心
「なんだよセナ今仕事中だぞ?」
俺はイラついているのでセナにも押し殺しながらもきつい口調で言うと、
「健太郎さん、落ち着いてください、それこそ職場なんですよ?」
と言ってくる。
「けっ、知るかよ、どうせ俺なんて職場ではいてもいなくてもどうでもいい存在なんだ。今更嫌われたって何も変わんねえよ!」
「もー健太郎さん、カッコ悪いですって、そんなすてばちになっちゃ」
「は?知らねーよ」
俺はセナにそう吐き捨てると、セナはそうですかと腹を立ててポケットの中にすっぽり戻っていってしまった。
俺はそれをみて内心落胆する。
なんだよ、セナまでそんな事言うのかよ……
お前はリカちゃんとの一件を間近でみていたってのに俺を見放すのかよ、俺のリカちゃんへの気持ちを知っていて唯一俺の気持ちを汲んでくれる仲間だと思ってたのに……
「なんだかほんとどうでも良くなってきたな……」
俺はうんざりする気持ちで頬杖をつきながら会社のパソコンであてもなく読もしないネットニュースを閲覧していると、
「どうした田中?なんか今日お前変じゃね?」
斉藤さんが話しかけてきた。
やべ、ニュース閉じなきゃ!!
一瞬そう思う俺であるが、
「なっ……なんすか?カメラすか?」
ウィンドウを閉じようとしたマウスから手を離し、画面はそのままで太々しく答えた。
別にいいや、どうなろうと、俺がここで斉藤さんにビビってなんになる?人生で一番大事なものを失ったんだ、今更上司の機嫌にビクビクして俺の人生が好転するのかよ?
ほら、煮るなり焼くなり好きにしろってんだ、こっちは既に腹はくくったぞ?
この後盛大に怒鳴られるであろう事を予想して身構える俺であったが、斉藤さんは画面をチラリとみた後、
「……もしかして、何かあったか?」
真剣な口調でそう問いかけてくる。
おかしいな?絶対怒られると思ったのにちょっと拍子抜けだな……。
けどだからって素直に答えるわけにはいかないぞ、こんな私的な事で不貞腐れて仕事の手を抜いているのがバレればそれこそ一貫の終わり、なにより大の大人として不貞腐れる理由が『好きなJKに彼氏がいました』ではあまりにも情けなさすぎる。
ここは敵地、断固黙秘を貫いてやるぜ。
「いや、別になんもないす……」
「何もない事はないだろ、お前がネット画面を隠さないなんて相当な事だぞ?」
「え、あっ、いやこれは……」
マジか、バレてたのか……
どうやら俺がこれまでバレていないだろうと思っていたネット記事の閲覧は承知の事だったらしく俺は気恥ずかしさで言い淀んでしまう。
気遅れする俺を見つめる斉藤さんは真剣な顔を緩め、少し穏やかな表情をして、
「なあ田中、俺は最近のお前の仕事に対する姿勢は以前とは比べ物にならないくらいだと評価してる」
「は、はぁ……」
「だから俺は空いた時間にお前がネットを閲覧しようが何も言わずにおこうと決めている。お前の業務だと他の手伝いがない時はどうしても時間が余る事もあるだろうし、それはとても辛い事だとも思う」
「…………」
「すまなかったな、これは上司である俺の責任だ。だから今は課長にお前の仕事内容を変えてもらえるよう掛け合っているところなんだよ、最近のお前は熱心に仕事に取り組んでるしまぁ課長も理解を示してくれると思う」
「えっ……そ、そうだったんですか……?」
「当たり前だろ?何年一緒に仕事をしてると思っているんだ。お前が変わった事なんてすぐに気づくさ。俺だけじゃない、皆気づいてるよ」
……嬉しい……
理解してくれてたんだ、俺の気持ち。
ずっと放置されてるんだと思ってた。
見放されてるんだと思ってた……けどちゃんと見てくれてたんだ俺のこと……
斉藤さんにそう言われ、俺の胸の奥にジワっと暖かいものが込み上げてくる。
俺は崩壊しそうになっている涙腺を堪えながら斉藤さんの目を見る。斉藤さん!!!
「しかしだ、それは置いておいて、今日のお前は一体どうした?」
斉藤さんは再び真剣な表情に戻して言う。
「辻だけならいざ知らず、早見にまで当たり散らして、今まで同僚にあたることなんて一度もなかったじゃないか?」
あ、いや辻はそうですけど、早見さんは別件が……
そう思う俺であるが何も言えない。
先程とは違い、今は不思議なくらいに怒りがすーっと引いてしまっている。
「なあ田中?何か辛い事があったんじゃないか?もし良かったら話を聞かせてくれないか?」
「な、なんでそんなに自分に構うんですか?」
尋ねながら俺の胸中に怯えのような感情が湧いてくる。
怖い……斉藤さんの返事が。
俺は会社では誰にも大事にされてないと思っていた。
そんな気持ちを胸に抱きながら10年近くこの会社に勤めてきた。
けれど斉藤さんは俺を評価していると言ってくれた。
だから少しこの人を信じてみたいという気持ちが心の奥に生まれた。
けどこれが仕事だからと言われるときっと俺はガッカリしてしまう。
そうなのはわかってはいるけど、もっと別の返事を聞かせて欲しい、大の大人が求めるにはあまりに幼稚すぎるような返事が……
斉藤さんは真剣な表情を崩さないまま答える。
「当然だろ?お前は俺の大切な部下じゃないか!」
「さ、斉藤さんっ!!よ、良かったら今日、お時間頂けないでしょうか!?」
やばい、いよいよ涙が溢れそうだ……
30を超えて男泣きしてしまいそうな声で俺は斉藤さんに言う。
信じてみようこの人を、この人ならきっと笑わずに俺の話を聞いてくれる。
心がそう確信した。
そして斉藤さんは、
「あぁ、その為にも今日は定時上がりを決めないとな!」
フッと笑みを漏らしながら親指を立てる。
かっカッケェ……この人が皆から信頼されら理由がわかる。
なんて懐の大きい人なんだ……
俺の火照る顔を見て俺の胸中を察したのか斉藤さんはじゃあまたと言った後、オメガのスピードマスターで時間を確認すると別フロアで開かれる会議へと速足で向かっていった。
そして俺の島の周囲には穏やかな空気だけが立ちこもっており、
「良かったわね、田中くん」
早見さんがそう話しかけてきて、
「あ、はい……早見さん、さっきはすみませんでした……」
俺は悪くないはずなのだがその場の空気に飲まれて早見さんに先程の件を謝罪する。
なんでだろ、今はもう前の事どうでもいいや、それくらい俺の心はほぐされてしまっている。
「良かったじゃないスカ!」
そう話しかけてきたのは嬉しそうな笑みを浮かべている辻だ。
「まあな、ってかお前はとっとと現場に行けよ、辻!」
「あ、そっすね、じゃあ行ってきまーす!」
辻には先程と口調は変わらないはずなのに辻は上機嫌な反応でフロアを出ていった。
知らなかった、気分や雰囲気一つで人ってこんなに受け取り方が変わるんだ……
俺も上機嫌でデスクに座りながら備品の整理に漏れがないかエクセルの表を確認していると、
「良かったですね、健太郎さん!」
先程まで引っ込んでいたセナが話しかけてきた。
「ほんとにな、なんだか救われた気持ちがするよ」
「けど、ほんとに話すんですか……?」
「ん?何が?」
「その……リカさんとの一件の事です……」
「?当然だろ?その為に斉藤さんに時間作ってもらうんだから」
「それはそうですけど……」
そういうセナの表情はどこか納得のいっていない様子が見てとれる。
うざいなぁ
「あーもう、仕事の邪魔だから話は終わりな、ほら引っ込めって」
「むぅ〜、わかりました……」
そういってセナはスポッと胸ポケに引っ込んでいく。
なんだろ、セナのやつ、心配してるのかな?
ったく、コイツのこういうネガティブな所好きじゃないわぁ。いるんだよなぁこうやって人が前向きになってるのにそれを邪魔しようとする奴。
陰キャかよ、陰キャは黙って見守ってろっての全く。
俺は気を取り直し、エクセルの表にどんどん数値を打ち込んでいく。
いやぁありがたい、この悩みを聞いてくれる斉藤さんにほんと感謝だよ、セナは俺の気持ちをわかってくれないし今は他の人に話を聞いて貰えるだけでもありがたい。
その後オフィス街でお昼を食べ、再び先方に備品の発注やら倉庫の在庫の管理をしているうちに早くも定時の時刻が迫ってきて、俺は全ての備品の発注、整理を終業5分前にきっちり終える事が出来た。




