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族・月と太陽の交差点に潜む秘密  作者: ジャポニカダージリン
第1章
30/117

健太郎の仕事

作業ベルはなる。しかし健太郎にこれといった仕事はない。いつものように終業時間まで適当にやり過ごそうかと思っていた健太郎だったが。

 朝の始業ベルが鳴り、オフィスのフロアは一気に慌ただしい空気になる。

ベルと共に受話器を取り、お客さんや他の関連会社に協力する者、同じプロジェクトを進めてるメンバーのところへ急ぎ足で向かうもの。そういった感じで皆んながギンギンにやる気漲らせている中、俺はと言うと、どうやって平日15時頃に秋葉に向かう事が出来るか考えてる。ぼ〜とやることもなく2ちゃんのスレッドを開いて。コーヒー飲みながら。

(ムッ、辻がこっちにきたな、ウィンドウを会社のメール受信欄に切り替えてと)


「田中さん、今日もカメラ使いたいんですけど?」


「ああ、カメラね、引き出し開けて持ってきなよ、充電もバッチリだから。貸し出しようのチェックリストには俺が名前書いといてやるよ」

 この前辻に言われてから俺は帰社する前には備品貸し出し中の人全員から備品を回収するように気をつけているのだ。

オフィスにいない人は仕方ないけどそれでも前回のように誰かに即座に備品を渡せないって事はだいぶ減った気がする。どうだ辻?俺も工夫してんだぜ?


「いえ、結構です。田中さんが書き忘れてトラブルになるの怖いんで自分で書きます」


「……そう……」


「あれ?ところで田中さん、なんかいい匂いしますね、香水ですか?」

 あれ、バレた?鼻いいなこいつ。

俺は嫌だったんだけどセナがなにもしないよりはやった方がいいってんでセナに貰ったグレープフルーツの匂いのする香水を手首と耳裏あたりにちょんちょんとつけてたんだけど、わかるもんなんだ……そして今まで無臭の清涼剤しか使ったことのない俺はこれを指摘されるのがかなり恥ずい。

ので返答に困っていると、


「あ、やっぱり?健太郎君今日いい匂いするなって思ってたんだけど、何かいいことあったの〜?」


「あ、早見さん」

 横から喋りかけてきたこの女性は早見さん。

我が野郎多しの職場にあって、数少なくも華麗に咲き誇る一輪の花。

 白い肌、日本人的正統派美人の美しい顔立ち、他の男に負けず颯爽と業務をこなし、岩石のように険しい顔してやってきた男性職員も、早見さんと話せばその柔らかな人柄に当てられて磨き抜かれた花崗岩のようなツヤツヤの笑顔を浮かべて自分のデスクへ戻って行ってしまうという、仕事、人当たり共に恐ろしいほど高スペックな実力を備えた女性なのだ。


そして何やり素晴らしいのは、彼女は誰にでも分け隔てなく接してくれる。

 俺は殆どの人に見下されたり馬鹿にされながら接せられるんだけどこの人は俺にもそういう感じじゃなくて気心知れた友人のように接してくれる。同じ年齢なのに人として偉い差だ……

 そんなわけでファンも多いのだが、俺自身も熱烈なファンの一人だ。

この人が同じ課にいるだけで、この会社に入ってよかったと思えてくる。頑張る気になってくる。課長にへつらってやろうって気になってくる!!

「あ、いえ、妹が使えってくれたんで使ってみようかなと……」


「えっ、健太郎君妹さんいたんだ!」


「えぇ、はい、一回り以上歳の離れた妹が……」


「ウソッ、若!!見てみたい!やっぱり健太郎くんに似てるの?」

ドキッ、

 ど、どういう意味だろう……なんで俺の妹なんか気にならんだろう。

これって悪い意味じゃないよな?冗談気味に誘ってみちゃってもいいんだろうか?よし、妹を出汁に使っちまえ!

「もしよかったら今度妹に会ってあげてください、今高校生なんですけど最近自分の言うこと聞かなくなってきてて、早見さんみたいな大人の女性が言ってくれると少しは自分の言うことも聞くようになるんじゃないかな〜と」


「え、女子高生なの?健太郎君の妹さん?!あってみたい!けど私みたいなおばさんじゃけむたがられるよ……」


「何言ってるんですか?!早見さんだったそこら辺の女子大生なんかよりもずっと若く見えますよ!」


「ホント?」


「ホンーー」


コンコン。


 ん?なんだろ、鞄の方から音が、今いいとこなのにーーうげっ!?ハクリューがカバンから頭を覗かせている。

急いで周囲確認すると辻も気づいたらどっかいってたので俺は身を屈めながら。

俺は早見さんにちょっとすみませんと断り、バックを膝元に置く。


「おい、何やってんだよ!?出るなっつっただろ?」


「いや、すまない。健太郎があまりに楽しそうなものだからつい自分もどんな女性なのか気になってしまって」

バレないように声を潜ませて話しているがデスク越しに早見さんから不信感のような気配が感じられて非常に気になる。

これは早々に片付けないとだ。


「バカ、大人しく鞄の中にいろって言ったろ?!バレたらどうすんだよ?」


「確かに。僕も男だね、ついいてもたってもいられなくなってしまったんだよ。すまない事をした、驚かせてしまったね。大人しく戻るよ」そういってハクリューはシュルっと鞄の中に戻って行った。


「いや〜すみません!靴紐が解けてて」


「そうだったんだ……気をつけてね」


「はい!あのそれとさっきの妹の件なんですけど」


「うん!」


「ウオッホン!!!」


「?!?!」

 早見さんとの話に戻ろうとしたら急に課長がでかい咳をしてきたぞ。

正面の早見さんはサッと自分のパソコンモニターに顔を移動させている。


「おい、健太郎!ちょっといいか!?」

 なんだよ課長、せっかく早見さんと楽しく話してたのに。

しかもなんか怒り気味だし。

……今日はまだなんもヘマはしてないと思うけど、怖いな。


「健太郎、今日仕事忙しいか?って言ってもお前はいつも忙しいんだろうが」


「はぁ……」


「忙しそうなところ悪いんだが、今日13時頃に秋葉原に向かってくれないか?今うちが施行中のビルの隣の家の住民が工事の音がやかましいって事でカンカンでな、そのクレーム対応に向かって欲しいんだ」

えっ、それってうちの課の管轄ではないと思うんだけど。確かに俺はなんでも屋みたいな所はあるけど……

モヤっと違和感を感じる俺ではあるが、課の最高権力者に真っ向から異議を申し立てる事もできない。

先程まで慌しかったオフィスは静まり帰り、皆がこの俺の次の言動に注目を払っているのが背中越しに伝わってくる。

ここで下手を打てば課長のメンツは丸潰れになり、要らぬ角が立つ事になるぞ……

「それって、つまり……」


「ああ、決めてこい、お前の必殺技を。ご近所様の怒れる雷鳴を鎮めてこい。これは設計部一のシャーマンであるお前にしか出来ないことだ、頼んだぞ」

課長はそう言ってぴたりと俺の眼を見る。

これはもうやるしかないな……


「わかりました課長!!僭越ながらこの大業、有り難く受け持たせていただきます!!」

俺が大声でそう叫ぶと、周囲からは爆笑が生まれる。

チラと見ると辻や坂口さん、早見さんも顔を突っ伏して笑いを堪えている。

は、はは、やったぜ。

ただ課長の正面席に座る佐藤さんだけは不服そうに顔を顰めている。

ヘッ、笑いを取られて面白くないんだな、素直じゃないな。これが俺の真の実力だぜ。


「ハッハッハ!よろしい。では席に戻れ、期待してるぞ!」


「ハイッ!」

〜〜〜〜クソ、何が期待してるぞだ、クレーマーに謝るのは前回だけって約束だったじゃねえか。

2月もしないのに反故にしやがって、大人としてどうよ??

 俺は以前、自分の課とは関係のないお客様のお怒り対応の仕事に行かされた。

普段それは別フロアの営業部のお客様対応課ってところが担当してるんだけど、喫煙所で今人がいないとぼやくあちらさんの課長の話を聞いて、いい人材がちょうどうちにいると部長が話をもってきて、なんの抵抗も見せずに課長が受け入れたのが一月前。

 この一回だけだから頼むとマジギレしてるお客様の前に急に放り出されて訳もわからず玄関前に立ちっぱで必死に謝り続けたらお客様の機嫌もだんだんと治ってきて最後はお客さんの方が言いすぎたと謝りだし、後々偉く部長に褒められた記憶がある。

 しかし俺は2時間近く怒鳴られて頭の中がふつふつと湧いてたのでその後部長が嬉しそうに何を話していたのか全く覚えていない。また頼むとかそれらしいことを言ってたのかもしれない。

しかし、あれをまたやれというのか?!7月ど真ん中、外の気温は38度、快晴、無風。死ぬかもしれんぞ……

 けど、待てよ?13時だともしかすると15時前までにあのゲームセンターに行けるかも知れない。

逆にチャンスなんじゃないか?……そうと決まれば話は早いな。


1時間で終わらせるぞ、この闘い。怒れる神よ、目に物見せてくれよう、ギリギリを生き抜いてきた男の謝罪の力ってやつをな!!

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