第九十九話
ネネ、ハヴァとの邂逅。
「はぁっ、はぁっ」
額に流れる汗と返り血を拭い、ネネはまだ息のある男の胸倉をつかんで持ち上げた。彼は死にかけだが他に生存者はいない。
「いいかクソ英雄気取り。一回しか言わねぇからよく聞け。そして答えろ。いいな?」
全身から血を流し、もはや未来永劫戦える体ではなくなったその男は、涙を流して無言でうなずく。こんな状態で嘘をつける人間はいない。
「あたしは拓海っつー男を探しに来た。どこにいるか知っているか?」
首が横に振られる。
「オーケイ。じゃあハヴァの居場所を言え」
やはり首が横に振れる。
「テメェは一体何を知ってやがんだッ! 何も知らずに戦えるわきゃねぇだろうがよォ!」
守る目標、場所、それすら知らされずに得体の知れない人造人間と戦わされていたとすれば、この傭兵たちはとても可哀そうな存在だ。
「拓海の! 場所を! 教えやがれ!」
最後に脅しをかけてみるも男は鬼気迫るネネに対して無言で大粒の涙を流して否定した。どうやら本当に何も知らないようだ。
いつしかのように指を折ってやろうかと考えたころ、ふと窓の外に気配を感じてそちらを見る。
「何やってんだよネネ。弱い者いじめは良くないぜ」
ハヴァがいた。ビルの外で空を飛んでこちらを見ている。ネネは掴んでいる男の太ももに装備された拳銃を引き抜くとためらいもなくそれをハヴァに向けて発砲した。
だが見えない壁によって銃弾を防がれ、ハヴァに到達することはなかった。
「おっかねぇ女だなオイ。いきなり撃つかよ」
「クソ野郎が。今ので死んどきゃ良かったって後悔させてやる」
ハヴァを見つけたことで用なしになった男をその場で離して逃がしてやる。もはやネネの興味はハヴァしかない。
「拓海はどこだ」
ドスの効いた声で問いかける。浮遊する男はそれをものともせずのへらへらとした態度でこう言った。
「あいつは俺の知ったことじゃない」
ネネはこれを拓海が死んだと思い、怒りで目の前が歪む。呼吸が荒くなり、心臓が激しく脈打つ。
「て、てて、テメェ、やりやがったなッ!」
「待てよ待てってば! 別に殺しちゃいないからな! 用なしだから放っておいてるだけだっての」
必死に否定するハヴァだがネネは彼のことを何一つ信用していない。
「嘘だと思うなら一個上の階にいるから見てみろよ」
信用はしていないが、そこまで近くに拓海がいるというならば手間を惜しむ理由がない。ネネはハヴァのことを睨みつけながら非常階段の扉を開ける。
「拓海の安否を確認したら次はテメェを殺す」
「上等だ。屋上で待ってるからごゆっくり」
そんな会話ののち、ネネは非常階段を上る。ハヴァに背を向けることになったが彼は攻撃してこなかった。屋上で待っているというのも本当なのだろう。
ネネは取り戻した自分の能力を使いこなしていなかった。『力が強い能力』。それはあまりに強く、向かうところすべてを破壊することができる。だからこそ先ほどまでのただの人間相手ではオーバーキル過ぎて力を感じることができなかった。だがハヴァなら。あの腹が立つ若造相手なら全力で殴りかかっても誰が止めるだろうか。おそらくしっかりと己の力を確かめることができるだろう。
ネネは自分の能力がどこまでのものか楽しみでならなかった。白銀家を救うのはもはや戦うための理由に過ぎない。人造人間はすべからく一切の存在が自分勝手である。それはネネも同じく身勝手なのだ。
あっという間に上の階にたどり着くとネネは目の前にある扉を開く。このフロアは不思議だった。非常階段、もしくはエレベーターから出れば血まみれの鉄で囲まれた、ただの部屋しかない。無駄のありすぎる作りに違和感を覚えるも、それはどうでもよかった。この階には拓海はいない。それが問題だった。あるのは人間の死体が三つ。それぞれの位置はバラバラで、パーツもバラバラにされていた。そして足の爪が十。
死体の中には憎きシドナムの姿もあった。肺に穴が開き、土気色の顔が虚空を見つめて床に倒れていた。
「なんだよ、あたしが殺したかったのによ」
シドナムは死んだ。誰が殺したかは知らなくてもいいことだ。死んでいるならそれだけでネネにはうれしかった。
「……拓海」
ハヴァに嘘をつかれたようで、ネネはあきれた。彼が一体なぜこのような嘘をついたのかわからない。ただ構ってほしいだけなのかもしれない。ならば相手になるべきだ。ごめんなさいの言葉すら無意味になる殺し合いを行うしかないのだ。血を流し、お互いの命を奪い合うやり取りをやってやるしかないのだ。
「待ってろよ。あたしがきっちり死なせてやるからよ」
ツインタワーの冒険は案外すぐに終わった。ハヴァを殺してハナと合流する。次の目標はそれで決まりだ。




