衝動
「健太郎さん、、何か勘違いしてません?」
「え、何が?」
リカちゃんは怒ったような、けどどこか戸惑ったような色を目に浮かべながらそう告げる。
俺が何を勘違いしているのかを聞き返すと同時にリカちゃんの背中越しに3階フロアエスカレーターの乗り口に足人が近づいてきてるのが見えた。
「あの……私足人君とは何もありませんから」
「え、そう、なんだ……」
俺はリカちゃんの言っている意味がよくわからない、なんでそんな事を俺に言うんだろ……
リカちゃの声は足人に聞こえているのだろうか、足人はエスカレーターに乗り込もうとせず俺たちの様子を見ている。
俺はしばらく沈黙し、何も考えられずにいるまま数秒たつ。
なんて言えばいい、駄目だ頭が働かない。けど何か返さないとどんどん熱のようなものが冷めていってしまう。目の前のリカちゃんは何も言わずにずっと俺の言葉を待ってくれているように感じる。
上階フロアの足人をチラと見ると俺の中の気持ちが萎縮して行くのがわかった。
……どうせ俺なんて選ばれる訳がない。やっぱりリカちゃんとは友達のままで……
そう思った時、リカちゃんから何か落胆めいたような雰囲気が感じとれた。
え、なんで……?
今一瞬、リカちゃんに意識を読まれたような気がした。けど今はそんな事はどうだっていい。
それよりも落胆するリカちゃんを前にして俺の中に強い衝動が沸き起こってくる。
「俺、リカちゃんが好きだ!!」
俺はその衝動に任せて思いついた事をそのまま口にした。
言った……言ってしまったついに……
年齢の事や妹の事なんてもう知らない。
俺はリカちゃんが好きだ、そして今伝えなければ今後二度とこの気持ちを伝えるチャンスはこない。それが何故だか本能的にわかった。
俺の告白にリカちゃんは黙り込んでしまう。
なので俺も黙ってその動向を見守る。
そして……
「あの、なんの事かわからないんですけど……」
リカちゃんは戸惑ったようにそう返してきた。
え?なんで?
一瞬そう思う俺ではあるが、見つめてもリカちゃんは返事を返すそぶりはない。
そうか、多分リカちゃんは友達としてって意味と勘違いしてるんだな、だから聞き返してきたんだ。
そう思い、俺は再び告げる。
「だから、告白してるんだけど……」
今度は誤解がないように、これが愛の告白なんだとわかるように。
しかしリカちゃんは返事をせずずっと黙っている。
な、なんでだ、これ……
なんか言ってくれよ……
そう思うのだが、ふと俺の中である直感が働く。
これ駄目なやつだ…絶対返事を聞き返したら……
これまで散々振られまくった経験からだろうか、今好感触の反応示さない彼女に返事を求めるとそのまま振られコースに突入する。それがわかる……それだけは嫌だっ!!!
俺はそう思ったので、
「あ、いや、好きって言いはしたけど、付き合ってくれとかそういう意味じゃないから、ただ気持ちを伝えたかっただけで、な?年齢の事とかもあるし現実的じゃねーよな、はは」
そう言うと一瞬、ほんの一瞬、ほんの僅かにリカちゃんの口元から笑みが溢れたような感じがしたが、改めて見るとリカちゃんは真顔のままである。
勘違い……か……
そして二人ともしばらく黙り続けていると……
「あのぉ、すみません、来ちゃったんですけど大丈夫ですか?」
振り向くと足人がエスカレーターを降りてきていて話しかけてきていた。
「あっ!足人くん、ごめん!!」
そして先程の態度とは打って変わってリカちゃんは嬉々とした声で足人に話しかける。まるで待ってましたと言わんばかりに。
クソッ、こいつ俺の告白聞いてるんだよな、普通くるか?このタイミングで。。
そう思う俺であるが、気まずい雰囲気ではあったので一瞬ほっとしてしまった自分がいるのが非常に情けない……
「どうかしたんですか二人とも?」
そう言う足人は平然とした様子だ。
どうやら告白が聞こえてたと思ったのは俺の勘違いだったみたいだ。
俺は足人の問いになんて返せばいいかと考えていると、
「ううん、何でもないよ?ごめんね待たせて!」
俺の横を通り抜けながらリカちゃんが答える。
「いいよ、それよりそろそろブザーがなる頃だと思うんだけど?」
「あ、うん。そうだね、じゃあ私行くね、あブザー貸して?」
「はい」
そうしたやりとりをした後、リカちゃんは足人から二つのブザーを受け取り、登りエスカレーターの方へ向かって行く。
足人は笑顔でそれを見送ろうとしているのだが、待ってくれ、俺はまだリカちゃんから何も返事を聞いていない!
「あ、ちょっと……」
俺が振り向きもせず登りエスカレーターに向かおうとしているリカちゃんに声をかけようとすると、
「健太郎さん?引き際って大事だと思いますよ?」
俺を遮るように足人が話しかけてくる。
「は?」
なんだ引き際って?それより邪魔だよお前。俺は足人を睨みつけるが、足人は気にした様子もなく、
「いいですか?健太郎さんはリカの事好きかもしれませんが、考えてみてください。容姿もつりあわない、社会的ステータスもない、年齢もかけ離れてる、そんな二人が付き合えるわけないじゃないですか?だからリカは何も言わずに行こうとしてるんですよ?」
諭すような口調で俺に言ってくる。
ーー聞こえてたんだ、さっきの告白こいつに。それを聞こえないフリしてリカにブザーを渡しに来たんだ、俺にこれを言うために。
足人の遠慮のない口ぶりに俺の中に激しい怒りが込み上げるが……言われている事は事実だ……
それに納得する自分がいるので俺はただ黙って聞く事しか出来ない。
救いを求めるようにリカちゃんの方を見るが、エスカレーター上のリカちゃんはどんどん上へと向かっていく。
「お前には関係ないだろうが……」
足人の方へ向き直し、俺は悔しさの籠った声でなんとかそう言い返すが、
俺の言葉に足人はフッと侮蔑的なえみをこぼした後、
「リカは僕の大事な人です。だから僕にはリカを守る責任があります。それに僕らは毎日学校では輝くような友人達に囲まれ、日々を送っています。僕はサッカー部で二年ですが先日プロのスカウトともお話をしました。リカはTOEIC990点で東大模試ではA判定、昨日会ったリコだって人気の読者モデル、そういう別世界を生きる人間たちなんです。
リカは芸能界からのスカウトとか必死で断ってるみたいですけどね。
健太郎さんは昨日言ってましたよね?親戚のおじさんだって。よかったじゃないですか、例え産まれの運であっても立場の違うリカと同じ一時を過ごせるんだからそれで満足しておけば?」
信じられないような事をツラツラと並べ立ててくる。
えっ、リカちゃんってTOEIC満点なの?スゴ……それに芸能界とか聞いたことないんだけど……
足人の口先から出てくる言葉を聞いて俺は改めて自分とリカちゃんが別世界の人間なのだということを痛感する。
そして動揺のあまりいよいよ何も言えなくなってしまう。
しばらく何も言えず俺が俯いていると、
「じゃあ、そろそろ行きますね、あ、大丈夫だとは思いますけどフードコートには来ないでくださいね、僕としても気まずいのは嫌なんで……」
そう言って足人はリカちゃんの後を追うように登りのエスカレーターへと向かっていく。
それを思考停止した頭でぼーっと眺めていると、
「ちょっと、何やってるんですか健太郎さん!!」
これまで動けずにいたセナが胸ポケットから怒りながら半身を乗り出し話しかけてくる。
「え、何って……」
「なんで言い返さないんですか!!」
セナは顔を真っ赤にして非常に興奮している。
まるで自分が酷い事を言われたかのように。
「いやだって事実だし……」
「事実であっても何か言い返さないと!!悔しくないんですか!?」
「悔しい……けど認めちゃってる自分がいるんだよ、足人のいう事を……」
そう。足人が言ったことはそのまんま俺が普段からリカちゃんに対して思っていたことなのだ。
俺の知らない情報もあったがそれも輪をかけてリカちゃんとの距離が開くようなものばかり。
だから足人の言っていた事は正しい。
ただ生きているだけで皆が平等な世界、そんなものはこの世に存在しない。
最初からわかっていた事だったのだ。
「あー腹が立つ、情けない!情けないです!!」
怒りくるうセナはヒラヒラと手を降ってきた足人に思い切りアカンベーをした後、再びプンスカ怒りを爆発させている。
「ありがとうなセナ、俺の為にそんなに怒ってくれて」
「はっ?健太郎さんの為に怒ってるんじゃないですよ?」
「え、違うの?」
「違いますよ、私が怒ってるのは健太郎さん自身に対してなんですから!!」
セナは腕を組み、思いっきり顔を膨らまして怒っている。今にも泣き出しそうな顔で。
「そ、そうか、まぁそんなに怒るなよ、な?なんか美味いものでも食べに行こうぜ?」
俺はそうとりなすように言うが、
「何言ってるんですか!こんな時に!!」
セナは俺の提案を無下にするような事を言ってくるので俺もカチンときてしまう。
「だってしょうがねぇだろ!?なんにも言い返すこと出来ないんだから、俺とリカちゃんは住む世界が違う人間なんだよ!!」
怒鳴った後に俺ははっと気づく、これは八つ当たりだと。
セナは俺の為に怒ってくれていて何も、悪い事はない。けどほんとにどうしようも出来ないんだ、だからこれ以上俺を惨めな気持ちにさせないでくれ、頼むよ。
「……ごめん……」
「……もう知りません」
俺は怒鳴った事を謝るが、セナは取り合ってくれず、悲しそうな表情を浮かべながらそう言いとバックの中に入って行ってしまった。
俺はそれ以上セナに話しかける事が出来ない。
フードコートのある3回フロアをチラと見上げるがここからではもう足人とリカちゃんの姿を確認する事は出来ない。
俺は足人に言われた通り、3階には上がらずにそのままエスカレーターを後にした。




