オフィスの帰り
怒鳴ってしまった健太郎の前からセナが姿を消す。少し反省しつつも日常に戻るだけだと気を取り直す健太郎だが。
セナ?そんなに離れられないって言ってたのにあたりを見回しても見当たらない。
ま、いいか、あいつと出逢ってからさんざんな目に遭ってばかりだし、いなくなりたいんならいなくなりやがれ、去る物追わずの精神だ。
そうやって俺はまた備品の持ち出しリストに目を通してみると、そういえば最近みんな借りた物を当日返してもらえないことが多いな。特に坂口さんと藤木さんは数日遅れだったりすることもちらほらだ。そのせいで携帯やカメラの予備が充分じゃない状態になってしまう事が増えた気がするけど……しょうがないか、俺が何か言ってまた周りの人の機嫌損ねると迷惑だし、俺が悪いわけじゃないし。
そうしてまたコーヒーを口に含むと、先程のセナの言葉がふと頭に浮かぶ。『何が仕方ないんですか?』何がって、どうにもならないんだよ俺の立場じゃ。『健太郎さんのせいじゃないですよね?』そうだ、俺のせいじゃない。ちゃんとその日のうちに返さない方が悪いんだ……けどほんとにそうか?
さっきの事は備品管理の俺の気をつけ方次第では防げたことなんじゃないか?けどどうやって。。
そう思考を巡らしているところ
「これ返すわ、ちょっと遅くなっちゃったけど」
坂口さんがカメラを返しにきた。
「あ、いえいえ、大丈夫ですよ、最近の電化製品の充電は早いですから。ハハ」
一回り先輩である坂口さんにそう媚びるようなことを言って俺はカメラを受け取ろうとするが、『何が仕方ないんですか?』またセナの言葉が頭によぎる。何故か今このタイミングで。そして
「ですが」
「??」
俺は自分の席に戻ろうとする坂口さんに少し震えたトーンで背中から話しかける形で口を開く。それを聞いた坂口さんは驚いたような顔と何か言いたいことがあるのかという雰囲気で振り返る。やばい、怖い。朝の痴漢の男よりも怖いぞ坂口さん……
「こういうの一瞬で充電完了するような時代になればいいんですけどね、ハハ……」
「前もって充電しとけば困ることないだろ?考えが浅いんだよお前は」
情けない……結局皮肉にもならない妄言を吐き坂口さんの反感を買っただけに留まってしまう俺。
クソ、お前だよお前、俺に機器を充電させないのは。考えを深める前に借りたものはすぐに返しやがれ。
そう思う俺だが坂口さんの圧倒的な威圧感の前に何も言い返せずに「勉強になりますーー」と作り笑顔で返すのみであった。
そして坂口さんは「フン」と鼻を離して自分の席に戻り事なきを得る。
怖かった……会社ってやつは上下関係がはっきりしてるせいで今みたいな理不尽が往々にして起こりやすい。
立場の低いものは正しいことでも口を塞いで飲み込み、より立場が高いものの横暴の皺寄せを被らなくてはならない事が往々にしてある。その無言の法則は会社の業務とは直接関係のない俺にも当てはまるわけで、会社ヒエラルキーの最下層にいる俺には波打ち際のゴミのように大量の理不尽が流れ着くような構造になっている。それをハイハイと受け止めているのが今の現状なわけなんだけど。。
しかし怖かったな坂口さん。
そんなこんなで様々な人に頭を下げながら午後の業務も辛うじてこなし、就業時刻にさしかかりかけた時、
「後五分で五時か、まだ少し時間があるな……」
無機質な壁に立てかけられている時計を見てそう思った俺は、ふといつもは絶対に取らない行動をとってみる事にした。
引き出しの貸し出しリストを見つめ直し、他の人たちが帰る前に貸し出している備品を回収して回ら事にした。
そして坂口さん、藤木さん、あと辻からカメラを回収し、中のバッテリーを机に無数に置かれいる充電器に差し込んだ。
「これで一応明日は大丈夫だけど……」
おかげで備品やリストの整理やらで少し残業するはめにはなってしまった。
途中部長が
「どうした?今月は金欠か?」
と笑えない皮肉混じりの冗談を飛ばしてきたが、
「ちょっと将来の事を考えてしまいまして……」
と部長に合わせてへつらい、笑わせて巧みにかわす。
「はーじゃあ帰るか」
リストにチェックを入れ直し、カバンを手に取りトボトボとオフィス街を歩きながら、ふとセナの事を思い出す。
「あれから一度も見かけなかったな。。」
まあせいせいするよ、あの口うるさいフィギュアがいないだけで変な厄介ごとが断然減るし、妹にはあれは一時の気の迷いでフィギュアは捨てたとでも弁明しておこう。これで家族との仲も戻って一件落着と。
一件落着といえば朝の件、セナがいなくちゃあの子助けられなかった。
「そう言えばあの子嬉しそうだったな……」
そう一人ごちるとまたセナの事を思い出す。今日の帰り際皆んなから貸し出し機器回収したのもそういやセナの一言があったからだ。
なんでかちょっと勇気が湧いたんだ、駄目だと思っている自分を前に進めようとする勇気が。
そう思うとなんだろ、なんか少し寂しいような、あいつと出逢って一日しか経ってないのに急に一人になってしまったような。心なしか帰りの町の景色が少し無機質に見える。そして、
「セナ……」
俺は無意識にそう呟くと、
「ハイ、なんですか?」
「いや、呼んでみただけだ。。ってええ?なんでいるのお前!?」
「なんでって健太郎さんが帰るから私も健太郎さんのカバンの中に戻ったんですよ。」
「だってお前、俺が怒鳴ってから一度も姿を見せなかったじゃん」
「ああ、いえ、あれはちょっと一日かけて健太郎さんの仕事場を観察させてもらっていました。他の人に気づかれないように気をつけながらですが、おかげで色々な事がわかりました。それとちょっと怒鳴られたくらいで契約は解除できませんよ。けれど、フフ、心配して下さっていたなんて嬉しいです。」
「バカ、お前が居なくなってせいせいしたと思ってたんだよ。自由になれるぞってな。」
「むぅ〜。あんなに寂しそうな感じで私の名前を呼んでたじゃないですか。『セナ、一体どこへ行ってしまったんだ。』って。」
「そんな事言った覚えはない。」
「言いましたよ。」
「断じて言ってない!」
「わかりました、そういうことにしておいてあげますね。」
なんなのこいつ……どうやらこいつとのこのやりとり、まだまだ続くようだ。やれやれだよ全く。




