第六十四話
グロ注意。
「な、んだよクソ! 待てよ、待ちやがれ! あたしは一体なんなんだよ!」
声を張り上げるも行ってしまったシドナム達は振り返ることなく姿を消した。代わりに手術室に一人の男が入ってきた。これでこの部屋にはネネと彼女にアンモニア臭を嗅がせてきた男を含めて三人になる。
この男たちはシドナムとはまた違う白衣を着ている。そう、まるで今から手術をするかのような、そんな格好だ。
「お、おいお前ら……」
頭痛とだんだん痛んできた腕の刺激に耐えながらもネネは男たちを見る。先ほどから脂汗が止まらない。ネネが感じるのは恐怖だ。なぜなら男たちはゴム手袋を嵌め、台に置いてあったメスを手に取ったからだ。
「なにをするつもり、なんだ……!」
男たちは答えない。その代わりにメスをこちらに近づけてくる。腹部ではなく、ネネの右目に切っ先を向けている。
「聞いてんのかクソったれ共! そいつを近づけるな! ぶっ殺すぞ!」
メスの刃がいよいよネネのまぶたに当たる。それでもまだ、ネネはこれが彼女を脅すための演技だと思い込んでいた。まさか本当に痛めつけるだけの作業をするとは考えたくなかったからだ。
「やめろよ……殺すって、言ってんだろ……」
男が力を込めて、あっさりとまぶたを貫通しネネの右目にメスの刃が突き刺さった。
「ぎゃああああああああああアアアっ!」
ぶちゅ、と音がする。耳から聞こえるのではなく、目から直接鼓膜に響いてくる。男はぐりぐりとメスを捻って、ネネに与える痛みを極限まで高めてきた。
「うわああああああああああああああああ」
冷たいメスはすぐに体温で暖まり、それを感じ取れる。しばらくすると引き抜かれ、代わりに顔の右半分にぬるい感触がした。血だ。ネネの顔に血が流れている。
「テメェら殺してやる!」
右目を失ったネネの痛みは彼女の心すら傷つけた。
手術担当の男たちが首をかしげる。
「おい、なにも起きないぞ」
「まだ痛みが足りないようだな」
そう言うと再びメスが近づいてくる。またしても右目だ。今回は少し上の方から切り裂いてくる。
「うおおおおおおおおおおあああッッッ!」
今度はネネの右眉から頬にかけてバッサリと切り裂いた。肩に生温かい血が流れている。心臓の鼓動とともに血がどんどんあふれてくる。
「なにも変わらんな」
「どうせこいつは家に帰れないんだ、殺す気でやっちまおうぜ」
「おう」
ネネの目には男たちが笑っているようにみえた。この男たちはマスクの下で笑っている。人の体を切り刻んで楽しんでいる。殺す気でやると言ったが、おそらく最後は本当に殺すつもりだ。
ネネの本能が、悲鳴を上げた。
「ううううおおおおおっ」
ネネは怒りで頭が真っ白になる。まともな思考ができない。頭の中にあるのはどす黒い感情ただ一つのみ。
「暴れんな!」
「おい、押さえろ!」
その感情は、殺意。
「ああああああああああああああああああ」
頭を無理やり起こし、男の片割れの手に噛みつく。
「うわあああっ」
ぎりぎりと本気の噛みつきによって男の親指が千切れた。
「こいつ!」
口の中にある男の親指をもう一方の男に向けて噴き出す。
「うわっ」
親指は男の目に当たって怯んだ。大きくのけぞって数歩下がった。親指を失い慌てふためく男と目に異物がぶつかってのけぞる男たち。
その隙にネネは力いっぱい、本気で右腕の拘束具を引っ張る。関節が悲鳴を上げているのがわかるが、それでもネネはやめない。腕がもげるか、拘束具が壊れるか、そのどちらかしかない。
やがて拘束具のほうが壊れ、ネネの右腕が自由になる。彼女はためらいもなく近くにいた親指のない男の服の襟をつかんで引き寄せる。
「……よくもやりがやったな!」
頭突きをかますと男はぐったりと動かなくなった。衝撃の際、カエルを潰したときのような奇妙な声を上げていたがどうでもいい。そのまま手術台の反対側にいる男に向けてその体を放り投げる。
「許さねぇ、……許さねぇ!」
ネネの呟きは男の耳にしっかり入っていた。大人の男の体がのしかかり、うまく身動きが取れない状態で、果たして自由になったネネに対抗できる手段はあるのだろうか。
「ここにいる全員皆殺しにしてやる」
足の拘束具を引きちぎり、手術台から降り立つネネ。
「まずはテメェからだ……!」
鬼気迫る血まみれのネネに睨まれ、男は失禁した。だがそれでネネは許すはずがなく、床に落ちていたメスと自前の腕力を使って男を殺した。それはそれは凄惨に殺害した。
殺すまでにそう時間はかからなかった。一分もしないうちに手術室の壁は男たちの血にまみれ、ネネの体も自分のものを含めて三人分の血でびしょびしょになっていた。
「はぁ、はぁ」
手にしたメスは折れ曲がり、使い物にならない。最後のほうは指の力だけで引き裂いていたような気がする。ネネはメスを床に落とし、よろけながら手術室から出た。




