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第六十九話

 一発の銃声が響き、イーズは身を縮めこめた。銃声はかなり近い。背後からだ。


「オイ、仕留め損ねてんぞ」


 後ろから声がして、振り返る。


「なんだ、ネネか」


 ネネが宿舎の窓枠に肘をついてこちらを見ていた。残った右手に拳銃が握られている。ネネの近くで死んでいた警備員の物だろう。

 そんな彼女の拳銃の銃口から硝煙があがっている。疑うことなくネネがなにかを撃っていた。


「あ、殺しちゃったの」


 ネネが何を撃ったのか、すぐにわかった。あの人造人間の老人が立ち上がり、こちらを見ていた。ただしその額には銃弾の跡があり、彼の意識は吹き飛んでいた。


「バカが、あたしが撃たなきゃてめぇは死んでたんだぞ」

「そうだけどさ、できれば生きたまま確保したかったなぁ、なんて」

「甘ったれてんじゃねぇぞ。てめぇがどうしようと、あたしはこいつにマジで殺されかけてんだ。ぶち殺す理由には十分だ。たとえ止められてもあたしは殺したがな」


 話しながら段々と怒りのボルテージが上がってきたのか、ネネは拳銃に残ったありったけの弾丸を男に撃ち込む。


「死ね死ね死ね死ね死ね死んじまえクソジジイ!」


 すべての弾を撃ち切ると何度か空撃ちを繰り返してから男に向けて拳銃を投げつける。男には当たらなかったものの、壁に激突した拳銃は衝撃で部品をまき散らして床に落ちた。


(なんだあの力は)


 人が鉄の塊を投げつけたところで精々壁がへこむ程度だろう。しかしネネが投げると壁に穴が開き、拳銃が二度と使い物にならないほど歪み壊れる。

 ネネにとってはなんてことのない八つ当たりかもしれないが、ただの人間であるイーズには恐ろしい光景であった。事前にハナからネネが力を失っていると聞いていたので、まさかあんな力を持っているとは思ってもいなかった。彼女からの報告が嘘なのかと疑ってしまうほどだ。


「おい間抜け面、あたしはこの通り死にかけてる。殴り合いができる体じゃねぇ。だからあんたはここからあたしを無事に逃がしてくれるんだろ?」

「もちろん。それが俺の仕事だからな」


 言葉は強くともネネが弱っていることは見ただけでわかる。左腕がちぎれ、右目も潰され傷口から血が流れている。ネネがここで何をされたのかイーズには知る由もないが、ろくに手当をされていない様子からここがまともな場所でないことは確かだ。とにかく今すぐネネの傷口を止血しなければ危険な状態だ。


「ここで待っててくれ。止血に使えそうなもの持ってくる」

「なンでだよ。こんなところ今すぐズラかろうぜ」

「今すぐズラかったら帰る途中で死んじゃうって」

「くそっ」


 ネネは悪態をついて窓枠から下へとフェードアウトしていった。イーズが様子を見るとネネは壁に寄りかかって座り込んでいた。本当は立っているのもやっとなのだろう。

 



 イーズは一番近くの部屋からベッドシーツとウォッカを見つけ出すとネネの手当を素早く済ませ、彼女を抱えて島の外側へとやってきた。

 ネネはホフマンに痛めつけられる前、警備員にヘリコプターの場所を大雑把に聞いていた。方角だけしか知らないが、大きくない島なのだからヘリポートくらいすぐに見つかるだろう。

 そして案の定ヘリコプターはすぐに見つけられた。周囲には誰もいない。脱出するなら今がチャンスだ。


「おい、イーズ」

「おお、生きてたか」


 ネネは先ほどから目をつむって黙っていたのでイーズは内心焦っていたがこれで安心した。


「あたりめーだ。簡単にあたしは死なねぇよ」

「ぐったりしてたからもうダメかと思ったわ」

「んなことぁどうでもいいんだよ。いいから降ろしやがれ」


 ネネはイーズにお姫様だっこされている。彼女にとってこれは辱め以外の何物でもない。


「そんな体で歩けるのか?」

「降りるっつったら降りるんだ。足はまだ残ってんだ、大丈夫だっての」


 無理やり地面に降り、ネネは歩き出す。よろよろと進む彼女はまっすぐ歩けないほどに衰弱しているものの、目的のヘリポートはすぐ目の前にある。これくらいなら問題ないと考え、イーズはネネを追いかけて歩き出した。


「よお、お二人さん。こんなところで何してんだ?」


 ヘリコプターまであと少しというところで、機体の裏から男が一人現れた。ヘリの前で立ちふさがっている。


「テメェはあのときの……!」


 ネネはこの男を知っている。シドナムの後ろにいた青髪の男だ。

 イーズは警戒して一歩も動かない。男は武器を持っていない。ならば武器を使わずしてネネとイーズを始末できるほどの力があるはずだ。それはつまり彼も人造人間である可能性が高い。下手はできない。


「俺のことを覚えてくれてたのか。うれしいね」

「そこをどきやがれ。あたしは帰るんだ」

「帰る? どこに?」

「テメェ寝ぼけたこと抜かしてんじゃねぇぞ。去年ここで、みんなで仲良くクリスマスパーティーしましたってか? クソくらえだ」

「ははっ、ネネの言うことはいちいち面白いな。俺そういう気の強い女好きだぜ」

「テメェは理解力のないクソガキと違うってんならわかってくれるはずだ。そこをどけ、そして失せろ」

「消えてもいいけど、これ、欲しくない?」


 男がポケットから取り出したのは鍵だ。この状況ならあの鍵で何が動かせるのか察するのはそう時間がかからなかった。男はヘリコプターの鍵を持っている。


「畜生、そいつはくれって言ったら素直にくれるってのか?」

「うーん、どうしようかな。くれてやりたいが人にものを頼むときに必要な、お願いします(プリーズ)が抜けてるな」


 男の顔にはにやけ面が張り付いている。ネネのプライドを傷つけようと楽しんでいる顔だ。


「お願いします。鍵をくれ」


 ネネは痛む体に鞭を打ち、頭を下げた。どうせ戦えないのだから相手の言う通りにするのが得策だ。これでだめならなんとかして鍵を奪い取る。不思議と彼女に怒りはなかった。血を失いすぎたというのもあるが、こんな茶番をしてあげるだけでもしかしたら帰れるかもしれないからだ。


「ほらよ」


 男は鍵をネネへと放り投げ、あっけなく渡した。ここからひと悶着あるものだと思っていたネネとイーズは拍子抜けしたものの、ネネは地面に落ちたそれを拾う。


「こんなあっさり寄越すなんざ、なんか隠してることあんじゃねぇのかと思っちまうぜ」


 男が妙な真似をしないよう、監視をしながらネネはヘリコプターへと近づいていく。


「そりゃもちろん、隠し事はたくさんあるとも。だがな、ネネには生きてもらわないと困るんだ。いつか俺たちの仲間になってほしいからな。だから今だけは見逃してやる。ヘリに小細工はしてないから安心して空の旅を楽しめ。だがネネ、俺はすぐにお前をここに連れ戻してみせるぜ。人造人間ネネの力が必要なんだ」


 男が語るなか、ネネはイーズに鍵を投げ渡し、後部シートに乗り込む。イーズは操縦席に乗り、慣れた手つきでヘリのエンジンを始動する。


「覚えとけ、俺の名前はハヴァ。また会おうぜネネ!」


 ヘリが浮上し、手を振るハヴァの姿が小さくなっていく。目の前から獲物が逃げるというのに結局ハヴァは何もしなかった。すべて向こうの思うつぼだとしたら気分が悪い。それでもネネとイーズはここにいるよりは逃げ出す道を選んだ。相手がどんな手を打ってくるかわからないのが心配だ。


「ネネ、燃料が全然足りねぇ! せいぜいハナのとこまでだ!」

「ここじゃなければどこだっていいさ。ああくそったれ、腕置いていっちまった。最悪だ」


 そう言ってネネは後部座席のシートに力なく横たわった。


「ネネ、寝るんじゃないぞ! そのケガで寝たら危ない!」


 ネネは再び意識を失った。


腕の忘れ物。預かりセンターはあるのかな。

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