消えるハクリュー
「おい、田中、朝からデスクで寝るな!」
「あ、すみません!」
どうやら寝てたみたいだ。
俺は慌てて飛び起き、背筋を伸ばす。
周囲を見るとすでに何人か出社してて隣では早見さんもCPのモニターでメールをチェックしてる。
「おはようございます課長!」
「ん」
そう簡単に一文字で返すと課長は自分の席に座る。
偉そうに、誰のせいでこんなに眠いと思ってるんだよ?はい、主に自分の夜更かしのせいなんですが。
業務外時間は好きにさせて欲しいよ。
またまた恥かいた俺は心の中で課長に愚痴ってると、
「田中、そういや佐藤は大丈夫だったのか?」
デスク3つ離れた席から課長が話しかけきた。
なんの事だろ?
「大丈夫って何がですか?」
そのゼロ思考の返答に課長がイラッとした表情をみせると、
「今日、佐藤さん現場なんでしょ? 竹森さんとの予定は調整できたの?」
隣の早見さんが危険な雰囲気を察して慌ててフォローを入れてくれる。
あ、ああ……その事か、なんで課長が知ってんだろ?
「それでしたら佐藤さんが竹森さんの携帯に電話して日にちを変えてもらえたみたいです」
「そうか」
そういって課長は会話を切り上げる。
課長基本主語が少ないんだよな。あんな風に偉くなりたくないもんだな。それよりまた早見さんに救われちゃったね、お礼言っとかないと。
「あの、早見さん?」
俺がPCモニターを眺めてる早見さんに話しかけると
「何?」
早見さんは笑顔で振り向いてくれる。まじいい人。
「さっきはありがとうございました、フォローに救われました」
「今度ビール一杯ね!」
「えっとそれは……」
「ふふ、つけておくから」
「はい……」
早見さんとのいつものやりとりで俺の心は一気に救われる。もう何杯ビールをつけられたのか分からない。
寧ろ早見さんなら何回でも一緒に飲みに行って欲しい。全部自分が出すんで。もしかしたら早見さんもまんざらじゃないんじゃないんだろうか……
そう思うが『じゃあ今日にでも飲みにいきましょう!』とは言えないチキンな俺はちょっとSっけな早見さんの冗談に内心で喜ぶだけで留めておいた。
早見さんとの冗談で気分も回復した俺は始業ベルがなった後もルンルンでデスクに向かっていると、
「田中さーん、今日カメラ使えます?」
後輩の辻が話しかけてくる。
「おお、引き出しの中にあるからどれでも好きなの持ってきな」
「引き出し田中さんの足元なんですから田中さん出してくださいよ……」
「それもそうだな、悪い悪い! で、どれにする?」
「ソニーのαお願いしまーす」
「はいよ」
機嫌のいい俺は生意気にも先輩を使おうとする辻にも気前よく御所望のデジカメを探してやる。
デスクの下の一番大きい引き出しを開けると、そこには沢山のデジカメが詰め込まれていて
「え〜っとαは……あった! 」
手前の方に置いてあるソニーのデジカメα6000を渡してやると、辻はそれを片手で受け取る。
「どうもっす、田中さん今日機嫌いいですね」
「まあな、じゃあこのシートに記入してくれ、印鑑押すから」
そう言って机の一番上の引き出しから印鑑を探していると、辻はデジカメを少し確認して何か異変に気づいたような素振りを見せる。
「田中さん、これ、充電できてますか?」
「ん? ちょっとかして?」
俺はα6000の電源ボタンを押してみるが……電源がつかない。おかしいな、故障かな?……あっ。
何度かボタンを長押ししてみたところで俺は気づく。
思い出した! 昨日充電しようとした時に佐藤さんに呼び出されてそのまま引き出しの中に入れっぱなしにしてたんだった。
その後ショックでカメラの充電のこと忘れて帰っちゃったから昨日返却されたデジカメは全部充電されてない。ヤバい。
「悪い辻、今日はこれ使ってくれ、これならちゃんと充電されてるから!」
俺はそう言って引き出しの奥に置いてある普段使わない古い型のデジカメの電池容量を確認して辻に渡す。
頼む辻、つべこべ言わずに黙って持ってってくれ!このままじゃ課長に感づかれる……
しかしそんな俺の思いも虚しく、
「これ画質悪いじゃないですか……」
辻は抗議してくる。そう言われるともう謝るしかない。俺は観念して白状する。
「わるい。昨日充電し忘れて今使えるの古いのしかないんだ」
「ちょっと、田中さんまたスか……」
辻は敬語だけど明らかにイラついてて、俺の立場がどんどんなくなっていく。早見さんにもしっかりと聞こえてて辛い……
「昔は皆これ使ったんだ、今日はこれで我慢してくれよ」
とにかく辻にどこかに行って欲しい俺は後輩という事もあって半端強引に古いデジカメを渡そうとする。そんな俺を辻は呆れ顔で一瞥した。
「もういいです、自分の携帯で撮るんで」
「いや、持ってった方がいいって」
「いいですから!」
辻はカメラを持たず行ってしまった。最悪だ、備品の貸し出し管理してて社員に私物使わせるとか。
俺の気分に再び暗雲が立ち込める。
いたたまれなくなって隣の早見さんに救いの目を向けてみるが早見さんは俺を気にかける素振りを見せてくれない。うん、きっと忙しいんだ……
しかしいつもならここらへんでセナが飛び出してくるんだけど、今日は何も言ってこない。
今朝の電車以降3人ともやけに大人しい。
不安になった俺はカバンに話しかけてみる。
「おい、セナ」
しかし返事がない。不安になってチャックを開けて中の様子を覗いてみると、セナはヤドランと二人で何か話してる。ちなみにカバンはセナ達の為にZOZOで新調した巨大なボストンバック。3人用に中身をくり抜いてあってライトとバックの真ん中には特製手作りセンターテーブルが置いてある。いいご身分ですな。
「あれ? ハクリューは?」
「さあ、知りません」
セナは不機嫌な感じでそう言ってくる。
「知りませんってどういう事だよ?」
俺はちょっとイラつきながらセナに言うと、
「さっき健太郎が後輩と話してる時にカバンから出てっちゃったんだお」
出て行った? なんで? それよりハクリューが動いてるところを誰かが見つけ出したらヤバいじゃん。
「わかった、とにかくハクリューを探してくる、お前らは出るなよ?」
「はーい」
感情のこもってないセナの空返事には腹が立つが、今はそれよりハクリューだ。
カバンのチャックを閉め、ハクリューを探すために席を立ち、フロア全体を何気なく歩いてみるがそれらしい影は見当たらない、給湯室、男子トイレ、コピー機の裏、部長の背後とかなり際どいところも探してみたが見当たらない。
俺の行動を怪しんだ部長が「どうした?」って言ってきたから「いえ、部長の勇ましい姿に心を打たれておりました!!」と適当に返してやったら大笑いして喜んでだよ。楽勝。
しかしハクリューは見つからない、どこいったんだ?
そう思いながら自分の席に戻ると、いた。俺のデスクのPCの隣に。
「お前何やってんの?」
俺は呆れながらハクリューに顔を近づけて話かける。
「なに、健太郎がどんな仕事をしているのか興味が湧いたのさ」
「興味が湧いたって、仕事中は出てくんなって言ったろ?」
「シッ! 静かに!」
俺が詰問するとハクリューが突然そう言ったので俺も話すのを止める。
「カワイイ!! どうしたのこれ?」
俺とハクリューの会話を不審に思ったのか、早見さんが話しかけてきた。とにかく誤魔化さないと。
「はぁ、なんか俺の部屋に置いてあったのがカバンの中に入り込んでたみたいで……」
「これハクリューでしょ? いいな」
「早見さんもポケモン知ってるんですか?」
「私達の年齢では知らない人の方が珍しいんじゃない? それにポケモンGOだってやってたし」
そうだったんだ、早見さんはポケモンに理解があるから別にハクリューがいる事に違和感を感じてないみたいだ。けど俺ポケモンGOはやってないからよくわかんないな……
そうやって沈黙が流れ、いつものように会話終了になりかけた時、
『早見さんは好きなポケモンとかいるんですか?』
ん? どうしたんだハクリューの奴、急にそんな事言って。
俺がハクリューをまじまじと見てると。
『早見さんは好きなポケモンとかいるんですか!?』
ハクリューは同じことを繰り返す。念を押すように強めに。なんだ?俺に聞けっての?
「早見さんには好きなポケモンとかいるんですか?」
ハクリューの声も早見さんには聞こえないので俺が代わりに聞いてやった。
すると早見さんは嬉しそうな顔をして俺の方を振り向いてくれる。
「私はルージュラが好きかな〜?」
お、話を続けてくれるみたいだ!
「そうなんですか? 俺は早見さんはピカチュウとかカワイイのが好きなのかなって思ってましたけど」
「えっ、なんで?」
「女の人って可愛いの好きじゃないですか?」
俺がそう女性をステレオタイプにハメたような事を言うと、早見さんは笑顔のまま
「そうだよね、けど私はなんでかルージュラとかバリヤードみたいなおかしなポケモンが好きなだよね」
そんな事言ってくる。
うう、わからんな。理解出来ん……俺の好きなタイプと違うからどう反応すればいいのか分からん。
俺が返答に苦しみかけると再びハクリューが話しかけてくる。
『早見さんは面白いキャラクターが好きなんですね』
何? またこう言えって事か?
「早見さんは面白いキャラクターが好きなんですね」
「そうなの! そんなに強くないけど頑張ってるような感じがしてつい応援したくなっちゃうの!!」
お、早見さんの嬉しそうな顔が続くぞ、今までで最長記録かもしれん。
しかし、次は……その感覚に共感出来ずなんと言っていいかわからないので「そんなもんですかねぇ」っと月並みな返事をしようとするとーー『心優しい早見さんらしいですね』
(何!?)
ハクリューの奴、今度は俺にそんな歯の浮いたセリフを言えって言うのかよ? そんな恥ずかしいセリフ死んでも言えん。俺はここでハクリューのアドバイスを無視する事に決めた。
「えっと……」
しかし俺にはその続きの言葉が紡げず、二人の間にまた沈黙が流れかける。
「心優しい早見さんらしいですね!」
「え、そんな事ないわよ」
そう言う早見さんは嬉しそうだ。早見さんが喜んでくれるならヨシ。
「そんな事ありますよ、俺、早見さんのおかげで毎日頑張れてるんですよ!」
「田中君褒めすぎだって!」
そう言う早見さんは少し照れてる。綺麗な人が真っ赤に照れるとカワイイんだな。調子が乗ってきたしこれも言っちまうか!!
「健太郎、そこらへんでストップするんだ!」
そう思って勢いに乗った俺をハクリューが、静止してくる。
「おい、今いいところなんだから止めるなよ!」
俺がハクリューに苦言を呈すと、
「健太郎、調子に乗りすぎるのは君のよくないところだぞ! 今はあくまで業務中、周りの目を考えるんだ」
そう言われて俺はハッとする。
そうか、早見さんしか見えなくなってたけど、皆この会話聞こえてるんだ、俺と早見さんが二人で楽しんでても面白くないよな。
そう思った俺は
「って事で俺今日も頑張ります!」
とだけ言うと、早見さんはちょっと残念そうな顔で俺の方を意識してから自分の業務に戻っていった。
しかしハクリューの言うとおりにしたら会話がスムーズにいったな。早見さんずっと喜んでた。
ハクリューが仕事も今みたいにサポートしてくれればな……はっ!!
俺はもしかしてと思い、ハクリューを見ると、ハクリューはニヤっと不敵な笑みを返す。
「健太郎、僕の力を貸すよ」
「いいのか?」
「もう健太郎を黙って見ていられない、嫌と言っても協力させてもらうからね」
マジか……
こうして俺とハクリューが協力して仕事をする日々が始まった。




