原宿
セナの買い物に付き合わされる健太郎。けれどもセナは商品を買わずに見るばかり。いよいよ健太郎も業を煮やすが。
ドトールを出て近くの工具屋さんで笛を購入し、その後はんば強引なセナの要望で俺は原宿駅に向かった。原宿駅から降りて正面にある竹下通りに向かわされたけどこの場所が非常にまずい。若い子達が隙間なくひしめき合ってて人が苦手な俺は入り口を覗いただけでどんどん疲れてくるんだけど、セナの方はクレープや細長いソフトクリームを持つカップルとかを見て目をキラキラ輝かせてる。
「健太郎さん、ソフトクリーム一緒に食べましょう!」
「一緒にってお前食べられないじゃん」
「いいんです、雰囲気だけでも」
「わかったよ、暑いし。そこの店のでいいか?」
「えっと、あれ!あれがいいです」
そう言ってセナがカバンから身を乗り出して指を刺したのは制服を着た女子高生が持ってるめちゃくちゃ派手な虹色ソフトクリーム。
「あれか。えっとお店は……うお」
虹色ソフトクリームを売ってるお店を探して見つけたのが、通りから少しそれたところにある建物全体が虹のようにカラフルに彩られ、そこに可愛らしい装飾が施されたガーリー度MAXのお店。あそこで買うの、俺が?
キャピってる女の子達の列の中に並び
「あの、ソフトクリーム、一つ、虹色の、お願いします!」と、きょどった倒置法で爽やかスマイルの店員さんから購入し、受け取った虹色ソフトをセナに見せると
「これですこれこれ!可愛い……健太郎さん!お店の前で写真をとらなきゃ駄目ですよ?インスタ映え映えですよ!?」と興奮しながら言ってくる。なんでインスタとか知ってんだ……
「俺はインスタグラムはやらん。キラキラした写真をせっせとアップして何が楽しいのか全くもってわからん」
「楽しいのに……じゃあ私が乗せます。私は持ってないので健太郎さんのスマートフォンを借りますよ?いいですよね?よいしょっと」
そうしてセナはトートバックから俺の携帯を取り出した。別に止めないけど君スマホ使えるの?フィギュアなのに?
存在自体が摩訶不思議なセナなので細かいことはあまり突っ込まないようにして、俺は言われるがままアイスを持った右手をスマホのカメラの前にかざすと、
右です右、あ、もう少し下にお願いします、あ、そこでストップ!!とセナは全身でiphoneを支えながらソフトクリーム持った俺の手に細かく指示を出してくる。ハヤクタベヨウヨ……そしてようやく満足のいく位置に定まったらしく、セナがスマホを支えているのとはもう片方の手のヒラでシャッターボタンを押すと、パシャリ!!
「やったー!!」
どうやら写真が撮れたらしい。マジか……
そしてセナとは対照的に俺はボケ〜っと、写真を見てはしゃぐセナを傍観していると、
「カワイイ〜!ほら健太郎さん見てください!」
とセナはくるりと俺の顔にスマホ画面を向けてきた。
どれどれ、フィギュアの撮った写真を見てみるか。
どうせ大した事ないだろう。そう思いながら画面を覗き込んでみると……うぉっ!
こいつ写真撮るの上手いな……!!
セナの撮った写真は、虹色のソフトクリームをアップで強調しつつバックのカラフルなお店はぼんやりとぼかし、そのボカシ加減と全体のカラフルさが絶妙にマッチしてて、雑誌とかで紹介されてても不思議じゃないレベルだ。
全身で携帯支えてたくせに。
写真を撮った後、俺は手に持つソフトクリームを食べようとするけど、結構でかいな、これ食べきれる自信ないぞ。
とりあえず一口パク、あれ?食べてみると紫はブドウ、ピンクはいちごというように色によって味に変化があって見た目よりもすんなり食べきれた。美味しいよこれ。
その後俺は竹下通りのキーホルダーとか小物とかを取り揃えてるような雑貨店をいろいろ連れ回される。セナは店内を物色しては次から次へのお店へと向かうんだけど一向に買うそぶりを見せない。ねぇ、何がしたいん?
そうやって竹下通りを出てからも炎天下の中あっちこっちと連れ回され、空腹と疲労で俺の顔面が青白くなってきた時、セナはあるお店の前で動きを止める。『diptyque』ディプティック?キレイに凛と静かにたたずむ感じはパリのシャンゼリゼ通りに並ぶお店みたいな上品な感じで今まで見てきたお店と少し雰囲気が違う気がする。
「綺麗なお店ですね、健太郎さん!ちょっと入ってみてもいいですか?」
嫌とは言いにくい。よしここで最後だ。
「別にいいけど早くしろよ、ここが済んだら飯いくぞ飯。お前に連れ回されて俺は腹がペコペコなんだ」
「わかりましたー!!」
そう言って俺はこのフレグランス店の中に入る。
店内はしっとりと落ち着いた雰囲気でキレイな服を着た女の人達が香水を選んだり落ち着き払った店員さんに香水の質問したりしてる。そして店全体に美しく並べられた様々な形の香水瓶達は照らされたライトの光をキラキラと反射してて見ててとても美しい。
……ああ駄目だ、俺みたいな着崩しポロシャツ一丁の下町の中華屋がお似合いな男が来るべき場所じゃない。
場違いってこういう気まずい感覚だ。
そしてさっきのアイスクリーム屋の列みたいに行列とかで終わりが見えるものじゃない。ヤバいぞこれは。
それでもセナを一人で行かせるわけにもいかず俺はセナを隠しながら言われるままに一つ一つの香水の前で立ち止まっては移動を繰り返す。
辛い……雰囲気乱してお店に迷惑かけてるのが。
早く出たい。店員さんいっそ塩ならぬ香水でも撒いて俺を追い出してくれませんか?
ダッシュでニンニクたっぷりのラーメン屋に向かうから。
けれどもそんな俺の気持ちはお構いなしのセナは一つ一つのコロンをじっくり時間をかけて見たり匂いを嗅いだりしてる。ちょっとって言ったのに時計を見たら店に入ってから既に二十分が経過してるじゃないですか?
イライラ……
なんか腹立ってきたぞ。何がクンクンじゃ。
「さっきから眺めてばっかだけど何か買わなくていいのか?」
これまで男たる者女性のショッピングには黙ってつきあうものと心に決めていた俺だが、こちらの気持ちもつゆ知らず犬みたいに鼻をひくつかせているセナに我慢の限界を感じ、
俺は禁断の誓いを破りセナを急かすことに決めた。
「えっ……」
「何か欲しいのあれば言えよ、買ってやるから」
「あ、いえ大丈夫です。私こうやって見てるだけで楽しいんです」
「はあ?理解できん。さっきから買いもしないのに見てるだけで何がそんなに面白いんだ?」
「あら、駄目ですよ健太郎さん。女性って色々な想像を楽しみながら買い物をするんです。この香水部屋に置いたらきっと可愛いだろうな、とか、意中の方はこの香りを好きなってくれるのかな?とか」
セナがエッヘンって感じで指をたてながらそんなご高説を垂れているのが俺のイラつきに更にブーストをかけるが、なるほどなるほど、ようは期待に胸を膨らましてるのが楽しいのか。俺魚釣り好きだからその気持ちなんとなくわかるぞ。
「あー、あれね。釣り人が釣れなくても必死に竿を振り続けてるのが楽しいみたいなあれか。いつか大物がかかることを信じて」
「全然違います」
そう言ってセナはプイッとそっぽを向いてしまう。
いや一緒じゃないの!?わけがわからん。
セナの言ってる事がいまいち理解できず頭を悩ましていた俺だが……ある事にふと気づく。
待てよ……?昔の賢人ソクラテスさえ奥さんの心は理解できずずっと悩まされ続けたって話を聞いたことがある。人類史上最高の賢人にも死ぬまでわからなかった事を俺なんかが知ろうとしてもおこがましい話というものだ。
だから俺は考えるのをやめた。
そう思考停止してジョジョのカーズみたいに石になりかけてると、ふとセナはさっき指差してたほんのりとラベンダーの香りがする香水の瓶を他よりもまじまじと見つめてる事に気がついた。むむむ?あれ〜?ピンときちゃったよ俺、わかりやすいなコイツ。
「このコロンが欲しいんだろ?」
「え?いえ、可愛いなーって思っただけで。別に使う事もありませんので」
あれ?違うのかな?
そう言ってセナは別のコロンの方へ身体の向きを変える。けれどやっぱりさっきの香水が気になるようで時々チラチラ見てる、フム、気にはなっているらしい。とにもかくにも俺は一刻も早くこの地獄のような状況から抜け出して昼飯に向かいたい。だからセナがチラチラ気にしてるこの香水を買ってその流れで店を出ることに決めた。
「よし、じゃあこれ買うか!」
「え?いえ、いいですいいです!」
「さっきからチラチラ見てるし気になってんだろ?」
「それは……いい香りがするなーって思ってただけで別に健太郎さんに買って欲しいとかそんなのは絶対ないですから!!……ないですから!!」
あれ?そうなんだ。
やけに念入りに断ってくるので本当にほしくないのだろうか。
けどここで引いたら駄目だ。戦には攻め時が存在する。今ここでそうなのかと引けば更に一時間はセナの冷やかしに付き合わされる羽目になりかねん。なんとか強引にでもセナを怒らせずに店から出なくては。
俺は目を閉じて深く息を吸い、深い瞑想に沈み込む。すると、ん?心の声が聞こえてくる。
『俺よ、ここはいわばセナと俺との桶狭間。決めろ。勝つ為にない知恵を絞り出すのだ!』
その声を聞き届けた後、俺はカッと目を見開き、
「あっ……!!」
固辞するセナを無視し、ラベンダーのコロンを左手に取ると、右手で豪快にキャップを外し、そのパフュームフレグランスをまさぐり嗅ぐ。
「確かにいい香りだな」
「はい……、匂いをかぐととても優しい気持ちになれる気がします」
「そうだな。やはりこれを買おう」
「え!?いいですいいです、本当に。あ、こっちの香水も可愛い!!」
俺が香水を買おうとするとセナは驚き顔で両方の手のひらをブンブン回し、顔を赤くして別の香水に視線を移している。
そんなに他の香水も楽しみたいかこの優柔不断め。
しかし我が進軍を不必要に乱す娘よ、抵抗はよせ。サイは既に投げられたのだ。
「セナ、いい加減にしろよ?さっきからダラダラダラダラと、お前がやってるのはただの冷やかしだ」
「え!?……」
俺がそう言うとセナはギョッと眉をひそめ、不可解って感じの顔をした。確かに買い物を楽しんでる時に注意を受ければ面白くないだろう。しかしここはひいては行けない。
「いい加減買うか買わないかはっきり決めろよ?今まででこの香水が一番気になっているってのは見ててわかった。違うか?」
「ッッッ!!そ、そうね、一番よ……」
悔しそうな顔を浮かべながらもしぶしぶ同意するセナ。墓穴を掘ったなセナよ。後はこれをサクっと買ってセナに無理やり渡せばそれでチェックメイトだ。
「だったらこれにするぞ、俺はいい加減腹が減ってるんだ。どうせ金を払うのは俺なんだからこれに決めたって問題はないだろ?言っとくが金のないお前に恩を売ろうとは思わん。だから迷わずこれにしとけ。な?」
誰だって興味のあるものを買いあぐねている時、タダで手に入るなら迷わず欲しいと思うものだろう。
それを断るってのは単純に恩を売られるのが怖い時だけだ。
なので俺は理詰めでセナを責める。
ふう、これだけ言えば優柔不断なセナも決心するだろう。
そう思いコロンを持ったままレジに向かおうとしたら、
「いらない……」
セナがそんな事を言い始める。
「はっ?なんだまだ選びたりないのかよ?わがままいってるといい加減怒るぞ?」
「いらない……」
「じゃあもう店出るぞ、もう1時間も店にいるじゃないか、ちょっとって言っただろ?」
そういいながらセナを睨むと、
えっ……涙……?
「……欲しくない、もう香水なんていらない!!健太郎さんの馬鹿!!」
そう言ってセナは小学生のようにシクシクと泣き出してしまった……
え、えええぇ……
俺の全身から一気に血の気が引いてゆく。
マジ泣きじゃないか……なんで?欲しいもの手に入るならそれで良くない??
セナの泣いているところを見ているとこれまで味わったことのない得体の知れない恐怖がゾゾゾと心の奥に流れてくる。
クッ、クレバーだ俺、冷静になれ、このままじゃ遠くの客に勘付かれる!!
そうだ、今こそ必殺の機嫌晒しだ!!
「お、おい、スゲェぞセナ!!チンコみたいな形をした香水が、ここにほら、面白くないか!?」
と、セナの近くに置いてあった細長く下から斜めにせりあがった形をしたコロンを手にとり、セナの目の前でぶらぶらさせ見せてなんとか笑いに持っていこうと試みるのだが、
「うっ、うっ、うわあぁぁぁぁん!!」
とさらに、泣き声を強めてしまう。
クソ、逆効果か……
けど引くな引くな!前進あるのみ!覚悟はとうに決めたはず!!俺はなりふり構わずセナを泣き止ませる作戦に変える。
「よしわかった!2個だ、香水を2個買ってやる!!」
「うぅ、ううっ……」
「さ、3個、3個だ!!よし3個買ってやる!」
ピタッ
俺が3個買ってやると言ったところでセナは急に動きを止めた。
そして、
「ヒック、ヒック……ほんと?」
「あ、あぁ」
「……エヘヘ、ありがとうございます」
と泣き晴らした目で笑みを作りながら見上げてくる。
(良かった、なんとか泣き止んだ、それにしても現金な奴め……)
と心の中で呟きながら手に持つ香水についてる値札をひっくり返して見ると……
¥30,000円
えっ、嘘だろ……
俺は0の数え間違えじゃないかともう一度端から数えなおしてみるが、0の数は変わらない。
「な、なぁ、セナ?」
やっぱり2個って事には……
とセナに譲歩を試みようとした時、
パサッ。
台の上のコロンと一緒に飾ってあった木で出来た馬のオブジェが台から頃げ落ちた。
俺がそれを拾い台にもどそうとすると、オブジェが俺にだけ聞こえる声で
「ダッセェな、ブヒヒヒン」
っと鼻を鳴らしながら言ってくる。
ウゲッ、こいつも喋れるのか……
俺は立ってるだけで働いた事もないであろうオブジェに何をと突っかかろうとするが、
(いやいゃ、買うって言ったんだから買おう)
そう思い直し、オブジェを元の場所に戻すとセナの香水選びに黙って付き合ってやる事にした。
男が約束を破るのはカッコ悪いよな?それに……
こんなに嬉しそうなセナの顔をわざわざ曇らせるのも悪いよな。
先程の泣き顔はどこへやら、笑顔で香水を選んでいるセナを見ているとそんな気がしてくる。
結局さらに20分くらいセナの香水選びに付き合わされるが、途中でやっぱり2個でいいと言うので合計3,5000円の代金を支払う事になった。
まぁ思ったよりは安かったな。
俺が奥のレジで会計を済ませ、店をでるため最初の香水のあった場所を通りすぎようとすると、先程のオブジェが嬉しそうに両脚をあげて屈撓してるのが横目に見えた。
何がそんなに嬉しいのか。
うん、まぁ、いっか、それより飯だ。




