第九十話
もう90話なんだね。すごいね。
「なんで!」
声を荒げたのはハナだった。
「なんでって、そりゃあ見ればわかるだろ」
落ち着いた様子で鏙が言う。
ハナは鏙を痛めつけるべく駆け出した。両手は高熱で焼け、人体を傷つけるにはちょうどいい温度となっている。ハナの能力は『体を機械化』すること。だから手を機械化し、さらに熱を発生させることなど簡単なことだ。ただ少しばかりのやけどを自身が負うことになってしまうのは、勝つための犠牲である。
だが、確実に仕留めるために犠牲を払ったとして、体が動かなければまったくの無駄になる。
「んぐっ、がぁっ」
鏙まであと一歩というところで、ハナは動かなかった。指一本動けない。否、指と腕が動かないのだ。
「くそっ」
ハナは認めたくはなかったが、今まさに大ピンチであった。
よく考えればわかることだ。鏙の能力は『金属の速度を操る能力』。彼は主にパチンコ玉を弾丸のように飛ばして攻撃しているが、果たしてそれだけの能力だったのだろうか。
広義に解釈すれば、触れた金属の動きを自在に制限できる能力なのではないか。だとしたら、ハナの腕は金属で、彼を殴ったのはハナ自身だ。自分から鏙に触れ、そして金属部分だけを操られてしまったのなら、こうして腕だけがその場に留まり動かなくなるのは当たり前の出来事であるのではないか。
「理解したか? 最初から俺とハナちゃんとじゃあ、ケンカの勝敗なんて決まってるんだ」
ポケットに手を突っ込み、そこから新たなパチンコ玉を取り出す鏙。いつでもこの弾丸を打ち込めるぞ、とアピールしているようだ。
「俺はどうでもいいんだが、俺のボスがどうやらネネを仲間に引き入れたいそうでな、それまでこうして一緒にここでいようぜ」
「この……!」
ハナは能力を解除し、身軽になって動こうとした。
「させないよ」
だが機械化した手を狙い、鏙のパチンコ玉が飛んでくる。ハナへのダメージはないものの、もしそれが身体に当たればまたしても風穴が開くだろう。
「ハナちゃんがおっかないのは十分わかったからさ、俺も必死なんでこうして本気で足止めさせてもらう。お互いのためにじっとしててくれ」
ハナは歯ぎしりする。こうしている間にも拓海に危険が迫り、ネネは先へと進んでいる。異常を察知した日本政府がなんらかの行動を起こすまでそう時間がない。
体に穴が開くリスクを負ってまで能力を解除するべきか。しかし鏙のコントロールは悔しいが完璧だ。何も考えずに生身で挑めば脳天に穴が開く。
「ムカつく」
殴りかかる姿勢のまま動けず、ハナの焦りは募る一方だ。
「ここで俺を倒したところで、このビルには母親のほうしかいないんだぜ。どう頑張ってもネネが一人で両方回るなんざ時間的に無理があるよな」
「今、なんて……?」
どうにも聞き捨てならない言葉を発し、ハナは興味を持つ。彼の言うことが本当なら、このビルには用はない。
「だから、あの親子は離れ離れになっちまってるんだよ。ハナちゃんが動けないならそっちの負けは決まったようなものなんだ」
「あの女がこのビルにいるってなら私がこれ以上ここにいる理由がないわね」
「どういう意味だ」
「私が助けたいのは拓海君だけなのよ。あの女なら勝手にどうにかするし、それよりあいつに好き勝手されるともっとまずいのよ」
「まるで母親が無敵の存在のような言い方じゃないか。一体何者なんだ?」
「うるさいわね。さっさと見逃してよ」
もはやハナに残された時間は少ない。これ以上鏙とケンカごっこを続けている場合ではなかった。
「だから、言ってるじゃんかよ。足止めが目的だから見逃せないんだよ」
「だったら力づくでお前を倒す」
ハナは覚悟を決めた。
「お、能力解除しちゃう? 本当に殺すよ?」
ハナは能力を解除するのではなく、あえて自らの機械化を進めた。
「新型だからって私の能力をなめるなよ……クソガキ」
鏙の『金属の速度を操る能力』には上限がある。速度の上限は戦いにおいて大したものではないが、問題はその重さだった。
そんな能力を持っていても彼は鉄分を大いに含んだ地球そのものは動かせない。ビルや飛行機も動かせない。せいぜいトラック程度の金属物体しか彼は自在に操れないのだ。ハナのような人型の金属なら余裕で動きを制限できるが、果たしてハナの本気に対応できるのだろうか。
「……正気かよ」
ハナは足元から金属で出来た機械生命体へと変身し、やがてすぐに頭の先まで機械となった。口元は独自の鉄でできたマスクで覆われ、目は怪しく赤く光り、服の下も何もかもが金属になった。
次回、決着。




