第九十七話
時を同じくしてネネサイド。
「あたしは一体なにしてやがる」
ネネがぼやく。狭苦しい鉄の板に囲まれて一人きり。
彼女が今いるのはエレベーターの中。上から下へ拓海と母親を探そうと一気に昇ろうとしたのだ。だが案の定、エレベーターの電源を落とされ、どこかの階で止められてしまった。今思えばこうなることは当たり前のことだというのに、なぜ少し前の自分はこんなバカな真似をしてしまったのだろうと、ネネは激しく後悔した。
「くそったれ! あたしの邪魔すんじゃねぇよ!」
エレベーター内の監視カメラに向けて思い切り中指を立てた。
「どうにかしねぇと」
こんなところで時間を食っている場合ではなかった。拓海たちが何をされているのか分かったものではない。もし二人の役割がネネをこの島に誘い出すためだけのものだとしたら、用なしとしていつ殺されてもおかしくはない。
「おい、この階だ。向こう側にいるぞ」
ふと、扉の先から声が聞こえた。男の声だ。
「さっさと終わらせろ」
「うるせぇよ。こいつは爆弾なんだぞ、慎重で何が悪い」
不穏な言葉だ。最低二人はいる男たちが爆弾を持っているようだ。状況から察するにエレベーターのドアを爆発物でこじ開けるのかもしれない。人間の力でも開けられるドアだが、爆弾を使うことでネネのことを同時に制圧しようとしているのだ。
「おー、そうか。こいつら敵ってわけだな」
こんな場所にハナ以外の味方がいるわけがなく、ならばこの分厚い扉の向こう側にいるのはネネを傷つけようとする危険な存在ということになる。
だからネネは拳を鳴らし、軽いストレッチをして爆発に備えた。
「いや、待てよ」
ネネは気が付いた。わざわざ爆発を待つ必要はない。それよりも先にこちらから仕掛ければいいだけだ。今のネネにはそれができるだけの力がある。
「よーし、いっちょ派手にいってやろうじゃねぇか」
ぐっと右足に力を込め、立ちふさがる何枚も重なった金属の板を睨みつける。体が程よくリラックスしたところで息を吸い込み、駆け出した。
「おどりゃッ!」
ネネはクロスさせた両腕でドアにぶつかり、いともたやすく吹き飛ばした。決して軽くはない鉄の塊が飛んで来たとすれば、いくら肉体を鍛え上げられたとしても、二人の傭兵たちは体のどこかが痛めつけられ、即死するのはなんら不思議なことではない。
「うげっ」
狭い箱から解放されたものの、ネネの視界に入ったものはとても気分が晴れるものとは言えなかった。
爆弾を仕掛けていたのは二人の男たちだが、それだけではなかった。さらに数人、否、数十人の傭兵たちが各自それぞれの得物を手に後方で待機していた。そして彼らとネネが目のあった時、その場の全員が戦闘態勢に入る。傭兵たちは銃を構え、ネネは足元に転がる死体を掴んで影に隠れる。
「畜生ォッ!」
ただの死体は盾になるものの、そう長く耐えられない。案の定、銃弾の嵐は死体ごとネネを破壊しようと絶え間なく襲い掛かってくる。
肉塊が削れ、弾丸の一つが彼女の肩の肉を吹き飛ばす。
「この野郎ッ、あたしをナメんじゃねぇ!」
死体は手りゅう弾を装備していた。ネネはそれを乱雑に取ると適当に正面に向けて放り投げた。
しかしながら、投げた手りゅう弾はあまりに多い弾丸の中を無事に放物線を描いて飛んでいくことができなかった。それはネネのわずか数メートルほどのところで銃弾が命中し、その場、その瞬間に炸裂した。
飛び散った破片手りゅう弾の残骸がネネの顔を引き裂き、衝撃でエレベーターまで押し飛ばす。金属の壁に背中を打ち付け、ぐったりと動かなくなったのをBTUの傭兵たちが確認すると、ようやく銃撃が止まった。
だがすぐにあの残酷音がフロア全体に響き渡り、彼らを恐怖させる。傭兵たちの誰かが何かを言おうとしたが、それよりも早くネネは立ち上がり、駆け出した。
「殺すッ」
殺意の塊であるネネがエレベーターの壊れたドアを掴み、勢いに任せて放り投げた。何人も巻き込みながら轟音とともに床に落ちる。それを見て再び銃撃を始めようとするもすでに時は遅く、ネネは拳で戦える範囲内へと潜り込んだ。
一人の自動小銃の銃口を掴み、振り回す。武器と体を固定するベルトが千切れ、男はビルの窓ガラスを割って下へと落ちていった。
「死ねぇ!」
奪った銃を構える時間はない。構え、狙い、引き金に指をかけ、そして撃つ。そんな時間があればこの銃をこん棒にして人間の頭をザクロのようにカチ割るほうが早かった。
「ぶぎっ」
脳漿をフロアにまき散らし、一人が死んだ。続けて横に薙いだ小銃が誰かの顎を砕き、戦闘不能にした。崩れ行くその体をネネは蹴り飛ばし、何人かを巻き込んで窓の外へ落とす。
「くそっ」
たった二回人を殴っただけで小銃は壊れて使い物にならなくなってしまった。バレルだけになったそれを近くにいた傭兵の喉に突き刺す。筒状の先端からおびただしい量の血が流れだし、その男は倒れて動かなくなった。
「まだあたしとやろうってのか! 死にてぇ奴だけかかってこい!」
ネネはおびえる男たちに吠え、どっしりと待ち構えた。先ほどから銃弾を浴びてはいたが、それは今や自己再生を終えて何事もなくなっている。
案の定、銃弾の効かないネネを相手して傭兵たちのほとんどが銃を捨てて非常階段から逃げ出した。この島から逃げ出せる手段があるとは思えないが、こんなところにいるよりましなのだろう。
しかしながら、ネネの啖呵にも負けずにまだ戦闘態勢の人間が残っている。よく訓練された傭兵たちだが、相手が悪い。
ネネは彼らを倒さなければ拓海たちを救い、ハヴァを殺す邪魔になる。
「おーし、テメェら根性あるじゃねえか。さっきのじゃあウォーミングアップにはちょっと足りなかったんだ。まとめてぶちのめしてやるから、全員仲良くあの世で悲劇を噛みしめやがれ!」
誰かの銃口が火を噴き、ネネが動き出す。不思議と銃弾の進む方向がわかった。少しだけ頭を傾け凶弾をかわし、手近にいた男の心臓に拳を突く。
「ごぼっ」
あっけなくネネの拳が男の心臓を突き破り、体の反対側へと貫通した。男は必死の形相でネネのことを睨むもすぐに白目を剥いて死亡した。
「こんなもんじゃねぇだろお前ら!」
拳を引き抜き、血まみれの手で応接用の大理石のテーブルを持ち上げる。
「どりゃあああああ」
人間には到底不可能な重量物を前に恐怖で動けなくなっている男へテーブルを叩きつけた。人体と同じ量の血が砕かれた床の隙間から噴き出す。
「みんなみんなぶっ殺してやる! 全員一人残らずめちゃめちゃにしてやるから覚悟しろよ!」
顔に付いた返り血を拭ってネネは殺しを続けた。
スコッチウイスキーを買ってみたのですが酒の味がわからないので何を飲んでも変わらないような気がしました。




