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独りぼっちの紅い風 ~スモールアドベンチャー第四章~  作者: 山羊太郎
第一章 アクト・オブ・バイオレンス
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第九話

 現在。徒歩で登校する二人が高校に着くまでもう少しかかる。


「そういえばネネは何年生として転入するんだ?」


 ネネは拓海にとって一昨日まで知らない人だ。これから彼女がどうなるか誰にも分からないものの、どういう人物か、情報を集めておいて損はない。


「そうだな、記憶が吹っ飛んじまってる以上、あたしは何年生でもいいんだが、一応一年生ってことになってる。拓海と同じ学年だろ?」


 ネネが高校一年生。そう言われてから改めて拓海はネネの体を見てみた。そこに変な意味はなく、十五歳らしい見た目なのかどうかのチェックだ。


「ネネは背が高いみたいだな」

「少なくともお前よりはデカい」


 ネネの身長は165センチある拓海よりだいぶ大きい。170センチは軽く超えているだろう。女子にしては高身長だがこれくらいならば高校生として問題はなさそうだった。大きい女子は世の中にたくさんいる。


「俺の目測だとネネの身長は172センチと見た」

「なんだそれ。お前の目測とか全然参考にならねぇ」

「なにを! 俺が設定を考えてやってるのに!」

「へぇ、そりゃいい。あたしが考える手間が省けるぜ。他にも設定を考えておくれよ」


 笑顔のネネと必死に過去話を考える拓海は時間を忘れてどんどん先へ進んでいく。


「おい、高校ってのはまだ着かねぇのか?」

「あ、ここだよ」


 考えるのに夢中で拓海は危うく校門を通り過ぎるところだった。


「ここが高校……」


 彼女の過去がどうなっているのかわからないが、おそらく初めての高校にネネはため息をついていた。

 拓海は今回例の近道を使うことなく正面から登校した。まずはとりあえず正しい通学路をネネに教えるためだ。ルールを守っているというのに拓海はなぜだか罪悪感を覚え、少し胸が苦しくなる。いつもと違う道を教えているからかもしれない。


「生意気そうなガキがたくさんいそうだな!」

「ネネは一体どの立場から言っているんだ」


 ネネの暴言に拓海は飽きれながらも二人は校門を通り抜け、敷地内に入る。そのとき自転車の急ブレーキ音が背後から響き、拓海は久郎がやってきたのだと理解した。


「おっはよーっす」


 元気な声であいさつをしつつ、乗ってきた自転車でドリフトをしながら二人の前に止まる久郎。彼らにとって通行の邪魔をしている上に傍から見て非常に目立つ存在だ。


「おい拓海、こいつは誰だ」

「ああ、こいつは……」


 拓海は久郎の紹介をしようとしたとき、久郎が手のひらを向けてそれを止めた。


「自己紹介は自分でする。その前に『おはよう』だ。あいさつは大事だぞタクさん」

「ああ、おはよう、クロ」

「よし! 俺は日暮久郎! 元気と希望が取り柄の正義の味方だ! よろしく!」


 拓海にとって今の久郎の自己紹介は初めて聞いた。元気なのは認めるが、希望が取り柄と言ってしまうとなにやら久郎の心の闇が垣間見えた気がした。


「日暮久郎、覚えたぜ。あたしは白銀ネネだ」

「白銀!」


 ネネが自己紹介したとたん久郎の顔色が変わった。朝からとても元気な人間だ。拓海なら元気を振り撒きすぎて逆に体調が悪くなりそうなくらいだ。


「タクさん! こいつは一体どういうことだい!」

「どういうことって?」

「俺はてっきりタクさんの彼女さんかと思ったんだが! なんで苗字が同じなんだい!」


 朝から久郎の大きな声が拓海の頭に響く。昨晩拓海の母親が言っていたことがわかった。


「ああ、それは……」

「わかったぞ!」


 拓海が言い切る前に久郎は二人を指さして遮った。


「お前ら結婚してんだな! 羨ましいぞクソが!」

「はぁ?」

「はぁ?」


 拓海とネネ、二人そろって怪訝な顔、同じ反応をする。久郎の早とちりが暴走しているようだ。


「ずるいぞ、こんな美人と結婚するなんてー!」


 そう言って久郎は自転車のペダルを漕いで駐輪場まで行ってしまった。去る間際、彼の目には涙が溜まっていた。本気か冗談か、それは本人にしかわからない。


「あいつ、なんだったんだ?」

「俺の友達。変な奴だけど」

「ああ、マジで変な奴だ」

 




 午前八時十五分。拓海はネネを職員室に置いて自分だけ教室へ向かう。

 廊下の角を曲がり、自分の教室が見えたとき、背後から再びただならぬ気配がした。ほんの数分前に感じたものと同じものだ。


「クロか?」


 言いながら振り返るもわずかに遅かった。久郎が走ってこっちに向かってきており、右手が振り上げられていた。


「おま……!」


 その手はどう考えてもハグをする形をしていない。張り手のような、そんな攻撃的なものだ。


「タクさんこの野郎!」

「ぐおっ」


 久郎は躊躇いもなく拓海へビンタした。油断した拓海は直撃し、大きくのけぞる。衝撃で目の前がチカチカと光り、膝に力が入らない。


「うお! ごめん」


 ビンタをした久郎がなぜか謝っている。拓海はなんとか踏ん張り廊下に倒れることはなかった。


「いてぇよ、なにすんだ!」


 あまりの痛みに拓海の眠気は完全に吹き飛んだ。しかしなぜ叩かれるのかわからない。


「まさか振り返るとは思わなくて……、背中に張り手しようと思ったんだ。ごめん」

「背中でも許さんからな。奇襲は駄目だ」

「マジごめん! それよりもさ、朝一緒に登校してたあの美人さんのことなんだけど」

「それよりって、まぁいいか。てか俺結婚してないからな!」

「当たり前じゃん。年齢的に無理でしょ」

「てめぇ」

「タクさんをからかうのは楽しいもんだな」


 二人は教室に入る。時間も時間なのですでに担任の先生が待機していた。彼らのクラスの担任はいつも早めに教室にやってくる。


「ほら、ホームルーム始まるぞ」

「覚えてろ、あとで関係を聞き出してやるからな」

「はいはい」


 久郎は捨て台詞を残して自分の席についた。久郎の言う美人とはネネのことだ。確かに見た目は美人かもしれないが性格と目つきが悪い。果たして久郎はそれに気づいてもなお美人だと言い張れるだろうか。少なくとも拓海のタイプではなかった。

 ネネが今日から転入するならこれから始めるホームルームでその話をするだろう。ならば拓海の口からわざわざ説明しなくても問題ないはずだ。


「おはようございます。えー、今日は転入生がいるので紹介します。このクラスなので皆さん仲良くするように」


 この時期になって転入生というのは珍しく、普通なら季節や学期の変わり目が多い。昨日までは全くなかった話にクラスがざわつく。

 こんなイベント、久郎ならクラスで一番テンションが上がっているだろうと思い、拓海は二つ隣の席にいる彼を見る。

 久郎はイスの上で足を組み、姿勢を正して座禅を組んでいた。


(テンションが上がり過ぎたのか?)


 彼の謎の行動には毎度驚かされるものの、あまり注目しても時間の無駄なので担任の先生の話を聞くために前を向く。


「えー、それでは入ってきてください」


 先生が教壇から一歩引いて転入生に教室に入るように促した。

 ガラガラと教室のドアが開き、一人の美少女が入ってくる。それはもちろんネネなのだが、見た目だけで判断するしかないこの瞬間は、クラスメイト達はネネへ目が釘付けになった。

 ネネは教壇の前までやってくると逆にクラス中を見渡す。目つきが非常に険しい。


「さて、あたしはなにをすりゃいいんだ?」


 あまりにガサツな物言いにクラスが静まり返る。目つきが悪く、口も悪そうな女がやってきた、もしかしたらヤンキーかもしれない。そう誰もが思っていた。


「えー、それじゃあ自己紹介してもらおうかな」


 担任は困り顔だった。おそらくホームルームが始まる少し前に自己紹介を軽く練習しただろう。いや、もしかすると拓海の登校が遅すぎてその時間がなかった可能性がある。いつも通りの時間に登校してしまった拓海は頭を抱えた。これからすべてが行き当たりばったりだ。

 頼りになるのは登校中に話したネネの設定だ。ネネの親が病気で入院してしまったので仕方なく遠い親戚の白銀家で世話になるというエピソードだ。当たり障りがなく、拓海は片親なので家庭環境についてあまり突っ込まれることはないだろうと、そう考えたのだ。おまけに少しは同情されるかもしれない。


「あたしは白銀ネネ」


 ネネが口を開く。頼むから設定どおり言ってくれと拓海は心の中で願う。


「アメリカのニューヨークに住んでいたんだが、兵士だった親父がどっかの紛争地帯で地雷を踏んで吹っ飛んじまった。指先一つも見つからねぇらしい。母親はタイムズスクエアでヤク中の運転する車にはねられちまった。ああ、手足はその場にちゃんと残ってたぜ。胴体は残念なことに近くのハンバーガー屋に突っ込んで誰かの飯を台無しにしちまった。つーわけでいとこにあたる、えーとこのクラスの白銀拓海んとこで世話になることになった。どれくらいここにいるかわからんがしばらくの間よろしくな」


(もっと悲惨な過去を用意してきた!)


 拓海の突っ込みは心の中で完璧に決まったものの、クラスはより静寂に包まれた。隣のクラスの騒ぎがうるさいくらいだ。

 その日は重すぎる過去を背負った転入生、白銀ネネには拓海以外近づこうとする生徒はいなかった。


背の高い女の子は好きかい?

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