第八十一話
同じ頃、24区の端にある港にナナはいた。パラシュートで降下したものの、巨大な布切れが彼女の体に覆いかぶさりなかなか抜け出せないでいた。
「ううー」
布をかき分け、一直線に前へと進み、ようやく自由の身になった。まともに呼吸ができるだけで安心感がある。
「ここは?」
ナナは辺りを見回す。知っている場所だ。本国から物資を輸送するとき、いつも貨物船がここにやってくる。前にネットで見た一般的な港よりはかなり小規模なものだが、それでもコンテナがいくつも並べて置いてある程度には機能している。ナナはコンテナの中身を知らないが、研究に必要な物資が入っているのだろう。
中身に興味を持ち、ナナはコンテナを開けてみようとその中の一つへと近づいた。
「これは……」
不思議なことに、そのコンテナのロックは解除されており、中には何も入っていなかった。続けて隣のコンテナも見てみたが同じく何も入っていない。
「なんだろ、これ」
コンテナの中に何かが落ちていた。一見してステッカーのようなものだ。それを拾い上げ、表面を見る。
そこには英語が書かれていた。アルファベットでBTUと。よく見れば紋章と思われる模様の下に小さくブラックタイガーユニットと書いてある。聞いたことのない名前だが、これはどう見ても部隊のワッペンに違いない。だとすればこの場に、今まさに特殊部隊か何かがやってきているのだろうか。
「そこでなにをしているの?」
背後から声がして、油断していたナナは肩をビクつかせて振り返る。
「み、海起ちゃん」
人造人間タイプ2、海起はいつもの真っ白なワンピースをずぶ濡れにして、それもまたいつも通りの姿で死んだような目でこちらを見ていた。長い髪と服の裾から水が滴っている。
「もう家出はおしまい?」
「戻ってこないつもりだったけど、戻らなきゃならくて」
ワッペンを握りしめ、ゆっくりとコンテナから離れる。
「悪いけどここにあなたの居場所はないわよ」
対する海起はまるで動こうとしない。ここにいるだけで問題は全て解決するとでもいうかのように。
「わかってる。私はみんなを助けに来たんだから」
「助ける?」
無表情の海起が眉をしかめる。
「日本から独立するために戦争するって、どうかしてるよ。そんなことしなくたって、どこか遠くでみんな仲良く一緒に暮らせばいいと思うんだ」
ナナは言葉を選ぶ必要があった。だが初手で失敗した。相手のすることを否定し、それで相手はいい気分がするだろうか。
「私はあなたのそういうところが嫌い。大嫌い」
ナナの心臓がドクンと跳ねる。説得に失敗したことに気が付いたからだ。しかし納得がいかない。新型人造人間たちの中では比較的仲が良かった海起にそう言われてしまう理由がわからない。
「日本独立なんて私たちみんなどうでもいいと思ってる。私のボスがやれと言うからやるだけ。私たちの親は誰? あのロシアン? それともシドナム? どちらにせよ親の言うことに従うのが子供でしょう?」
「そんなの間違ってるよ!」
海起の暗く重たい感情を吹き飛ばそうと、ナナは無理して大声を張り上げる。
「私たちは誰のモノでもないんだよ。自分が嫌だと思っているなら正直に嫌だって言えばいいじゃない」
「そうね、自分に正直になってみようかな」
先ほどとは打って変わって優しく微笑む海起に、ナナは説得に成功したと確信した。だがそれは間違いだった。
「やっぱり私はあなたが大っ嫌い」
「なんで……」
「戦いたくない、汚れ仕事をしたくない、そう言ってあなたは現実から逃げてきた。代わりに手を汚してきたのは私たち。綺麗ごとの裏にはね、私のようにもう戻れないところまで来てしまっている存在もいるの。だから今度はあなたが汚れる番。私を殺すか、ここで死ぬか、どちらか選びなさい。能力開放」
新型人造人間の安全装置を解除した海起の背後には港がある。大海原が広がり、彼女にとっての銃弾はそこに無限に存在している。
「私は戦いたくない!」
「自分自身のエゴに飲まれて死ね」
ナナvs海起、開戦。




