第六十六話
気取った言い方をする老人だ。知りたい情報をすぐに吐かないそいつはネネにとって一番嫌いなタイプの人間だった。
「新しい家族だと? どういう意味だコラ」
「そのままの意味ですよ。人造人間№9、白銀ネネさん」
「答え方ってもんを知らねぇのか痴呆め。それよりあいつを殺したのはテメェだろ」
男の死体へ顎をやる。死体は未だに痙攣を続けていた。
「いかにも」
「あのわけわかんねぇ風はテメェの能力、そうだな?」
「まさしく」
「じゃあテメェは人造人間ってわけかよ」
「その通り。だからと言ってあなたが有利になるわけではありません。手加減をしてあげますから死なないでくださいよ」
そう言うと男はゆらりと体を傾ける。と、思いきやものすごい速度でこちらに向かって走り出してきた。人間離れした動きだ。人類最速とかそういうレベルではない。
秒速二十メートルのその動きに五体不満足のネネが対応できるはずがなく、男の蹴りを腹に受けてしまった。
「げぇっ、がっ」
恐ろしいほどの威力を持つ蹴りを食らい、ネネは地面を跳ねて転げまわる。今の蹴りでネネのあばら骨が何本か折れ、呼吸がまともにできない。
「はっ、はっ、はっ」
とにかく息をしようとするも痛みのせいで呼吸が苦しい。うつ伏せのままネネはなにもできない。
「あなたを見つけ次第痛めつけろとボスに言われましてね。安心してください、殺すつもりはないですから。ただ……」
男が動き出す。足を踏み出したのまでは見えた。が、そこから先が全く見えなかった。次の瞬間にはネネの顔に前蹴りが食い込んでいた。
「あなたは弱すぎる。手加減しても勝手に死んでしまうかもしれませんね」
男は終始無表情を貫いていた。これは仕事だと言わんばかりに興味があまりなさそうだ。傷ついたネネを痛めつけていてもなお、顔色一つ変わらないのは異常だった。あの男にとってこれくらいの拷問は当たり前の作業なのかもしれない。
「なんでもあなたは伝説の人造人間の一人なんだとか。私たちと同じで死んでも生き返るらしいですね」
追い打ちの蹴りが命中する。ネネの持っていた拳銃はすでにどこかに飛んで行ってしまった。
「ちょっとくらい殺す気でいっても構いませんかね。本物の初期型なら生き返るでしょう?」
全身が血にまみれ、意識がすでに何度か飛んでいるネネ。気が付けば街路樹に背中を打ち付けていた。もう立ち上がる力すらない。
「……く……ろ……」
「なんですか? 聞こえませんね」
ネネがなにかを口走っている。男の耳へはっきりと聞こえず、たまらず聞き返す。
「このファック野郎って、そう言ったんだよ……!」
ネネの目は死んでいなかった。左腕が千切れ、右目を失ってもなお、ネネはまだ生きることをあきらめていないのだ。それどころか彼女はこの男をいかにして殺すか、それしか考えていない。
「なんという口の悪さ。噂通りの不良なんですね」
男が足を上げる。
「これは少しばかりおしおきが必要のようだ」
街路樹を背に、崩れ落ちたネネの顔に男の無常なる蹴りが入る。何度も何度も、人が簡単に死ぬほどの破壊力を持った蹴りが、ネネの顔を作り変えていく。
ある程度ネネの顔に蹴りを入れていたとき、一発の銃声とともに男の背中に衝撃が走った。
「な、に?」
男はすぐに自分が撃たれたのだと理解した。自分の胸から銃弾が飛び出すのが見えた。
それでもなお、男は倒れることなく踏みとどまり、ぐったりして動かなくなったネネをよそに振り返った。
「あれ、全然効いてない?」
そこに立っていたのは一人の男だった。顔が腫れあがり視界不良の中ネネはその人物を見る。
「……イーズ」
そこにいた人物こそ、ネネが昼間に出会った男、イガラシクの工作員イーズだった。
彼の手には拳銃が握られており、男に向けて発砲したようだ。だがまるで効果がなくイーズは驚愕している。
「よくもやってくれましたね」
言いながら男の傷はみるみるうちに塞がっていく。最初から無傷だったのではないか、そう思えるほどその跡はなくなっていき、そして最後には本当に傷跡がなくなった。
「自己再生とかずるくない?」
「人間のくせに私を負傷させるとは生意気な」
「おい爺さん。ネネを放せ」
「嫌だと言ったら?」
「先に言っておく。俺はかなり強い」
「だから降参しろと?」
「一対一だ。強い俺とやれるんだ。楽しみをふいにしたくはないだろ?」
イーズの自信満々な態度に男の顔に青筋が立つ。
「ふん、そこまで言うならどれだけのものなのか、見せてもらいましょうか」
「来いよ爺さん、怖いのか?」
「いや、今から見せてもらおうと……」
「来いよベネット!」
「私はベネットでは……」
「野郎ぶっ殺してやるぁああああ!」
イーズは踵を返して歩道を走って逃げていった。彼の言うことと行動がまるでかみ合っていない。
意識がもうろうとしているネネでもわかる。イーズの言っていることがまるで理解できず、男が憤慨しているのを。だがそれがイーズの目的だとしたら成功だ。
「殺す」
頭に血が上った男はネネを一瞥してからイーズを追いかけていった。ネネはここから動けないだろうと判断したのだろう。おかげでネネは助かった。少しだけ休んだらイーズを助けに行かなければ。彼はおそらくただの人間だ。あの男の蹴りをまとも受ければ確実に殺される。
「クソったれめ」
自分の弱さに対して悪態をつくと、ネネは意識を手放した。
コマンド―。




