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第七十八話

復活のネネ。

「ナナ。戦う気がないならそこにいて」


 ナナは名前を呼ばれて、呆然の状態から正気に返った。ハヴァがこれほどまでの攻撃力を持っているとは知らなかった。だからあっけに取られて彼女の足元に転がるネネの死体に気が付かなかったのは、仕方のないことなのかもしれない。ただ突っ立っているだけで今まで何もしないナナにハナは逃げるな、と念を押した。後は戦うだけだ。


「おっ、あんた人造人間か。しかも旧型ときた。一度戦ってみたかったんだよ」

「うるさい」


 低く静かな声でハナはハヴァの言葉を切り捨てた。


「今日は何一つ私の予定通りに進んでないのよ。何一つ。その意味がわかるかしら」

「あ?」

「すげぇイライラしてるってことよ。あなたは私のサンドバッグになってちょうだい」


 そう言ってハナは拳を構える。すでに両手が機械化し、臨戦態勢だ。


「ふひっ、いいじゃんいいじゃん! やる気あるじゃんか! 俺を殺してくれよ、その力でよ!」

 二人は興奮し、見合い、そして遠慮のない暴力を展開する。






 ……はずだった。




 最初に異変に気が付いたのはナナだ。なにせ足元に転がる死体が動き出したのだから、目の前で始まる殺し合いよりも興味を持つのは当然のことである。


「あれ?」


 白銀ネネは死んだ。呼吸が停止し、心臓も動いていない。それでも痙攣するのは『人造人間ネネ』が今まさに蘇ろうとしているからだ。



 一瞬の静寂。



 息を吸い込む死人の音。


「ぎいいいいいあああああ」


 腹の底よりも深い所から湧き上がってくるような不愉快極まりない絶叫が、住宅街の路上に響く。ビリビリと肌が震え、さすがに背を向けていたハナは異常に気が付いた。同じくハヴァもネネを見ている。


「あっ、ぐぎががあががががが」


 ネネの死体はもがき苦しんでいる。足をばたつかせて、やり場のない痛みから逃れようと大口を開けて跳ねる。


「なんか変……」


 あまりに痛々しい光景に、ナナは思わず口元を押さえる。ナナ達、つまり『新型人造人間』の自己再生はもっとあっさりと、最小限の痛みだけで終了する。死ぬような状況ならばすぐに再生しなければ拘束される恐れがあるからだ。だからネネのように苦しみながら自己再生するなど信じられなかった。

 やがてネネの腹の傷が、耐え難いほどおぞましい音を立てて再生を始めた。

 同時に両腕も変化を始める。肉が再生しているというのに、まるで今まさに腕を切断しているような悲鳴がネネの口から発せられる。


「んんんんああああああああ!」


 じわじわと腹の傷が塞がり始める。しかしながら飛び出した小腸は地面に落ちたまま、元に戻ろうとしない。このままでは内臓が露出したまま傷が塞がるだろう。彼女にはまだ自分で内臓を押さえつけられるほどの腕が再生していない。だからあっという間に傷が塞がってしまうのは止めることはできなかった。

 一同が最悪の再生を目の当たりにするものの、だからといってそれでネネの再生能力は終わりではなかった。

 能力が高すぎるがゆえに皮膚がもとに戻ると同時に小腸は切断された。べちゃり、と水たまりに血色の良いそれが落ち、すぐに粉上になり消える。


「げぼっ、がはっあッ」


 おびただしい量の吐血をして転がるネネ。仰向けになった彼女の両腕の断面は、骨から順番に筋組織、皮膚組織と昨日までの彼女の白い腕が生えてくる。すぐに動かせる状態になると片手で自分の腹を押さえていた。おそらく体の内部も自己再生が進んでいるのだ。千切れた内臓が見えないところで再生し、それが激痛を伴って出血を起こしている。


「うあああああああああああああ痛ぇええええええええあああああああああ」


 再び転がり、今度は膝をついて立ち上がろうとする。下を向いたままの彼女の顔は誰からも見えないものの、誰もが彼女が苦痛の表情を浮かべていると理解していた。

 膝に手を置き、もう一方の手はアスファルトに触れる。ネネが痛みを堪えて手を強く握ると、人体より圧倒的に頑丈なはずのアスファルトはまるで豆腐のように指の間から破片が飛び散る。


「んぶッ! ぶあっ」


 もう一度、盛大に吐血した。ネネの真下はもはや血で出来た水たまりだ。

 やがて自己再生の不快音が止み、地面にひざまずくネネが静かに肩を震わせていた。

 傍観していただけの一同はあまりに壮絶な光景に声も出ない。それでも、この瞬間を一番待ち望んでいた男だけがただ笑顔を浮かべている。


「や、やった! ネネはやっぱり人造人間だったんだ!」


 子供のように不謹慎にはしゃぎ、ガッツポーズをするハヴァ。ネネが蘇り、彼はうれしかった。自分の同類がこうして復活したのだから。

 だが、肝心のネネは全くもって、少しもうれしくない。蘇ったことによる歓喜よりも、それ以上に怒りと憎悪のヘドロが心を包み込んでいる。


「おいハヴァ、調子に乗ンなよ」


 やけに落ち着いたトーンで言った。この場にいる全員の視線をくぎ付けにしたまま、ゆっくりと立ち上がる。もうどこからも血が流れていない。しかし誰が彼女にここまでの苦痛を与えたのかを考えれば、ネネが抱く怒りは妥当なものである。


「今からどうすりゃあいいかわかんねぇ。あたしはキレてる。ブチ切れてるはずなんだ。だけどよ、不思議と頭ン中は冷静になっちまってる。血が足りねぇからか? 違う。疲れてるからか? そいつも違う。テメェがあまりにも救えないクソガキで、あきれちまってるからなんだ」


「確かに俺は年齢的にはガキだけど、そんなクソガキに一回殺された奴はどこにいるんだろうな? 友達が来なけりゃ今頃、道の隅っこで静かに死ねたのに」


「そんな煽り文句で我を失うほど知能が低くねぇから安心しろ。だがテメェを殺す。あたしを舐め腐りやがって」


 遠くのほうでサイレンが聞こえる。近所の住民が警察に通報したらしい。だからといって引き下がるつもりはない。邪魔をするなら警察ごとハヴァを潰す。


「ネネ、警察が来た。まずいよ」


 いつの間にかハナがそばまでやってきていた。二人が見合っている間に気配を消してネネのもとまで移動したようだ。


「うるせぇ。あたし一人でもやる」

「イーズが重症なの。お願いだからここは下がりましょ」


 ネネは何も言わなかった。彼を連れてハナ一人でこの場から立ち去ればいいだけのことだ。


「警察相手にするのは今はめんどくさいな。あとで死ぬほどやりあうかもしれないし。俺は一旦帰るよ」


 ハヴァの体がゆっくりと浮かび上がる。いつぞやの人造人間と同じく空を飛べるのかもしれない。


「逃がすかよ!」


 ネネが吠えるもハヴァの体はすでに人間には到底届かない位置まで浮遊しており、こちらからはどうしようもなくなってしまった。


「ああ、そうだ。どうせいつかはバレるんだろうし今教えとくぜ。ネネ、あんたの家族を俺たちの家に『招待』したからよ。今頃は24区に向かってるんじゃないかな」

「招待だと? 拓海に何かしたのか!」

「意味が分かってないのか? そうだよ、拉致したんだよ。プランBってやつさ。ネネが素直に俺たちのところへ来ないから悪いんだぜ?」


 ハナは隣のネネが歯ぎしりをする音を聞いた。それどころか自分の歯を噛み砕くほどの力を込めている。パキパキと歯が割れる音がする。


「ああ、いいカオしてやがるぜ。俺はネネのそういう顔が見たかったんだ。それじゃあ、あっちで待ってるぜ。夜はこれからだ」


 ハヴァはさらに高度を上げ、夜の闇に消えた。同時に黒いヘリコプターが飛び去り、地上のネネ達に強風を浴びせてくる。


 あのヘリコプターに拓海が乗っている、ネネはそう直感し、やり場のない怒りを夜の空に吠えるしかできなかった。


ここからまた長くなりますのでタイトルを少し変えようかと思います。

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