信じる世界
次の朝、近くの電線に止まるカラスの馬鹿でかい声に睡眠を妨げられるようにして目を覚ます。
そうだ、リカちゃんからのLINE!!
急いで枕元のスマホに手を伸ばし、リカちゃんとのトークを確認するが……返信はこないどころか既読すらついていない。
これは……完全に嫌われたな……
うう、リカちゃん、なんでだよ……
これまで直視していなかったが、俺には実は心の底で奢りがあった。
命懸けで救ったリカちゃんだから、実はリカちゃんは俺を心底好きになってくれて、その感情は永遠に続くものだと、だから俺が何か手を打たなくてもリカちゃんがちゃんと成人するまで待てばいつか結ばれる事になるんじゃないかと、けど違ったみたいだ。
嫌われたくない相手のLINEに返信しないなんて事あり得ないだろ?だからきっとそれは俺の思い込みとかだったんだ。
しかし、心は昨日ほどは憂鬱ではなく少しサッパリしている。睡眠が一番の薬ってのは本当だな。
「おはようございます健太郎さん!」
休日なのでぼーっとしてるとセナが挨拶してきた。
「ああ、起きてたのか」
「はい、あの、起こしちゃいましたか?」
「いや、起きてた」
「そうですか!よく眠れました!?」
「まあな、なんか昨日よりも楽になったよ」
「そうですか!だったら早くベットから出ましょ!」
「なんで?休日なんだからもっと寝かせろよ」
とりわけ寝たいわけでもないが、やりたい事もない。かといって無理やりゲームとかで時間を潰すのもなんか違う気がするし、ただただ時間を与えられただけの情熱ゼロの男の休日は非常に扱いに困るものである。
「もう、勿体無いですよ、天気もいいんだし、起きて何かしましょうよ!」
「え〜、めんどくせぇなあ……」
シブシブベットからおり、誰もいないリビングで牛乳と納豆とご飯を食べた後、洗面所で歯を磨いているとある考えがふと浮かぶ。
そういえば俺、リカちゃんと行動をよくするけど真の意味で彼女を必要だと思った事あるだろうか?
可愛いし自分が歳上だからいつも彼女を喜ばそうと躍起になるけど、なんていうか精神的な要望や友情ってな形で彼女を必要とした事あったかな?
つまり彼女を自身の心の内側に感じた事ってあったのかな?
ないかも……妙にサッパリした頭で俺は思う。
歳をとると友人を作りにくくなったりするもので、なくてもやってける。昔馴染みの旧友や知人にもどこか一線を引いているような感じで、小学生の時のように意識する事もなく一緒にいるのが当然って感覚で付き合ったりする事がなくなってくる。
あれ?じゃあ、俺とリカちゃんの関係ってなんだ?俺にとってのリカちゃんってただの他人……?
あー、なんか分かりかけてきたようなわからないような……
「あ、おかえりなさーい」
俺は歯を磨き終えると再び自室に戻り、部屋のちゃぶ台の前に座るとセナに話しかける。
「なぁセナ?」
「はい?」
「俺ってもしかして、無意識に一人でいる事を受け入れているのか?」
「あー、はい、そうですね」
ガーン……そうか、そうなのだなやっぱり。
「な、なんでだ?なんかさっき思ったんだけど俺人に対してなんか分厚い敷居みたいなのがあるみたいなんだよ、これ以上は跨いでくるなよ?って、もしかしたらこれのせいで俺何も上手くいかなかったりするんじゃないのか?」
「ほー、健太郎さん、そんな事考えるようになったんですね」
うんうんと子の成長を喜ぶ母親のような面持ちで頷いているセナ。
おいおい、マジかよ、うんうんどころじゃないぞ?
こうなってくると大問題だ、つまり俺が人に求めるのは何かしらの利益がある時だけで、特に女性に対しては性や自尊心的な意味でしか相手を求めてない事になってくる。
ただ子孫を増やす為ならそれだけでもいいんだろうけど、心から女性と付き合うとなるとこれは大問題じゃないか、このままじゃ俺が夢に描く理想的なカップルの関係が果たせなくなってくる。
おれがあわあわしていると、
「いいですか健太郎さん?」
とセナが人差し指を立てながら、
「人は誰しも一人なんです。その中で必要とする相手となんとか上手くやっていく、それは当然の事なんですよ」
「う、うん……けど俺は無意識のうちに人を必要としてないんだろ?」
「それは違います」
「違う?」
俺は不安気にセナを見つめる。
「はい、健太郎さんは人を必要としてないわけじゃないですもん。どっちかと言うと自分が納得したいんですもん」
どう言う意味だろ?とりあえず俺は黙ってセナの話を聞くことにしよう。
「健太郎さんは昔学校でいじめられたって言っていましたね?」
俺は高校の頃イジメにあった経験がある。それを以前セナにも話した事があった。セナはその時の事を言っているのだろう。
「あ、ああ」
「健太郎さんが納得したいのは小さい頃に抱いた憧れや願望、その教室の皆に祝福されながら何も恐れる事なく好きな人ともお互いを認め合う、そんな楽園のような世界なんですよ」
うっ……そう言われて妙に納得してしまう俺がいる。
こいつエスパーかよ……
そうだ、俺は確かに高校でイジメに会う前クラスの人気者を目指した、中学では出来なかった理想の世界を作り上げようとして誰とでも平等に接しようと心掛けて、それで笑いの力に頼ろうとした。皆が笑っている間は皆との一体を感じられた。けどそれもそのうち飽きられ、いじられ、最後は虐められる羽目に陥った。
3年間で変に警戒心を身につつそれでもその夢を捨てきれない俺は大学ではもう周囲からは自分の考えを主張するだけの浮いた厄介もののような存在になっていた気がする。
社会人になってからは見ての通りだ。
セナの一言でこれまでの点が線となって形を浴びてくる。
知らず知らずのうちに、俺は焼き上がりに失敗した骨董品のような存在になっていたんじゃないのか……
「ですが」
「お、おう……」
項垂れる俺にセナは続ける。
「それがほんとにカッコいいんです」
「そ、そうなの……?」
「健太郎さんが思い描く世界は誰もが一度は夢みる世界、ですが、殆ど全ての人が諦めて版図を縮めていく
世界なんです、どうしたって人は平等になる事は叶わない存在ですから」
そう言うセナの瞳に迷いはない。ほんの僅かな憂い以外は……
「それってすんげえ無駄な事じゃないか?どうしたって叶わないなら早々に諦める方が得じゃないか?」
「得ですよ?得に動けないから健太郎さんは馬鹿なんです」
そう言うセナの瞳には迷いはない。
な、なんて辛辣な事を朝っぱらから平然と言ってのけるんだコイツは……
つまり、俺がやっている事は無駄、無駄な事をこれまでずっと悟らず労力を費やし続けてきたのが俺。
その労力を違う形に注ぐ事が出来ればこれまでの人生は変わったものになっていただろう。
俺の頭はそれを理解した。
無駄無駄無駄と周囲に思われながら俺はそれを続けてきたのか、それで皆俺を矯正しようとするか見下すかしていたのか……どうりで、上手くいかないわけだよ……
「じゃあ俺はもう、諦めなければならないんだな?その安心を手に入れようとする努力を」
「諦めちゃダメです!」
セナは語気を強める。
「なんでよ?」
どうせ諦めたら試合終了とか言うんだろうな、そんな事を思った俺だが、
「諦めずに続ける事が出来るのが本当の才能なんです、だから健太郎さんには私の声が聞こえたんです、他の誰にも聞こえない私の声が……」
悲痛を浴びた声でそう訴えるセナ、諦めないからセナの声が聞こえた……?
「それってどう言う……」
俺がその理由を聞こうとすると、
ガチャリーー
突然部屋の扉が開いた、優子だ!!ヤバい
けどこれは以前にもあった展開、だからセナもわかっているだろう、俺も二度目だ怖くない。
なので悠々と構えると、
「ちょっとお兄ちゃん、さっきから……」
「信じてください!そうすれば健太郎さんなら必ず誤りを打ち払った世界に辿り着きますから!!」
なんと、セナのやつ、ヒートアップしすぎて優子の事お構いなしに喋りきってしまいやがった!!
そして当然優子は……
「え、ちょっと、それ、に、人形が喋った……」
あわあわとセナを指差しながら口を震わしている優子。
あちゃあ……やっちゃいましたか……
「お、お母さん!!ちょっと人形が!!」
部屋を開けっぱなしで優子は血相を変えて両親を呼びに行ってしまった。
まずい、今すぐ止めないと!!




