第六十話
六十話です。
ハナ達を襲撃した男女は下水道を歩いていた。男の背中には気絶したネネがいる。途中で起きると面倒なので念のため強力な薬を使って眠らせている。
「くせぇなぁ、ここはよ」
男が下水道の強烈な汚臭にたまらずぼやく。濡れないように彼らは点検用の歩道を進んでいるがそれでも臭いが鼻につく。
「スーツに臭いが染みついちまう」
「あなた同じスーツ何十着も持ってるじゃない」
一緒に歩く女、海起が言う。
「まぁそうなんだけどな。それにしても……」
男が背負っているネネを見る。寝ている顔は写真で見たものと打って変わって子供のそれだ。しかし先ほど対面したときのあの目つきの悪さと言ったら、その辺りにいる腰抜けのチンピラくらいなら怖気づくかもしれない。
「本当にこの女があの№9なのかねぇ。初期型がまだ普通に生活してるってのが信じらないね」
「私たちのボスがそう言ってるんだからそうなんでしょ」
「どっかの探偵に確認取ったって言ってもまだ信用できないね。だってこいつ腕取れかけてるじゃん」
ネネの腕は海起の起こした洪水によって折れた腕がむき出しになり、簡易的な治療が全くの無駄になってしまっていた。
「探偵だけじゃなくて中国の人造人間に確認してもらったそうよ。どこで知り合ったのかわからないけど」
「へぇ、そりゃすげぇ。あいつにそんな人脈があったなんて驚きだ。じゃあこいつはネネだ。間違いない。俺の勘がビンビンにそう言ってるんだ」
興味なさそうに男はペラペラと適当なことを話し、海起の神経を逆なでる。彼女はこういうタイプの人間が嫌いなのだ。
「少し静かにして。私のお金いらないの?」
「あ、お金欲しい。俺が悪かった」
「じゃあ黙って」
「はい」
男のギャンブルによる金銭の感覚はすでに狂っており、自分の給料では首が回らなくなっていた。そこで海起が使わない金をシドナムに内緒で渡している。海起にとっては仕事仲間を黙って従わせることができるし、男にとっても金が手に入るので言うことを聞くしかない。
「しかしナナの奴、もうネネのところにいるとは思わなかったなぁ」
「うるさい」
「ごめん」
三人の影は仄暗い下水道の闇へと消えていった。
夢を見た。ネネが遠くに行ってしまう夢を。水に流され、パニックになっているところをネネの温かい手が助けてくれた。だが彼女はもう戻ってこないような気がする。
そんな夢を見て、拓海は飛び起きた。
「うわぁ!」
慌てて起きたせいで拓海はソファから転げ落ちる。顔からフローリングに落ちたせいで鼻先をぶつけて痛い思いをした。
「あ、起きたのね」
ハナが台所からこちらを見ていた。
「ここは……?」
見覚えのないリビングに拓海は少し戸惑う。
「私の家よ。この前も来たじゃない」
「そうでした」
拓海は大きく深呼吸してからソファに座り直す。そして先ほどの出来事を思い起こすことにした。
ネネとナナをイガラシクへ引き渡そうとしたが失敗した。あの二人組によってだ。彼らは人造人間で明らかに人を傷つけることにためらいがなかった。そしてその牙は一般人である拓海にも及んだ。
ここで彼は先ほど見た夢が現実に起きたことだと理解した。ネネが連れ去られた。
「ネネはどうなったんですか!」
連れ去られたと知ってなお、拓海は現実と受け入れられずにハナに聞く。
「知らないわよ。それを今から聞き出そうとしてんの」
台所からハナがリビングにやってくる。手にはお盆。その上にジュースの入ったコップが三つある。
「はいこれ。とりあえず飲んで落ち着いて」
そういってハナはソファの前にあるテーブルにコップを置いた。拓海はコップを手に取り、一気に飲み干した。中身をよく見ないで飲んだがオレンジジュースだった。程よい酸味のおかげで心身共にすっきりした。
ハナの肩ごしに壁にかかった時計を見る。時刻は昼十二時を回ったところだ。そういえば朝からなにも食べずに過ごしていたので腹が減ってきた。口にしたのは大量の水だけだ。あれが下水だと思うと気分が悪い。
お酒がなくなりそうだ。




