二郎完食
二郎を完食そ、幸せに包まれながら店を後にする健太郎であったが。
店内には厨房を囲むように赤いカウンターが設置してある。カウンターの下には座れば隣の人と肩をぶつけてしまいそうなくらい狭い感覚で並べられた固定椅子があり、体を縮めなが黙々とラーメンをすする人達で全て埋め尽くされている。内側の狭い厨房ではでっぷりとしたおじさんとハキハキとした爽やかな青年がせっせと二郎を作っては客に持っていってる。カウンター近くに置いてある巨大な釜では豚からダシを搾り尽くしてダクダクになったスープがぐつぐつ煮えているのが目を引く。あれが二郎の命。空気は人の熱気とラーメンの湯気や匂いでごったしているけど、会話をする人はいない為あんがい静かで、炎天下の中フル稼働しているラーメンの油で黄色く変色したエアコンがごうごうと音を立てているのがわかる。店内に入ってまず食券を買う。普段だと普通サイズで満腹になるんだけど腹が減って死にそうだった俺はその倍はあるぶたダブルラーメンの食券ボタンを迷わず押す。これは気合を入れんといかんな。
二郎の客の流れは早いからここまでくるとすぐに席に案内してもらえる。一つ席が空き、そろそろかな〜と厨房の方をみると青年の方の店員さんと目があって「どうぞー!!」と案内される。
カウンターと壁の間には人一人がようやく通れるくらいのスペースしかなくて、食べてる人に当たらないようにカニ歩きになって席へと向かっていく。席に着いたらカウンターの段差になってるところに食券を置いて後は店員さんがそれを取りにくるのを待つ。
店員さんが来た時に食券をちらと見ながら「ニンニクどうします?」と聞いてくるので「あ、アブラマシマシヤサイニンニクカラメで」と伏し目がちに答えた。
この二郎特有の呪文のような注文の意味は油の量は特に多め、野菜とニンニクは普通、スープの濃さはは辛めでお願いしますって意味だ。
普通の量でも結構凄い量だから初めての人は何も付け加えない『そのまま』を答えるのが無難だ。
まだ俺が自分の限界を知らない青い学生だった頃、大ボリュームの『全マシマシ』を頼んだらモヤシとニンニクで冬の富士山みたいなった二郎が出てきて死にかけた思い出があるので空腹で死にそうな今回でも無茶は禁物だ。
「はいよー」と威勢よく店員さんは食券を持っていたけど、人とのコミュニケーションが苦手な俺は何年ここに通っても未だにこのやりとりに慣れないな……
そうして数分待つ。店内入った時にセナと携帯の入ったカバンは荷物をおく為の場所に置いてきちゃったのでやる事のない俺は、ラピュタに出てくる厨房思い出すな〜とか考えながら黄色く変色した換気扇をぼーっと眺めてると、突然頭に、キュピィーンッッ!!
「この感触はッ、くる!」
いつ頃からか、二郎に通い続けてたら自分のところにやってくるのが目を使わずとも感じられるニュータイプみたいな能力がついてしまってて、キッと若い店員さんの方を向くと
「お待たせしましたー!」やっぱりね、チャーシューとモヤシをドサっと乗せた二郎を持ってきてくれた。
キタキタキタ!キタヨキタ!この為に生きてるんだよ俺は。
店員さんがカウンターの段差になってるところに置いた器を両手であおぐようにしてゆっくりと降ろしたら目の前の容器から割り箸を一膳取る。
最初にかみごたえバツグンのチャーシューに箸をつけてガブリとかじりつくと、うーん『旨し!!』その後麺にたどり着くために器にどっかり乗ったモヤシをせっせと消化していく。早く麺に出会うのが待ち遠しいがこの山のようなモヤシもスープとニンニクが絡まってて非常に旨い。
モヤシ、チャーシュー、モヤシモヤシ、水と軽快に消化していくといよいよ麺とのご対面だ。胃も既にウォーミングアップ済みで麺を受け入れる準備は万端だ。
このタイミングでスープに沈んでいた弾力性に富む二郎の太麺を救い出して、口に頬張りこむと
ガツンッッッ!!
『美味い!!』
麺に絡みついていた二郎の濃厚なスープと大量ニンニクによる激しい衝撃でーージワァ〜、それを待ちわびていた脳はご褒美の快楽ホルモンみたいなのを分泌し始める。これこれこれ!!
後はブタのようにひたすら食う、食う、食う!!
全部頬張り満腹になりながらも未練がましくまだ何か残っていないかスープの中をかき混ぜるけど、チッ何もないようだ、他の客にも迷惑だし出るか。
そうして俺は器を段差のところにさっと戻し、食券販売機が置いてあるのとは別の方の出入口から店を後にする。
それにしても美味かった。2ヶ月は来なくても大丈夫だな。満足しながら店を出てまだ食べれてない長蛇に並ぶ連中を横目に優越感に浸っていると、ズキンッッ!!いたた、頭が割れるように痛い!何これ?!
どうやらこの痛み、二郎から離れて行くほど強くなってくる。何故??……っあ、セナ!!
俺は急いで店に戻り、セナの入ってるカバンを見つけて、ほっと一安心。主にセナよりもiphonに。
カバンを手に取り中をのぞいてみると「いたた……健太郎さん、私を置いて帰ろうとしましたね……」とセナも頭をさすっている。どうやらセナも俺と離れすぎると頭痛が起こるらしい。悪いことしたな、ってか先に言え。
「いや、ごめん、わざとじゃない」
「もぉー。気をつけてくださいね、あんまり離れすぎると頭バクハツしちゃいますから」
こわ……セナを電車に置き忘れたらホームで急に頭爆発したりすんの??これ知ってしまった以上俺、もう家から出られない……
朝のホームでカバンを持たずアワアワしてる俺の頭が突然吹き飛び隣のOLさんが大声で悲鳴をあげてるショッキングなシーンを想像して顔をひきつらせていると……
「ふふ、冗談ですよ!!」
はっ?やりやがったこいつ……!?
「ざけんな!!笑えない冗談は冗談って言わねえんだよ!!」俺は我を忘れてカバンに向かって怒鳴ると驚いた周りのジロリアン達からジロリ。いやな注目を浴びていたたまれなくなった俺はカバンをかかえてあせあせと小走りで店を出た。
道すがらセナが「注目されちゃいましたね」とぴょっこりカバンから顔を出しながら言ってくるので、
「注目を浴びるのは嫌じゃないけど、ああいうのは駄目だな。お前に会うまで我を忘れて怒鳴るのって映画とかドラマの世界だけの話だと思ってたよ」
「……すみませんでした……」
お、今回は珍しくセナが素直に謝ってきてる。感心感心。
「以後冗談をいう時はお互いハッピーで終わらせるように」
「はい……」
ふむ、どうやら今回はちゃんと俺の言うことを聞き入れる気持ちがあるみたいだな、なんだか気持ちいいぞ?どれこの際セナにはきつく言い聞かせて日頃の言動も改めさせてやるか。
「そもそもセナ、お前の言動は日頃から問題多々ありだ、俺の意思をあまりにも蔑ろにする事が多い」
「……ごめんなさい……」
よしよし、恭順の意を示してるな。愉快愉快。
セナもようやく俺の偉大さがわかってきたらしいな。
『俺が』付き合ってやってるんだからな?
なんだか勢いづいてきた俺は、
「ごめんだけじゃわからんだろ?あーん?どこらへんが悪かったかわかってるなら口に出して言ってみな?」と言ってみる。
ピクッ
ん?なんかセナの手先が一瞬震えたな、まあいいか、それにしても……プププ、いい気味だぜ。普段から俺を蔑ろにしてるから手痛いしっぺ返し食らうんだよ。それ倍返しだ!!
「ふぅ、自分で言えないなら俺が教えてやるよ、そもそも出会った時からお前はなんでも強引すぎるんだよ」
「……」
「契約って言ったってなあ、あれは契約とは言わない。脅迫って言うんだ、香水の時もそうだ。いいかセナ、何事ももっと相手の気持ちも考えてだな……」
セナの災害レベルを『犬』にまで落とした俺はニヤつきながらヤレヤレって顔でセナのダメなところを丁重に教えてやろうとしたが、
「……げんにしなさいよ……」
ん?俯いてたセナは拳を力強く握りながらワナワナと震え出している。ヤバ、やりすぎたか?!しかも今回は……
「もう許さない!!!黙って聞いてたら調子に乗って!!アンタ誰のせいで自分が恥かいたと思ってんの!?そもそも馬鹿なアンタがカバン忘れなければこんな事にならなかったじゃないの?!」
泣くのではなく爆弾が爆発した、ヒエェェ……
俺は「ヒッ!!」と声に出しながら反射的に両腕で顔を守るようにして縮こまってしまった。
このままじゃまずいと思った俺は勇気を振り絞り
「ちょちょっと待って!さっきは謝ってたじゃないか、あれは嘘だっかのかよ?!」
と両手で宥めるようにセナの説得を試みるがセナは、
「うるさい!!!私が怒ってるのはそこじゃないのよ!!なんでか、わかる?!せっかく香水を買ってもらっていい気分でアンタを許そうかなって思ってたのに今はアンタを消してしまいたい気分よ!!どうしてくれんのよ!?ウッウッ……」
やばい、また泣く……
ショッキングな内容に少しグラつきそうになるが、今は少しでも早くセナを落ち着かせなければまたコイツを泣かしてしまう。
「あ、そうだ、香水!!香水!あった!」
プシュ、プシュ、プシューー
「あっっっ!!」
俺は先程セナが購入した、嗅ぐと優しい気持ちになれると言っていた香水の事を思い出し、慌てたドラえもんのようにカバンの中をまさぐりって香水を見つけ出し、セナにかけるとーー
「あっ、何すんだ!!」
セナは物凄い勢いで俺の手からコロンを奪いとって迷わず遠くへ投げ捨てた。そして瞳孔の開いた目で振り向いてきた。
「ヒェッッ」
「あんたのバカさにはほとほと嫌気がさしたわ……何?!アンタ人を怒らせる天才??金メダル目指してみたら?!そもそもあんたは人の心がわかってないのよ人の心が!!よく言われない?!」
グサグサグサッッ、セナに痛いところをつかれ、俺は心に深刻なダメージを受ける。
「ゴメン……」
「アァ?!」
「ごめんなさいでした!!」
「謝ってもしょうがないでしょ?!って言ってもどうせアンタの残念なオツムじゃわかないんだろうから私が一から全部教えてあげるわよ、そもそも何のつもりさっきの香水?!ーー」
多分……これは長くなる……
そうして怒りメーターが振り切れてしまったセナに俺はやろうとしたことの百倍返しをくらい、炎天下の中一時間近く道の片隅で俺の駄目なところを聞かされ続けた。
二郎で超回復していた俺の脳細胞がミシミシミシと物凄い音を立てて死滅していくのをじっと感じながら……




