妹
「えーっと、つまり、今まで兄貴が話しかけていると思っていたこの人形が実は生きてて兄貴と会話をしていたって事?」
「まぁそういう事だ」
オフクロの所に向かおうとする妹を制止し、半分引きずるようにセナの前へと連れてきた。
二人ちゃぶ台に座って恐怖でおののく優子にセナとのこれまでの経緯を話すと、切り替えの早い優子はえっマジでとかあーそうだったんだと多少驚きを交えながらも話を聞いてくれた。
「なんだ、そうだったんだ」
フムフムと頷きながら優子は顎に手を当てながら俺に言う。
「やけにあっさり受け入れるな」
「だって喋ってるんじゃんこのフィギュア、それにどう見ても作り物に見えないし」
「そりゃそうだけど……」
リカちゃんのようにもっと疑ったり大声で叫んだりするかと思っていたが、優子は案外すんなりセナの事を受け入れたようで俺は肩透かしをくらってしまう。
まぁ楽でいいんだけどさ、
「へぇ〜それにしても喋るフィギュアねぇ〜」
顎に当てた手を一層大きく動かしながら優子は俺からちゃぶ台上のセナへと視線を向ける。うっすら笑みを浮かべてるあたり何処となく不穏な感じがするな、
「な、なんでしょうか……?」
セナも何か危険な雰囲気を察したらしく、少したじろぎながら返事を返している。
「ねぇセナちゃん、テレビとか興味ない?」
「テレビ、ですか……?」
「そ、テレビ!」
優子はコクリと頷くが、まさか優子のやつ……
「ほら、テレビに『生きてるフィギュア』って紹介すれば絶対話題になるよ!!それでCMや出演料とれれば一躍時の人だよ」
「おい、ふざけるな、お前何を言ってるのかわかってんのか?」
テレビ出演など絶対にしたくない俺はあわてて優子を止めにかかるのだが、
「え、いいじゃん別に、何が悪いの?犯罪犯してるんじゃないしお金持ちだよ?お金持ち」
そう言って自分の意見を通そうとする優子、やばい、こいつお袋に似て自分がこうと思えば人の意見聞かないところがあるんだよ、特に尊厳のない俺の話となると徹底的に。
何度やめろと言っても勝手に俺の部屋からカメラやらUSBやら持ち出して行ったりするし部屋に入る時はノックしろといえば怒って意地でもノックしなくなるし。
このままじゃ歯止めが効かなくなるぞ……
「おい、セナ!お前からもなんか言ってやってくれよ」
一人での説得は不利と判断した俺は助力を求めるべくセナを見るのだが、
「お金持ちかぁ……」
セナは顎に細い人差し指を当てながらポカンと虚空を眺めている。
そういやコイツお金好きなんだった、ヤバいっ。
ここは俺がしっかりしなければ。
断固反対だ。
「あのなぁ、俺はテレビ出演なんて絶対嫌なの!」
「は?なんで?」
「なんでって、嫌だろ!テレビ出てマイク当てられて全国のお茶の間に自分の姿晒すなんて、申し訳なさで死んでしまいたくなるわ」
テレビで俺をみた全国に方々に一体なんて思われるやら、あー怖い怖い、想像しただけで震えがでちゃうね。
「あのさぁ、どんだけ自己肯定感低いんだよ、誰もアニキの姿見たって何とも思わないっつーの」
「他の人が良くても俺が嫌なの!わかる?」
「うわ、うっざ、だから嫌なんだよな陰キャ男って、だからモテないんだよ?わかる?」
反対する俺に優子は露骨に嫌悪感を出しながら今は全く関係ない俺の非モテを指摘してくる。
流石にこれにはカチンとくるものがあるぞ、
「今はモテない事とか関係ないだろ?」
「あるでしょ、兄貴がそんなんだからせっかくのチャンスも棒にふろうとしてるんだから!」
「いや、棒に振るも何も……」
喋りながら俺は少し考え込んでしまう。
そうなのか?俺は今チャンスを台無しにしようとしているのか?
確かに科学でも解明できないビックリフィギュアのセナがテレビに出れば世界中が驚くかもしれない。
しかし……
俺が一瞬黙り込んだのを好機と捉えたらしい優子はフッと笑みを漏らし、
「あのさぁ兄貴、人生には怖くても飛び込まなきゃ行けない時ってあるんだよ、そういった後に成果ってついてきたりするもんなんだよ、わかる?」
そう優子に言われてリカちゃんを救った時の事が脳裏に浮かんだ。
止まっているバンの扉を開く前物凄い恐怖が俺を襲ってきたけどそれを振り払ったからーー
「確かに……あの時は怖かったけど飛び込まなきゃリカちゃんを救えなかったかも」
「でしょ!?勇気を出したから兄貴はリカを助けられたんだよ、これって凄すぎる事じゃん!」
リカちゃんを救出した件に関しては本気で感心しているらしく、優子は珍しく俺に喜びの感情を表すように言った。
それが嬉しくてつい俺も照れて笑ってしまうと、優子は慌てて俺から目を晒しながら
「……別にリカはアニキのものにならないけどね」」
前髪を人差し指と親指で弄りなら、俺を突き放すような一言を付け加えてきた。
「わかってるよそんな事!」
ガーン…。
今まさに気にしている事をグサリと言われ俺は一気に言葉を失ってしまう。
ベットに置いてあるスマホがチラと目に映るが画面は黒いままだ。
うう、リカちゃん……
悲しさで俺が俯いていると、
「それにさ、兄貴自信待ちなよ……カッコいいんだから……」
優子が小声で何か言っているが、悲しみで良く聞き取れん。
「あ?なんか言ったか?」
少しイラつきながらも話は聞かないと行けないのでさっと優子の顔を見ると、
「何も!!」
優子は物凄い速さで首を捻りながら再び俺から目を晒した。
なんで?
顔は少し赤くなっている気がする。
何か不自然な感じがするが優子のこっちくんなオーラが凄いので俺も黙っていると、
はぁぁっ、と深い息を吐いた後、優子は再び俺へと顔を向け、
「とにかく、これはチャンスなんだって!一皮むけろよ、兄貴!」
チャンスを掴めと訴えてくる。
そうか、これはチャンスなのか……
もし話題になって注目を浴びればあちらはテレビの世界、俺がこのまま一生かけても稼げないような金額をものの僅かな期間で稼ぎ出せちゃうかも知らないんだよな。
そうすりゃ親孝行できるし会社にもいかなくていい。
うん……悪くないよ、セナも乗り気みたいだし、行ってみますかテレビ業界!!
「なぁセナ?」
優子のおかげで先程と180度思考を方向転換した俺はウキウキしながらセナに話しかけるが、
「出ませんけど?」
「ん?」
なんだろう、なんかよく聞き取れなかったな、
「セナ?」
「だから、出ませんって」
真顔で答えるセナ。え、なんで?
「なんで!?」
俺が理由を聞こうと思ったら、俺と同じく承諾してくれるだろうと思い込んでたらしい優子が飛びかかるような勢いでセナに言った。
「だって私、別に有名になりたくありませんから」
「いや、けど大金だぜ?なんでも欲しいもの買えるんだぞ?!」
今度は俺がセナに話しかける。
原宿で二度と使うまいと誓った金の揺さぶりを解禁してだがこれはしょうがない、事が事だ。
今セナを説得できなければ俺はまたつらい社会人生活を永遠と続けなければならん俺の人生がかかってるんだ。
「嫌なものは嫌です」
しかしセナの答えは変わらない。
セナからは断固とした拒否みたいなものを感じられるな。
「うわぁ、もしかしてセナちゃんって兄貴と同じあっちの人なの?」
今度は優子がセナに話しかける。
俺にはない切り口でのセナへのアプローチだ。
ちょっと気になる発言ではあるがナイスだ優子!
「同じにしないでください!!ただテレビ出演だけは絶対に反対です!」
しかし優子にも変わらず頑なに答えるセナ。
セナの意思は硬い。
キッパリと固辞され、流石の優子もひるんで言葉が出ないらしく、俺と優子は腕を組んで目を閉じているセナを眺める事しか出来ない。
どうしたものかと俺はチラッと優子に目を向けると、
「ま、本人が嫌っていうならしょうがないよね、ごめんねセナちゃん、無理言っちゃって」
セナの意向を尊重するように優子はあっさりそれを受け入れ、両手を合わせながらセナに謝った。
おいおいマジかよ、俺をこんだけその気にさせといてそりゃないぜ……
そして謝られた側のセナは、
「あ、いえ、全然!!優子さんが私達の事を考えて下さった事凄く伝わります」
目を大きくして両手の平をブンブン動かしたながら優子に感謝を述べている。別に怒ってたわけじゃなかったのね、
「え、いや、楽しそうだな〜って思っただけなんだけど、そう言ってくれてありがとう、はは」
「私も楽しそうだな〜とは思ったんですけど、あまり一目に触れたくなくて、ごめんなさい」
セナは深々とお辞儀をしながら謝っている。
あーまあそうだよな、有名になればそれだけ狙われるリスクも上がるだろうしそうなれば俺の命も危うくなる。
思いつかなかったな、お金への欲求って怖い。
「そっか、いいよいいよ、そういうのって人それぞれだもんね、こちらこそごめん」
俺の時とは180度意見を方向転換して片手を立てて謝る優子。
俺にはこれだからインキャはとか酷いこと言ってたよね……
「いえ、けど優子さんは別です、これからもぜひ仲良くさせていただけると有難いです!」
「え、勿論勿論!!ちょっと兄貴!セナちゃんめっちゃいい子!!私欲しいんだけど!!」
どうやら一連のセナとのやりとりで心の距離を縮めたらしい優子は本気でせがむような目で俺を見てくる。
う、この目をされると兄としてはついいいよと言ってしまいたくなるのだが、
「やらん、っていうかやれん物理的に」
「なんでよ!」
優子は食い下がってくる。
これはちゃんと説明しないとな。
「なんか宇宙のルールとかなんとかでセナとは常にある程度近くにいないといけないらしい、だろ?セナ」
「はい……」
セナは申し訳なさそうに首肯する。
最近は一緒にいるのもそんなに嫌じゃないから別に気にする事ないんだけどな、セナには色々と助けられてるし。
離れ過ぎれば俺の命が危なくなる事も説明しとこうと思ったのだがリカちゃんに説明した時の一悶着を思い出したのと、なにより優子が不安がりそうな気がして説明は外的対象の範囲に留めておくことにした。
「え、じゃあ私の部屋にくる事とかは!?」
「あ、それくらいだったら大丈夫ですよ!」
「やった!!だったら今から部屋行って話そうよ!」
「はい!!」
そう言って優子とセナは仲良さそうに俺の部屋から嬉々として出て行ってしまった。
二人が去った部屋には静けさが残り、なんだか少し寂しい気がするな。
ぼーっと閉められた扉を眺めていると、
「なんだかんだあったけど、優子君との誤解が溶けて良かったじゃないか」
ハクリューが話しかけてきた。
部屋の隅にいたハクリューはいつのまにか俺のそばまで移動してきていたらしい。
一応ハクリューとヤドランも喋れる事は優子には説明してある。
「まあな」
「けれど、セナと離れすぎたら危ない事は伝えなくてよかったのかい?」
どうやらハクリューはそれが言いたかったらしい。
細長い身体を垂直に伸ばして俺を見上げている。
「あー、言おうとも思ったんだけどさ、優子を心配させるかなって思ったんだよね」
「ふむ、そうか……」
そう言って思うところがあるらしくハクリューは俯いて少し考えこんでいる。
なんだろ?不安になってくるなハクリューが真剣に考え込むの見てると、
「どうかしたか?」
「いや、なんでも。ここは健太郎の優しさを尊重しよう、とにかくお疲れ」
「おお、さ、腹減ったし何か食ってくるわ」
「ああ、行ってらっしゃい」
そうして食事を取りに俺は一階の台所へと向かった。




