っと、初対面で余計なお世話なのは重々承知で義務感からそう忠告をした。
すると彼女は笑顔で「はい! 気をつけます!!」とだけ答えて入り口の方へと向かっていった。やっぱり良い子だ。
さて、じゃあメニューを見ますか。




