表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
独りぼっちの紅い風 ~スモールアドベンチャー第四章~  作者: 山羊太郎
第二章 デスウィッシュ~24区決戦編~
94/160

第九十四話

バイオレンス。

「まだまだ元気そうね」

「もうやめようよ。十分だよ」


 ナナがなだめる。必要以上に痛い目に遭ったのだからこれで気が済んでほしかった。少しでも頭に昇った血が引いてくれれば海起は落ち着きを取り戻すに違いない。心の底からそう願い、答えを待つ。


()()


 即答だった。海起の考えは先ほどから一切変わっておらず、ナナを殺す、その一点を目標にしたままである。


「私が心を入れ替えるとでも思っているの? 分かり合えると思っているの? もうとっくに答えは出ているのよ。あなたがこの状況を変えるには私に殺されるか私を殺すしかないの。それ以外はありえない。絶対に」


 海起が右手をその場で突き上げる。それに連動してナナの足元の水たまりが鋭い水の刃と化し、完全に油断していた彼女の脇腹へ突き刺さった。


「ごぼッ」


 何本もの致命的な刃はすべてナナの体のいたるところへ刺さり、左腕はもげて地面に落ちた。


「辛いでしょう。痛いでしょう。私はあなたを痛めつけているのだから当たり前なのよ。簡単には死なせない」


 水の刃は消えてナナの体は地面に崩れ落ちる。水たまりに血が滲んで広がり、すぐに血の水たまりへと変化した。


「あなたはまだ死なない。次の瞬間には全てが元通り」


 海起の言う通りナナの体は自己再生が始まり、すぐに治った。だが、身体が健康になったとしてもナナは立ち上がれずにいた。


「泣いているの?」


 静かに、そして肩を震わせてナナは泣いていた。うつ伏せで顔を上げずに、降りしきる雨に混ざって涙を流している。


「私が何をしたっていうの」


 そんな声が海起の耳に入り、苦虫を噛み潰したような顔をした。バシャバシャと水音を立てて彼女はナナの元へと歩み寄っていく。


「何をしたって? 何もしてないからよ。何度も言わせないで。一度は逃げたくせに、のこのこと戻ってくるからこんな目に遭うのよ」


 目の前まで海起がやってきたというのに、ナナはまだ顔を上げようとしない。そんな様子に心の底からいら立ちを覚えた海起は地面に倒れこむ彼女の後頭部を勢いよく踏み付けた。


「ふぎっ」


 見えないところからの攻撃はナナにとって精神的に苦しいものとなる。おまけに頭を踏まれているのだから心が折れそうになる。いや、すでに折れている心がこれ以上折れはしない。より深い傷をつけるだけだ。


「私は一晩中あなたを痛めつけたい。でも時間がないの。これから本土から続々と()()()()()たちがやってくる。私たちの死ぬほど長い戦争が始まるのよ」


 海起は足先を使ってナナの顔を上げさせる。ある程度上がったところで自らしゃがみ、彼女の髪の毛を掴んでナナへと視線を合わせた。


「今からあなたの口に死ぬまで海水を流し込む。文字通り腹が裂けるまでたらふく飲んでもらおうかしら。そうしたら海の底に沈めてもう二度と呼吸できなくしてあげる」


 海起の言うことが一字一句ナナの頭に入っていき、その壮絶な考えと実行できるだけの現実的な力に、ナナはいよいよ恐怖を覚えることとなった。人造人間としての死が見え始め、どれだけの苦痛が待ち受けているのか、想像しただけで股ぐらから温かい『それ』が流れ出る。


「……ちょ、嫌だ……」


 海起の手の平がナナの口元を覆う。原理はわからずとも、その手から海水が流し込まれるのだろう。


「綺麗ごとばかり並べて、綺麗なまま死ぬことね」


 もうすでに十分海水を飲んだのだから、これ以上しょっぱい味は勘弁してほしい。なんて言ったところで海起が考えを改めるはずもなく、ナナの口の中に海水が流れ込んでくる。今は少しずつだがそれは次第に勢いを増し、すでに飲み込むしかないほどの水量だ。


「んごっ、ごぼっがっ!」


 涙を浮かべて海起の手を掴む。もげたナナの腕はとっくに自己再生が済んでおり、簡単に引きはがせるはずであった。


 が、それができない。


「私に触れたわね」


 闇より暗い瞳で海起がナナの手を眺める。


「その手で私をどうするつもりなの?」


 ナナは手を掴む以外のことができなかった。ナナの着けている手袋は特殊な素材で作られており、彼女が能力を使えば熱を発することができる。それもかなりの高熱をいとも簡単に、ごく短時間のうちに用意できる。ナナはこの手袋を使い、拓海やネネの通う高校の倉庫の鍵を破壊した。


「……っ!」


 だからナナは倉庫の鍵と同じく海起の手を焼き切ろうとする。


(あれ?)


 手袋が発熱しない。()()()()、自己防衛のためにどうしてもやらざるを得ないその発熱が起きない。


「ナナちゃん、大事なことを忘れているわ。安全装置を外し忘れてるわよ」


 ナナの心のどこかにわずかに残っていた安心感が吹き飛び、焦りが彼女を支配した。

 新型人造人間には簡単に能力が使えないように安全装置が設けられている。能力開放、その言葉を自らの口で発しなければ能力が使用できない。言葉を聞くだけでは意味がなく、言わなければならない。彼らが作られる際に深層心理へそのようなプログラムをされているからだ。


 そして、ナナは口を塞がれてしまい、安全装置を解除できないでいた。


「うヴッ」


 飲み込んだ海水が逆流して鼻から飛び出してきた。


たくさん水を飲むことは体にいい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ