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第七十一話

「ハナ、アルゴンから連絡だ。十五分後に高校のグラウンドに着陸するそうだ」


 イーズが扉を開けてそう言いながら入ってきた。落ち込んでいる様子はない。

 アルゴンとはヘリパイロットであり、イガラシクの研究者である。彼は特に人造人間に詳しい。彼に頼んでネネの手術をしてもらいたかったがここの設備ではどうしても道具が足りない。


「わかったわ。ネネ、そういうわけだから移動するわよ」

「待てよ、拓海はどうしてんだ」


 痛む腕に顔を歪ませながらネネは自力で起き上がる。


「拓海君? 今はどうでもいいでしょ。これ以上彼を巻き込むわけにはいかないわ」

「どうでもよくねぇんだよ。あいつは無事なのかよ」


 ネネは人造人間の襲撃の際、拓海を守った。あれほどの濁流を受けて無傷でいられたのか心配でならなかったのだ。


「ええ、無事よ。私が知る限り拓海君は()()()()()()()な存在よ」

「ダメだ、信じられねぇ。あいつの声を聞かせろ。直接あたしが声を聞く」

「そんな、人質じゃないんだから。わがまま言わないで」

「うるせぇ!」


 ネネの怒号は近隣の住宅にまで響いた。


「てめぇらが言わねぇだけであたしは知ってんだぞ。()()イガラシクに行っちまったらあたしは拓海とは会えねぇ。学校も行けなくなっちまう。記憶の無いあたしにとって、拓海と学校のクソガキどもは全てなんだよ! この世で一番価値あるものと離れなきゃならねぇのに、何も言わずに消えるなんざクソくらえだ」


 今までの八つ当たりのようなそれとは大きく違う態度に、ハナは少しだけ怖気づいた。


「な、なによ。そんなに声が聞きたければ好きにしたら!」


 ハナは半ばやけくそに携帯電話を取り出して拓海の番号へかけた。


「よこせ」

「ほら」


 言われるがままに呼び出し中の携帯をネネに渡す。


「俺は車の準備をしてくる」


 イーズは部屋から出ていき、残されたのはハナとネネだけになった。

 少しだけ呼び出し音が続き、拓海が出た。


『もしもし、ハナ先輩ですか?』

「拓海か」

『その声は、もしかしてネネ?』

『そうだ、なんつーか、昼ぶりだってのにずいぶんと久しぶりって感じがするな』


 二人の会話は耳を能力によって高性能化しているハナに筒抜けだ。聞かれてはまずい会話をするとは思えないが、聞いても問題はないだろう。


『そうかな。それより、電話してきてるってことはネネは元気なんだよね?』

「いや、そういうわけにもいかなくなっちまった。左腕が完全にもげた。あと右目が潰れてる」


 電話先の拓海が絶句したのがわかった。数秒間呼吸を忘れるほどに衝撃を受けている。だからこそハナは拓海に情報を与えていなかった。なんの関係もない高校生に、知り合いの腕が取れたなんて話したら、余計心配をかけるだけなのだ。ネネの手術が終わってから全部話すつもりでいたのに、これでまた心配事が増えてしまった。拓海からあとで散々話を聞かれることだろう。


「でも安心してくれ、これからイガラシクに行って手術を受けてくる。どれくらいで戻ってこれるかわからんが、いつか帰ってくるからな」

「ネネ、悪いんだけどさ」


 ハナはバツが悪そうに会話に入りこむ。


「んだよ」

「あなたは十分目立ちすぎたわ。これ以上この街にいるといつかネネ以外の犠牲が出ると思う。だから戻ってくる約束はしないほうが、いいかもしれない」


 今まで何度も人造人間からの脅威と戦ってきたハナはどうやって生き残ってきたのか。簡単なことだった。姿を消す。それだけだ。敵に位置が知られた以上、ここにいても命の危機がずっと付きまとう。ならば数年ほど潜伏し、この世から情報を消すしか方法はないのだ。ネネもハナも、これで一般人として生きることはできなくなった。これからとても辛い時期を過ごすだろうが、どうしようもないことなのだ。


「もちろん私も一緒に消えるわ。イガラシクなら安全なのよ。その電話は拓海君への最後の電話。わかったならおしまいにしてちょうだい。時間がないのよ」


 ハナにだって後悔がある。日本の高校生として過ごすのは夢であったし、なによりそこで友達がたくさんできた。生徒会長にもなれた。今までの戦いの日々からちょっとだけ身を引いて過ごす時間はとても楽しかった。だがそれも終わりだ。()()()との約束は破ることになるが、こればかりはどうしようもない。


『ネネ、今のってハナ先輩の声だよね?』


 電話先の拓海が不安そうに声を漏らす。


「あ、聞こえてた?」

「テメェわざとだろ。わざと聞こえるような声で話したな?」

「どっちでもいいでしょ。いつかは拓海君も知らないといけないんだから」

「……ビッチ(くそ女)


 ネネは視線を落とし、やはりハナに聞こえる声でそう呟くと、手にした携帯を握り壊した。


「私の携帯!」

「情報を残すのはよくねぇもんな」


 彼女はゆっくりと台から降りて出口に向かう。


「車、用意してあンだろ? 一人で行く。テメェはそこで引っ越しの準備でもしてな」


 途中、右の肩をハナの肩へわざとぶつけてから出ていった。


「私、なにしてんだろ」


 ハナはどうしようもなく自分のことが嫌になり、その場に座り込んでしまった。膝を抱えてどこを見るでもなく正面に視線を向ける。


「私だって学校辞めたくないわよ。ネネばっかり被害者面しちゃってさ、なんでよ……」


 こんなことをしている場合でないのは自分が一番わかっている。強い心を持っていると思っていてもなお、世の中はそれを上回る方法で気持ちを折ろうとする。こんなところで心が折れそうになるなんて思いもしなかった。


「おーい、そろそろ出発しないとやばいぞ」


 心配になったイーズが階段を上がって部屋に入ってきた。


「あれ、ネネは?」


 そんなイーズの一言が、ハナを現実に引き戻した。


悲しい場面は実は書いていてとても楽しかったりするのだ。

酒が入っているともっと楽しいのだ。同じ物書きならわかってくれるはず。

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