第六十七話
ネネが謎の老人に襲われる少し前。
イーズは東京24区にいた。しかし二千メートルも上空のことである。彼はイガラシクの用意した輸送機に乗り、今まさに24区を通り抜けようとしていた。この高さと速さなら誰にも怪しまれることなく通過ができる。
「なあアルゴン。東京24区ってのはまだなのか?」
靴ひもを結び直しながらイーズは輸送機のパイロットであるアルゴンに声をかける。彼とイーズは長い付き合いになる。彼の方が年上で、かなり年齢が離れているものの、仲の良い友達のようなものだ。
「今まさにその上空ですよ。早く降りてください」
敬語で降下を促すアルゴンは手元の計器に夢中でイーズのことを見ていない。
「ハナからの情報によるとこの島には人造人間が何人かいるらしい。確か五人だったかな」
人造人間は一人いるだけでちょっとした軍隊の中隊レベルなら皆殺しにする戦闘力を持つ。それが五人もいるなら小さな国程度なら制圧できるほどの力になる。つまり現在の24区はいつでも戦争ができるほどの危険な地区ということだ。
鍛えているとはいえ、ただの人間であるイーズにはかなり厳しいミッションだった。見つかれば殺される。だからこそその道のプロのイーズが駆り出されたわけなのだが。
「そんじゃあアルゴン、行ってくるぜ」
イーズは壁にかけてあったパラシュートを手に取ると、手元のボタンを押してハッチを開く。轟々と風がグリーンのライトに照らされた機内に入り込み、髪の毛が自由勝手にざわめく。
「え、なんでいるんですか、もう通り抜けましたよ!」
アルゴンは今更輸送機のドアが開いたことを知り、振り返る。まだイーズがパラシュートを持って立っていた。
「え、まだ間に合うっしょ」
「アホか! 降りろって言ったじゃないですか! もう!」
輸送機の位置からするとジャンプするにはすでに遅く、24区へ満足に着地することができない状態であった。
アルゴンはぼやきながら飛行機を旋回させる。様々な国家の航空レーダーに怪しまれるかもしれないリスクがどんどん高まっていく。
「もうちょっとでチャンスが来ますよ、っていないッ!」
危険を冒してまで旋回し始めたというのに、ふと機内を見るとイーズはいなくなっていた。一番危険な状態で、それも一番距離がある位置からスカイダイビングを決行したのだ。おそらくイーズは行けると思ってのことかもしれないが、あまりにも無茶な行動にアルゴンは頭を抱えた。
「ぬわぁ!」
結果から言えばイーズのパラシュート降下は大失敗であった。無茶な状況からスカイダイビングを強行したのはもちろん、そもそも彼自身のスカイダイビングの経験が浅いこともあって海上数十メートルの位置でパラシュートを開いてしまい、彼は海に飛び込むことになってしまった。
「やばいやばい」
中途半端に開かれたパラシュートが水中で体に絡んで危うく溺死するところであったが、イーズはなんとかそれらをほどいて陸に上がることができた。
「マジで死にかけたわ」
ちゃんとスカイダイビングの練習をしようと心に決め、彼は本来の仕事を思い出す。
「ここは……?」
海から来たのだから24区の外周であることは間違いないのだが、自分の位置を見失ってしまった。ネネを救出しなければならないというのに、迷子になってしまうとは。この話はイガラシクの面々には内緒にしておいたほうがよさそうだ。でないとまたバカにされる。
「あそこにあるのが例のツインタワーかな」
彼の視界に入ったのはネネがいたビル。そこまで大きくない島なのですぐに見つけられた。
「ネネがどこにいるのか俺は知らんからな。ここは勘を頼って探すぜ」
イーズはあろうことかネネのいるツインタワーではなく、その隣にある宿舎へ走り出した。直後、ネネが脱走したことによる警報が島中に響き渡り彼はそこで身を隠すことになる。
このタイミングでまさかのギャグ回。




