第八十八話
バイオレンス。
「よお、ハナちゃん」
金色に染めた長髪、そしてわざと気崩した黒のスーツ。もちろん下に着る白のワイシャツのボタンは上の方が閉じられていない。まるでホストのような出で立ちのこの男は、ハナにとってこの島で一番会いたかった男である。
「何? 笑ってんの?」
人造人間タイプ3。鏙が向こうからやってきた。
「わざわざ探す手間が省けてうれしいのよ。あんただけは私がぶちのめさないと気が済まなくてね」
「確かに俺はあんたの足止めに来たが、ぶちのめされる気は全くないぜ」
不敵の笑みを浮かべる鏙。彼はすでにポケットに手を突っ込んでおり、能力を使う準備ができている。
「別に戦う必要なんてないと思うんだが、あんたはどう思うよ?」
「ネネを誘拐して、彼女の腕もいで、それから殺したのはどこの誰?」
「俺は誘拐しただけじゃんか。たかが誘拐の何がいけないんだ? 俺以外の悪党はもっと悪いことしてるぜ」
「子供じゃないんだから自分の悪事を理解しなさい。もうぶちのめすのは変わりないんだから大人しく私に殴られろ」
ハナの手が音を立てて組み代わり、機械化する。
「俺は痛いのは嫌だ。でもな、ここの奴ら以外の人造人間とマジ喧嘩すんのは楽しみで楽しみで、今の俺はギンギンしてる。超がつくほどわくわくすんだわ」
鏙の口元が歪み、笑う。
「だからお互い気持ち良くなろうぜ! 能力開放!」
鏙がポケットから手を出した。その手には何かが握られている。事前にナナから聞いた情報によれば彼は投げた金属の速度を変えられるという。昼間ネネが誘拐されたときに鏙の攻撃を危うく回避できた。だから今回こそは逃げられるなんてことなく再起不能にしてやれるはずだ。
「っしゃ」
鏙が投げた。頼りないほどにのんびりとした投擲からは信じられないほど速い弾丸が繰り出される。機械化し高速カメラと同等の性能を持つハナの目にはそれがパチンコ玉だとすぐに判別できた。昼間と同じ得物で、それはつまり同じやり方でハナを倒すことができるという鏙なりの挑発でもあった。
「ふんっ」
ハナはそれを受け止めることはせず、体を大きく捻りかわしてからもとに戻る反動を利用して前に出た。力まかせのスタートダッシュ。しょせん鏙の攻撃は銃を使わない手投げの金属球のみ。銃弾でないのならば避けることはとても簡単なのだ。
「な、速ッ」
姿勢を低くして鏙の懐まで一気に駆け寄る。その速さはチーターやピューマといった瞬間的に加速する野生動物とそう変わらないほどである。このまま彼の顎に拳を叩きこみ、脳震盪を起こすべく力を込める。
「なんてな」
鏙は不安げな表情から一転、またしても邪悪なあの笑みを浮かべた。ハナの背筋に危険を察知する悪寒が走る。もういまさら止まれない。見れば彼の左の指の間にさらなるパチンコ玉が挟まれている。それがもしほんの少しでも彼の手から離れれば、それはまさに銃弾に近い速度で放たれることとなる。
「くっ」
歯ぎしり。このまま、なすすべなく頭に穴を開けられてしまうのは堪忍ならなかった。まだ一撃も入れておらず、まだ死ぬ気もない。
ふくらはぎをトランスフォームさせる。いつものロケットブースターとなり、ウォームアップなしの全開で展開した。体が悲鳴を上げるが無視した。痛いのと死ぬのでは次元が違う。この程度で悲鳴は上げていられない。
「うがああああっ」
猛烈な噴出煙で辺り一面が見えなくなり、鏙はとにかくハナが最後までいた場所に弾丸を飛ばす。だが見えない相手に攻撃を当てるほど鏙の経験はなく、パチンコ玉はアスファルトの地面にめり込んで破壊したのみであった。
「どこにいった!」
正面に誰もおらず、左右に誰もいない。ランヂのように空中かと思い見るも、誰もいない。最後はもう一か所しか考えられなかった。
「後ろか!」
振り返る鏙の顎に不意打ちの強烈な右ストレートが襲い掛かる。ハナの機械化した右拳は特殊な金属で、決して柔らかいものではない。鏙の顎は砕け、威力はそのまま彼の体を地面に倒してバウンドさせるほど強力なものだった。
「まだ終わらないから!」
べちゃり、力なく地面に落ちた鏙にハナは走り寄っていく。
「くらえっ」
頭と口からおびただしい量の血を流し、立ち上がろうとする鏙にハナは容赦するつもりはまるでなかった。
硬い靴底で鼻の先を蹴りつけ、鏙のバランスを崩す。
「もう私は大人だから、次で勘弁してあげる!」
顔についた鏙の返り血をぬぐってから、彼の胸倉をつかみ持ち上げる。男の体程度の重量など、ハナにとって持ち上げるのは造作もないことだ。
ハナは腕をさらに深く変形、改良する。拳を握りしめ、肘までの骨を強力なパイルバンカーへと変化。それはこの前ネネをぶちのめした必殺技であった。鏙はどうだかわからないが、とにかくハナには時間がなかった。海はともかく、拓海は正真正銘の一般人だ。例えば尋問でもされれば十五歳の少年がいつまで耐えられるだろうか。いずれにせよ急いで救出する必要があった。
「さっさと気絶したほうが身のためよ!」
ハナの攻撃は容赦のないものだった。パイルバンカーは鏙の顔面にすべて必中、人造人間故に頑丈であるからして少しずつ彼の顔の骨を砕いていく。
殺人的な威力を持つパンチは二十ほどで一度止まった。ハナに殺意はなく、ここで止めておかなければ人造人間といえども死亡する可能性があるからだ。
「お願いだから降参してちょうだい」
残酷なまでに粉々に砕かれた鏙の顔面、その目があった位置を見てハナが言う。
「あ……、が……」
さすがは新型人造人間といったところか。彼の顔が一瞬にして再生し、何事もなかったかのようにあのホスト顔へと戻に戻る。
酒が飲みたいのう。




