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第六十八話

「やべえぇぇぇぇ!」


 それから少ししてイーズは走っていた。全力で、死なないために。

 運よくネネを発見したのはいいものの、彼女は人造人間に襲われ今にも死にそうだった。だから仕方なく人造人間を持っていた拳銃で背後から撃ち、適当な啖呵を切ってこうしてネネから引き離した。


「ちょこまかと! 逃げ足だけは早いんですねぇ!」


 しかしこうしてイーズは人造人間の男に追われることとなり、今度は彼が命の危機に瀕している。

 人造人間の初老の男の足は速かった。身体能力が高いとか、そういう次元の脚力ではない。瞬間移動でもしているのではないか、そう考えてしまうほどに速い。

 事実、全力疾走のイーズの前に幾度となく現れ、そして消えていく。まるでイーズをからかっているようだった。一切攻撃を仕掛けてこない辺り、本当に遊んでいるに違いない。


「いくら逃げ足が速くても私に勝てる存在なんていないんですよ!」


 遊歩道をまっすぐ走っていたイーズの背中からそんな声が聞こえた。直後、彼の腰に重く、鈍い衝撃が走る。

 男が本格的に攻撃を仕掛けてきた。


「がっ、はっ」


 ミシミシと腰骨が悲鳴を上げ、イーズの体は地面を転がる。


「なん、つー威力だよ。俺死んじゃうぞ」


 痛む腰と体中の擦り傷を堪え、わざと効いてなさそうにイーズは立ち上がる。


「なんと。あの蹴りを受けて立ち上がった一般人はいませんよ。まさかあなたは私たちと同類ではないのですか?」

「んなわけねーだろ。俺はちゃんと人間してるぜ」


 イーズは頬を叩いて気合を入れた。昔、車に撥ねられたことがあるがそれに近い痛みだ。一度経験した痛みはいくらでも堪えられる。


「それよりもあんたの方が心配だぜ」

「なに?」


 敵だというのに突然心配され、男は首をかしげる。なにも思い当たる節がない。


「ジジイのくせに無茶して走ったら明日に響くんじゃないかと思ってよ。体は大切にしたほうが……」


 言い切るよりも早く頭に血が昇った男が彼に突撃する。


「ぬわぁっ!」


 男が正面にいたおかげでイーズは間一髪で避けることができた。明らかに男の蹴りのキレが鈍っている。よほど年寄りをバカにされたことを気にしている様子だ。


「嘘だろ……」


 男の蹴りは彼の背後にあった樹木の中ほどに命中する。身長の割には高い位置に蹴った跡があるのはさておき、その木は真っ二つに割れていた。これが男の本気なのだ。こんな蹴りを受ければ人間は簡単に壊れる。

 イーズは冷や汗をかいてその場から再び逃げだした。


「もう次はない。縦に裂いてやる」


 男はそんなことを呟き、再び姿を消した。





 彼の名前はホフマン。人造人間タイプ5。ナンバーではなく、タイプと自称している。新型にのみ名乗ることができる番号を持つ彼の能力は『足が速い能力』。見た目は老人のようだが脚力が異常発達しており、走る姿を見た者は総じて瞬間移動しているように感じるほどだ。

 単純であるがゆえにその力は強力であった。蹴りを放てば壊せぬ物質はない。

 そんな力だからこそホフマンは常に慢心している。いざとなれば蹴って粉々にしてしまえばいいだけだし、危険な状況になれば逃げるだけ。()()()()

 彼はこの島の人造人間の中で一番の瞬間火力を持っている。人を殺すのはとても簡単で、つまらない。すぐに彼は殺人を犯す前に相手を弄ぶようになった。

 しかしながら今の彼はもう遊ぶことをやめた。弄ぶつもりがイーズに逆に煽られてしまっている。これ以上彼のプライドが傷つくのは本人が一番許せないでいた。だから彼は次の一撃でイーズを殺す。かかと落としで二つにして殺す。




「あのジジイまた消えた!」


 イーズは走りながら背後を見る。あの老人がいない。瞬間移動のようなものをまた始めたようだ。あの怒りっぷりなら次はないとイーズも自覚している。

 次の瞬間に殺されるかもしれない恐怖を押し殺し、彼はこの島に来た際に最初に訪れた宿舎の窓に飛び込んだ。


「ぐっ」


 割れた窓ガラスが肩に突き刺さり、痛みで顔をしかめる。腰も肩も、そして全身が打撲で痛む。涙が出そうだった。

 彼には作戦がある。ここで無駄死にするつもりは毛頭なかった。自分とネネ、どちらも五体満足で生きて帰るのが目的だ。残念ながらネネの腕がなくなってしまっているのが先ほど見えたので、彼の仕事は少し失敗しかけている。


「ここは……?」


 大急ぎで周囲を確認する。宿舎の一階、廊下の隅だ。見覚えのある間取り、そして足元にあるバツ印のビニールテープ。

 轟音がしてイーズはうつ伏せのまま顔を上げる。あの人造人間が壁を蹴り破って宿舎の中に入ってきた。


「ふっ」


 体の力が抜け、立ち上がる気力すら沸かない。ここが生死の分水嶺であり、イーズに出来る最善は尽くし終わったのだ。あとは終わるのを待つだけ。


「逃げないのですか。三方を壁に囲まれ、目の前に私がいる。ああ、言わなくて結構。逃げたくても遅いと悟ったということですよね」


 ホフマンは決着が着いたかのように驕り、勝ち誇る。


「なぁジジイ。俺はまだ負けちゃいねー。ここで寝そべって、まだ生きてるんだ」


 イーズが薄ら笑いを浮かべてただ寝ているだけで、なぜまるで勝ったかのような言いぐさをするのか、ホフマンは自分の頭でしっかり考えるよりも前に体が動き始めていた。


「生意気な奴め! ジジイジジイとやかましいっ! 私はまだ十五歳! 貴様より圧倒的に若いイィィィ!」

「はっ?」


 イーズの頭に浮かんだ疑問が彼の口から出かかったところで、男が能力を使って加速した。


「死ぃねええええぇぇ」


 秒速30メートルの高速移動がイーズに襲い掛かる。


 だがホフマンはわかっていなかった。


 イーズという男は姑息で、人を怒らせることに関しては一流だということを。

 イーズは最初から男の怒りを買うつもりで行動していた。激怒させ、彼を追うよう仕向け、そして戦闘力差のある相手を倒す。それがイーズのやり口だった。相手の攻撃をわざと受け、自分を簡単に倒せる相手だと油断させるのも作戦の一つだ。予想以上に痛い思いしているのは誤算だが。

 見事イーズの作戦に導かれ、彼はこうして最後の攻撃を仕掛けてきた。周りをよく見ず、まっすぐ向かってくるホフマン。

 だから廊下にピンと張られたワイヤーが彼の足首をスライスするのは至極当然の出来事なのだ。


「っあ」


 低い位置のワイヤーがホフマンの左足を切断し、バランスを崩す。人が認知できない速度で動く彼が転んだとしたら、それはものすごい速度で地面へ激突することになる。


「ああああがああああああっぎぎぎああがががあが」


 ホフマンが見えない速度でバランスを崩して、見えない速度で転び、そして見えない速度で床を跳ね、最後には見えない速度でイーズの背後の壁に激突した。


「……どうなったんだ」


 こうなることを予測し、事前に姿勢を低くしていたイーズは衝撃を感じた背後の壁を見る。


「あー」


 指折れ足折れ、さらには首がねじ曲がり人としての形を保っておらず、誰がここまでやったのかを棚に置いて、イーズは思わず目をそらしてしまった。とにかく、彼が予想以上にグロテスクな姿かたちに変貌していたのだった。

「俺の勝ちってことでいいよな」

 イーズは立ち上がり、腰をさする。まだまだ若いと自負しているものの、さすがに十年前と比べると体のキレが落ちている。


「ってか十五歳ってマジかよ」


 今回相手した人造人間の情報が非常に少なくほとんど対策せずに臨んだ。年齢に関してはイガラシクの力を使って深く調査しなければならないだろう。彼が本当に作り出されてから十五年しか経っていないのならば、その時代に何かがあったに違いない。しかしながら、ほかの何よりも彼の高齢にどんな理由があるのか、イーズはそればかりが気になっていた。


「さて、ネネを救ってきますかね」


 死にかけのホフマンに背を向け、大きく伸びをしてから宿舎の廊下を進み始めた。

 その時、静かにホフマンの体が再生し始めていた。イーズはそれに気が付かない。


(殺す殺す殺す殺す)


 意識を取り戻した彼の目がイーズを捉える。宿舎から出ていくよりも早く体が完全に再生し、攻撃を仕掛けるつもりだ。それほどまでに急速な再生が無音で行われていた。

 やがて立ち上がれるほどに元に戻ると、ホフマンはイーズ目がけて足を踏み出そうと動き出す。


「あ?」


 ふと、イーズは気配を察知して振り返った。野生の勘というべきか、彼はこういう場面でいつもなにか重要なことに気が付く。幸か不幸か、すでに手遅れなのだが。


「死んでしまえぇ!」


 ホフマンの声が宿舎に響き渡った。


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