第八十三話
これはフィクションであり現実世界のあらゆることと関係がありません。
「ネネ、気を付けて。あいつなんかしてくるよ」
「ああ、わかってる。ナナの野郎が能力をネタバレしてくれたおかげでいくらか気持ちが楽でありがてぇや」
二人はナナから人造人間の情報を聞き出していたおかげで目の前の女が誰か、なんとなくわかっていた。
女の名前はオルビド。人造人間タイプ4。『消える能力』を使う。情報はここまで。
「私たち、ここで殺し合うわけだけど、ちょっとその前に聞きたいことがあるの。質問してもいい?」
腰に手をまわしたまま、オルビドは話す。ネネとハナは警戒態勢を維持し、それぞれが距離を取って彼女を囲い込む。
「わざわざ許可取らないといけねぇ話ってか? だったら答えはノーだ。なぜならテメェはここで死ぬ。なにを知ったところで無駄なンだよ」
「情報通り、ネネはムカつく。もういい、勝手に質問するから。あなたたち、ホフマンがどこに行ったか知らない?」
ホフマン。ネネがこの島で残虐な行為を受けたのちに出会った人造人間だ。イーズと二人で痛めつけ、最後はネネが銃殺した。老いぼれの見た目をした人造人間にこの女がなんの用だろうか。
「足だけが速ぇあいつか」
あの時の記憶を思い出し、反応してしまったネネに対してオルビドは先ほどまでと比べ物にならないほどの目つきの悪さでネネを睨む。だが何も言わない。
「あのくそ野郎はあたしが撃ち殺してやったよ。この手ででな。」
「殺、した……?」
殺す、という意味は一つしかない。命を奪い、この世から亡き者にするということだ。まさかオルビドは殺すという意味についてもう少しポジティブな結末を期待しているのではないか、ネネはそう思った。
「あの爺に金でも貸してたのか? だとしたら残念だ。奴は踏み倒して消えてなくなっちまった。もうあきらめろ」
ぎりりっ。オルビドが歯を食いしばる音がこちらにまで聞こえてくる。ハナが目線をくれる。それ以上挑発するな、という意味だ。だがネネはそれを止めない。面白いほどに反応が良い相手をいじめて何が悪いというのだろうか。どうせこのあと殺すならなおさらだ。もはやネネにとってオルビドは人ではなくモノとして扱っている。こちらが楽しむための嗜好品のようなモノだ。
「ああ、わかったぜ。もしかしてあのクソ爺のことが好きだったんだろ。失礼を承知で言うが、あたしはてっきり勘違いしてたぜ。そんなナリしておいてしっかり男が好きなんだな。だが身内のくせに身内を好きになるってのは救えねえ。しかも相手は年寄りだ。ははっ、悪い悪い。誰が誰を好きになろうと世の中は勝手に回るよな。あたしには関係ない話だし、世界はそんなことどうでもいいんだもんな」
「あなたは人に嫌われるのがよっぽど好きみたいね。もう怒ったから。二人とも楽に死なせない。ホフマンの仇よ」
震える声でオルビドは二丁の拳銃を取り出した。十代後半といった程度の少女に無骨な拳銃は似合わない。だからこそその出で立ちにネネとハナは警戒せざるを得なかった。扱い慣れてなければわざわざ体格に合わない拳銃を使う必要はない。つまるところオルビドの主な得物はそれで間違いないのだ。
「一人につき十発は撃ち込んであげる。能力開放」
そう言うとオルビドの姿が消えた。
そう、消えたのだ。
目の前にいたはずのオルビドが、しっかりと目視していたはずの彼女がまるで最初からそこにいなかったかのようにいなくなってしまった。
「なんだってんだッ」
悪態をつく。しかしネネにはどうするべきかわからなかった。人造人間との戦闘は覚えている限り非常に少ない。おまけに相手の能力はどれも直接攻撃するのに適したものばかりだ。だからこのような、それこそ超常現象のような能力を使う相手との戦闘は全くもって経験したことがない。
ちらりとハナに視線をくれる。
「ちっ」
舌打ちしていた。明らかに焦っている様子だった。
「仕方ねぇ。やるぞ」
どこでもいいから殴ってみる。姿が見えない以上、今はそれしかすることがなかった。
「死ねやオラ」
先ほどまでオルビドがいた場所に走り寄り、勢いに任せて殴りかかる。その様子を見ていたハナはあきれた表情で一歩下がる。
もちろん拳がオルビドに当たるはずがなく、むなしくシャドーボクシングをするだけに終わった。
「残念」
透明女の声。それが聞こえると同時にネネの体に衝撃が走る。肺の空気が全部吐き出され、直後に痛みがやってきた。
一番衝撃が強かった脇腹を見ると傷ついていた。刺されたのでも殴られたのでもなく、銃創がしっかりと見て取れた。つまりネネは撃たれたのだ。
「ぐっ」
熱く燃えるような痛みがネネを襲う。血が心臓の動きに合わせて噴き出す。おそらく臓器が激しく損傷した。この出血量なら間違いない。
普通の人間なら直ちに病院にいかなければ失血死するが、彼女は人造人間だ。すぐに体が自己再生を始め、破損した組織が復活して体が瞬時に高熱を出す。そして次の瞬間には元の健康体に戻っていた。
「この、やりやがったな」
先制攻撃を受け、頭に血が昇るも、再びオルビドの攻撃が始まった。
ネネの右膝が撃たれて皿が割れる。
片膝をついたネネの左肩が撃たれ、体が捻じ曲がる。
態勢を立て直そうと無理やり正面を向くも、二発の銃弾が両方の肺を貫き破壊する。
おびただしい量の吐血をしながらネネはがむしゃらに目の前を殴る。が、手ごたえなし。代わりに頭頂部に鈍い痛み。銃底で思い切り叩かれたらこんな痛みになるだろう。
ちかちか光る視界には未だ誰の姿も見えない。三回か四回ほど顔を殴られ、血と割れた歯が口から飛び出す。
そして最後に口の中に熱い物を突っ込まれた。火薬の匂いが鼻血まみれの鼻の奥につく。
「……おっ、ごっ」
ネネはそれが銃口だと気が付くことはなかった。その前に引き金が引かれて後頭部まで銃弾が彼女の体を貫いたからだ。
ぬるり。口の奥深くまで差し込まれた銃口は動かずともネネの体から離れた。ネネが白目を剥いて背中から地面に崩れ落ちた。
恐ろしく早く血だまりが広がり、ネネの死体を囲った。
ネネ、今のご時世に差別的な発言は良くないよっ!




