第八十七話
ツインタワーの反対側。シドナム達とは同じ階にも尋問室は存在している。海と同じく両手を手錠で拘束されて頭上に固定されているのは、つい先ほど意識を取り戻した拓海であった。
「なんだよこれ」
見知らぬ男たちに襲撃され、目が覚めれば見知らぬ部屋で拘束されている。これで冷静でいられる高校一年生はいない。だから拓海も変な汗をかきながら必死に冷静を保とうとしている。気を抜けば叫び、助けも求めてしまうかもしれない。だがこんな状況で助けが来るとは到底思えなかった。アニメや漫画ならいずれかの方法で仲間が助けに来てくれるだろうが、唯一助けに来てくれそうなネネは昼間にどこかへ連れ去られた。ハナがどうしているのか知る由もなく、助けに来てくれるか悩ましいところだ。彼女はネネに興味があるものの、拓海に興味があるか彼自身はわからないでいた。
「おーっす」
ふと、正面のドアが開いた。こんな何もない部屋に監禁され続ければ気がおかしくなってしまう。だから誰でもいいから人が恋しかった。
「あんたは?」
現れたのは見覚えのない人物だ。青い髪が特徴的な青年。年上に見えるがどこか拓海ほどの世代の人間にも見える。不思議な印象を与える男だ。
「俺か? 俺はハヴァ。あんたの世話を任されてるもんだ。よろしくな」
「あ、よろしく、です」
あいさつにはあいさつを返す。育ちの良い拓海はこんな状況だとしてもいい子でいる。
「さっそくだが今からあんたには痛い目に遭ってもらう」
ハヴァは拓海の前でしゃがみ込むと彼の靴を脱がせた。
「何をするんだ! 放せ!」
「残念だがこいつが俺の仕事でな。悪いな」
拓海の靴を脱がせ、靴下も脱がせる。右足を手に取り、眺める。
「きれいな足してんなぁ。いかにも平和に生きてるって感じだ」
「放せって、言ってんだろ」
ハヴァから逃れようと抵抗するも、彼の力は強く、まったく動じない。
「暴れんなって。そんなことしてもいいことないぞ」
ハヴァは懐から何かを取り出した。拓海はその道具を知っている。ペンチだ。片手で扱える程度の大きさのペンチはギラギラと鉄の色を輝かせている。
拓海は嫌な汗をかいた。嫌な予感がした。そして嫌な気配をハヴァから感じた。
「それじゃ、今から拷問しまーす」
やる気のなさそうに彼は言う。だが言うことはまぎれもなく過激なものだ。
「ご、拷問って、俺は何も話すことないぞ! 特別なことは知らない!」
もがき、説得する拓海の言葉を無視して、ハヴァは何度かペンチをカチカチと音を立てて握る。それが拓海にとって恐怖を煽るものだった。
「なにか勘違いしてねーか? お前から聞きたいことなんて何一つねーんだ」
「じゃあなんで」
恐怖で歯が音を立てて震える。ハヴァはペンチで拓海の足の親指を掴む。
「拷問するのはお前じゃねぇからだよ」
いかれた男は優男のように微笑むと、ペンチに力を込めて引っ張る。ぶちぶち、そんな音が聞こえたような気がして拓海は絶叫を上げる。
「ぎゃあああッ!」
そんな短くも悲しい彼の叫びがハヴァの持つ無線機へと伝わり、ここからでは見えない相手に衝撃を与える。
ほぼ同時刻、ネネとハナの二人はツインタワーの前までやってきた。
「ファック・ミーだくそったれ」
どうしようもなく酷い言葉を悪気なく吐くネネに対して、ハナはわざとらしく肩をすくめて見せる。
「だんだん口が悪くなってるわよ」
「それがあたしなんだほっとけ」
二人はこうして軽口を言い合っているものの、そんな場合ではないことは十分に承知していた。拓海と彼の母が囚われていると思われる建物はこのツインタワーしかない。しかし名前の通りタワーは二つあり、どちらに拓海たちがいるのか見当もつかなかった。
「二手に分かれるしかねぇか」
「それが一番効率がいいわね」
ハナが言うや否や、二人は別々の建物のエントランスへと向かう。
「こいつが終わったらみんなで飯でも食いに行こうぜ。ジャンクなもんが食いてぇ」
「死亡フラグ立てないの」
「あたしは死んでも生き返るからいいんだ」
「じゃあ死ぬのは私かもね」
「それはねぇな。だってハナは強いんだろ?」
「どうだか」
お互い背を向けたまま会話する。どんどん離れていき、声が聞き取りにくくなる。
やがてそれぞれが入り口の前に立つ。
「それじゃ、ハナ。またな」
「ええ、気を付けてね、ネネ」
ネネが駆けた。エントランスへのドアを体当たりで破壊し、何事にも動じずただ走り抜けた。そんな彼女はどこか楽しそうで、まるでハナのことをまた明日会える級友のように、そんな安心感を残して去っていった。だがこれは殺し合いだ。本当に明日も会えるかなんて誰が保証できる。お互い人造人間で、死ねば粉となってこの世に存在した形跡を残さない。だからもしかするとこれが今生の別れとなることだってありうるのだ。例え仲良しでなくとも、大切な一瞬であることには変わりない。
ネネはそんな感じだが、一方ハナはというと、彼女はそこから動かなかった。この高い塔を上るのが億劫だからではない。
「ふふ……」
ハナは嬉しそうに建物正面から出てくる人物を見ていた。
拓海君、痛い目に遭うの巻。




