第七十四話
「ネネ! 返事をして! なんでもいいから話して!」
ネネの体の横で片膝をついたハナは内心わかっていた。彼女は両腕が切断され、体じゅうには打撲痕があちこちにある。おまけに脇腹から内臓が飛び出してしまっているような人間が、このまま何事もなかったかのように助かる確率なんて全くありはしないのだと。
「ネネ!」
ナナが今にも泣きだしそうな顔でハナのすぐ後ろに立っていた。ネネとハヴァを交互に見て自分がどうするべきか悩んでいる。
「イーズ、聞いて」
ネネに語り掛けるのを止め、ハナが立ち上がる。
「ネネを運ぶぞ! 息はしてんだろうな!」
「息してないわよ! 死にかけてる!」
「は?」
何を言っているのかわからない、いや、わかりたくないイーズが素っ頓狂な声を上げて窓越しにネネを見る。
「死にかけって、まだなんとかなるかもしれねぇだろ! 適当なこと言うな!」
「わかってるってば! 今から蘇生するからあいつをお願い」
ハナの言うあいつとは今まさに立ち上がろうとするハヴァのことを言っている。イーズだってわかっていた。ハナはネネを蘇生したい。一刻も早くなんとかしなければ蘇生の確率はみるみるうちに下がっていってしまう。しかしハヴァが黙って見ていてくれるだろうか。
否、ネネを殺した男だ。こちらを妨害してこないわけがない。
「くそっ」
イーズは悪態をついて車から降りた。指を鳴らし、精いっぱいの挑発をする。
「俺があいつを引き付けるからネネを頼んだ」
彼は振り返らずにハナに向けてそう言った。
「なんだ、さっきの人間君じゃん。俺とやりあおうってのかい?」
けだるそうに立ち上がったハヴァも挑発をしてくる。腕が折れていたようだがイーズ達の目の前で自己再生し、何事もなかったかのように腕を振り回して準備運動をし始めた。
相手は得体の知れない新型人造人間。能力も耐久力も未知の存在だ。対するイーズは正真正銘の人間。武器は何も所持しておらず、拳のみで戦わなければならない。
「あんた、ハヴァと言ったな」
イーズは一歩踏み出し、口を開く。
「俺は戦いのプロだ。おまけに信念を持っている」
「信念だぁ? それが何になるんだ」
「俺は今までこの手で人を殺したことがない。不殺を貫いてきたんだ」
イーズの人生は甘えで出来ているといっても過言ではない。これまで何度も乗り越えてきた戦闘はどれも相手の生存で幕を下ろしている。もちろん横やりを入れられて相手が別の誰かに殺されてしまうこともあれば、戦闘後に相手が自殺してしまうことも何回かあった。先ほどからネネを守るために、人造人間だとわかっている相手には鉛玉を食らわせてきた。彼らが自己再生すると知っての行動だからだ。
だがイーズは殺しを絶対にしないと決めてからそれを守り通してきた。どんな悪党でも更生する機会は必要なのだ。
「だが俺はこれからあんたを殺すかもしれない」
「殺す? この俺をか?」
醜く顔を歪め、ハヴァは目の前に立つ一人の男をあざ笑う。
「あんたがただの人造人間じゃないことはわかっている。だから俺は相打ちになろうともあんたを殺す気で戦わせてもらうぜ」
その言葉は心肺蘇生を始めたハナの耳にも入っていた。彼女はイーズが本気なのだと察し、辛い気持ちになる。目の前にこうして横たわるネネの体を見れば自然と嫌な想像だってしてしまうのだ。
「あんた、つまりあれだろ? もし俺が弱かったら殺さないでいてくれるってことだろ」
「そうだとありがたいが、あんたは弱くない。だから命乞いをしても無駄だからな。どうするかは俺が決める」
そう言ってイーズはズボンのポケットから指ぬきのグローブを取り出して両手に装着する。なんの変哲もないただのグローブだ。拳を傷めないようにするためだけの唯一の防具。
「七色に輝く俺の戦闘スタイル、とくと味わえよな!」
キッとハヴァを睨み、彼は駆けた。大雨の中を、水たまりを踏み付けて命を張る。
イーズの明日はどっちだ!?




