エスカレーター
あわわわ、どうしよう、3Fフロアに着いちまう……
登るエスカレーターを逆走したくなる衝動に駆られて後ろを見ると背後では左右を埋めるように若い夫婦とその子供と見られる3歳児くらいの女の子が両親の手を握って中央に立っている。
そして俺の焦った形相を見て子供はビクリと硬直し、父親が本能的に俺を睨みつける。
この不審者めと。
違う、そこを通り抜けたいだけなんだ……
しかし説明してるまもなく俺の足元の段は階段状から平になり、俺の足は半ば感性で銀色の部分におしだされる形でエスカレーターを降りることになる。
やばい、降りちまった……
しかし焦るな俺よ、チラとリカちゃんの方を見るが彼女は俺に気づいていない。そしてメニューを眺めるリカちゃんとの距離は50mはある。
注文選びという意識を集中させる行為にこの距離なら流石に俺の存在には気づかないはず。
なので俺はフードコートには向かわずそのまま方向転換して隣にある下りのエスカレーターに乗り込もうとしたところで、チラリともう一度リカちゃんを見た瞬間リカちゃんはふと何かに気づいたように後ろに振り向きーー
俺の存在に気づいたのだろう一瞬顔を驚かせると即座にまた正面に顔を向け直してしまった。
うわぁ、なんだろ、なんなんだろうこれ……
俺の胸中に物凄い悲しさが込み上げてくる。
リカちゃんが振り向かなければ足人と友人として遊んでいるだけだと納得させることが出来た。しかしリカちゃんは俺に気づき、視線を晒してしまった。
明確な敗北、そう、俺は足人に敗北したのだ、男として、未読無視の原因が今わかった。リカちゃんには俺ではなく足人が満足のいく相手だった。
それだけの事なのだ、それだけの事なのに……
「健太郎さん……」
ガックリと項垂れる俺を心配してセナが心配そうに俺に話しかけてくる。
「帰ろう……」
「……はい」
俺の胸中を察してくれたセナは文句を言わずに俺に合わせてくれる。
俺が何故リカちゃんが好きなのかはっきりと悟り、希望のような感覚が身体中に染み渡っていただけに、この現実はあまりに辛い。。
あまりのショックでもうイオンを楽しむどころではなくなっている。
(マジかよリカ、お前そっち系だったのかよ……)
クラスのイケメン男子と付き合ってデートする。現役JKであるリカちゃんなら普通にあり得る、というか当然の選択。なのに俺はリカちゃんに対する失望を拭えない。
きっと心の何処かで期待してたのだろう、彼女も自分が好きであるはずだと。
「……」
言葉が出ないとはこの事だ。ショックで今は何も話す気が起きない。
心配そうにセナが俺を見つめているが今はその視線が鬱陶しい。
さっきは活気に満ちていたフロアの賑やかな音や景色が今は無機物的な存在となって頭を上滑りしている。
辛いな、人生って……なんでだろうな、俺だけが上手くいかない。
周りの人達は普通に好きな人が出来て普通に付き合って自分の内からでる要求を叶えながら生きていってる。
なのに俺だけが心から欲しいものが何一つ手に入らない。
容姿、頭の良さ、経済力、優しさ、何かしらの才能……
何もない。人に誇れるものが何一つ。そう考えると生きてる事自体が虚しくなってくる。
「なぁセナ……?」
俺はまだ俺の事を見ているセナに話しかける。
「…はい?」
「辛いな、人生って……」
「はい……」
「なんで俺だけうまくいかないんだろな……」
「……そうですか?健太郎さんにも上手く行ってる事たくさんあると思いますけど……」
「……例えば何が?」
何言ってんだこいつ?何も上手くいってねえよ、だから毎日落ち込んでんじゃんか。
何か上手く行ってることあるのか言ってみな?どうせないだろ?そう思いながら終わりかけのエスカレーターの先へと視線をむけようとすると、
「……例えばほら!」
そう言ってセナが指先で俺に後ろを振り向くよう指図するので俺が振り向こうとするとーー
「待って健太郎さん!!」
振り向く前に上フロアから俺を呼ぶ声が聞こえてきて、その声の方へ視線を負けるとそこには……見慣れたリカちゃんがエスカレーター入り口に立っていた。
血相を変えた様子で。
あ、来てくれたんだ……
俺の心臓が一瞬喜びではぜるが……
「あ、健太郎さん前、前!!!」
「え?うおっ!!」
喜びでエスカレーターが終わる事を完全に忘れていた俺は突然動かなくなってしまった足元のせいでバランスを崩し、リカちゃんの注意する声も虚しく、盛大につまづきかけたところでなんとか手すりをつかみなんとか体勢を保ち、慌ててかけてくるリカちゃんに笑顔を向けるがーー
「ちょっ、健太郎さん、手すり!!手すり」
今度は胸元からセナの声が聞こえてくるが、俺がなんだとセナを見ている間に掴んだ手すりはすぐに半円状の曲線の所に差し替かり、俺はその動きに抗えず手すりと一緒に地面へと落ちていってしまう。
ドサッ!!
うわぁ、やっちまった……それやりハッ!!
うつ伏せで倒れていたので胸を浮かせて、すぐに胸元のセナを確認するが、胸ポケからはサムズアップしたセナの手が伸びてきている。
ほっ、無事だったみたいだ。
セナが無事だったのはよかったがしかし……
大勢の通行人がいる中、盛大にエスカレーター入り口部で寝転がってしまった俺には痛みよりも恥ずかしさの方がデカい。
そのせいですぐには立てずにいると、後ろのエスカレーターからカンカンカンと俺の方にかけてくる音が聞こえてくる。あちゃあ……
「大丈夫ですか健太郎さん!!」
近づく足音と共に心配するリカちゃんの声が聞こえてくる。
これは起き上がらなければなりませんな、やれやれ……
「いや〜、俺とした事が手すりも動いてる事を忘れてて転んじゃったよ、そっか、手すりも動いてるんだよな〜手すりも……」
リカちゃんが辿り着く前に起き上がり、振り向きながらなんとか笑いで誤魔化そうと試みる俺だが、苦しい……けれど笑ってくれるか!?
いつものリカちゃんならこの手の俺のギャグを優しく笑ってくれる、だから今回も大丈夫だろうと思ったのだが、今日の彼女はいつもと違って、、
「もう、気をつけてください!!」
俺の正面で立ち止まったリカちゃんは怒った様子で言ってくる。真剣な顔つきで。
あれ、心配してくれてるの??
「ご、ごめん……」
「もう、ビックリしたじゃないですか!!」
いやそれは君が急に声をかけるから……
リカちゃんには珍しく少しきつめの口調でいってきたのでそう反発しようと思ったがーーやめておいた。
頭の中に先程のリカちゃんと足人が二人でいる光景が頭に浮かんだからだ。
俺は負けたんだ、足人に、だから今更リカちゃんと真剣に向き合おうとするのも馬鹿らしい。
そう思ったのだ。
後ろから降りてくる人がいるので一旦リカちゃんをエスカレーターの外へと手で移動させた後、
俺は改めてリカちゃんにつげる。
先ほどの怒りや失望はもう感じない。だからー
「足人君と幸せにな!」
ここは気持ちよく二人の仲を祝福してやらないとな。親戚のオッサンぽいポジとして。
そう思い直してのことだったのだが、
「やっぱり……」
俺の予想に反し、リカちゃんからは呆れたような声が返ってくる。
「ん?何がやっぱりなの?」
「あの、健太郎さん何か勘違いしてませんか?」
「ん?何が?」




