第五十七話
「あー全然収まらねぇ!」
金髪の男が髪の毛をくしゃくしゃとかきむしり、こちらに歩いてくる。背が高く、わざと着崩したスーツ姿はまるでホストのような出で立ちであった。
「なああんたら、俺いくらスったと思う? あのクソ店でいくら持ってかれたと思うよ?」
男はそんなことを言いながら一歩ずつこちらに近づいてくる。
「百だぞ! 百万! 最高にツイてない俺は一文無しになっちまった。あの店絶対いじってる」
明らかにイライラしているその男がハナ達まで十メートルといったところでやってきた。これくらいの距離ならハナにとって十分な間合いだ。何かをされる前に倒せるだろう。ハナは身構え、いつでも能力を使えるようにする。
「ああ、待ってくれ。俺は戦いに来たんじゃない」
男が両手を見せて戦う意思はないとアピールする。
「じゃあなにしに来たってんだよこの野郎」
「挑発しないで、ネネ。こいつは危険よ」
平気で人を殺すような人間だ。まともではない。
「俺は、ネネ、あんたに用があってきたんだ」
「あたしだと?」
「そ。ナナちゃんはどうでもいいや。興味ない」
「じゃあ今から茶店で仲良くおしゃべりでもするか?」
「それいいね! 平和的で大賛成」
「ふざけんな。テメェみてえなドブ野郎と茶するなら一人で下水飲んだほうがマシだ」
「さっきと言ってること違うじゃん。俺傷ついたわ」
ネネと男のやり取りを聞いているだけのハナはいまだ警戒を解かず、いつでも命のやり取りをする準備をしている。
「断るのはわかってたからさ、無理やりにでも俺たちと一緒に来てもらうぜ」
「ネネ!」
「ああ!」
あの男は今、確かに俺たちと言った。つまり他に仲間がいるということだ。この場におらず、そしてこれから来る様子もない。いつ攻撃されてもおかしくないのだ。だから二人は先にあの男を痛めつけようと一歩踏み出した。
その瞬間、声が聞こえた。
『能力開放』
女の小さく、こもった声がした。と思いきや突然地面が揺れる。地震だ。大きくはないが、足元がふらつく程度に地面が揺れている。
「俺の仲間はもうここにいるんだぜ」
男が言うや否や、二人の足元のマンホールが大きく揺れる。空気が噴出し、がたがたと音を立てる。
「やべぇ!」
「くっ」
マンホールから空気が漏れるなんて考えられるのは一つだけだ。水が吹きあがってきている。二人は大きく後ずさり、マンホールから離れた。
「ううっ」
車内に残っていたナナも大急ぎで車から飛び出し、イーズと拓海のところへ向かう。
「ナナちゃんだっけ? 一体何がどうなってるんだ」
拓海は異常事態をナナに解説してもらおうとした。が、ナナは恐怖で拓海の声が耳に入っていないようだ。
「……海起ちゃん」
誰かの名前を口に出しているのが拓海に聞こえた。
すぐにマンホールが水圧で吹き飛び、上空に打ち上げられる。たまたま誰にも当たることなくアスファルトの地面に落ちたそれは轟音とともに地面を削る。
大量の下水が噴き出し、辺り一面をびしょぬれに変えていく。ネネもハナもずぶ濡れだ。
下水の中から人影が見え、水圧で同じく上空に打ち上げられた。その人物は男のそばでうまく着地するとゆっくりと立ち上がった。
やがて噴き出す水の勢いが消え、その人物の姿が見えた。
下水道からやってきたのは女だった。ずぶ濡れの白いワンピースの女は、暗い表情でハナたちを睨みつけている。
「さてどうする? 俺たちとやり合うのか?」
「上等だよ、ぶっ殺してやる」
「やる気なのはわかるけど、あんたは戦えないだろ。その腕でなにができるってんだよ」
「……うるせぇ、うるせぇんだよ」
ネネが悪態をつく。男の言う通り、ネネはまともに戦える状態ではないのは誰が見ても明らかであった。ここはハナだけで戦うしかない。だが相手は二人。それも能力がわからないハンデを背負って動かなければならない。不利な状況なのは間違いなかった。
「ネネ、ここは一度逃げましょう」
相手に聞こえないくらいの小さい声でハナはネネに言う。ネネは自分の置かれている状態をきっちりわかっていたようでだた黙って歯ぎしりをした。獣のようなうなり声も上げている。よほど悔しいのだろう。
「イーズ、やって!」
ハナは声を上げて合図をする。
「後で新しいの用意してくれよな!」
後ろでスタンバイしていたイーズはそう言って携帯電話の画面をタッチする。
「ネネ、こっち!」
大急ぎでハナはネネの襟をつかみ、引きずっていく。これからイーズの車が爆発する。大量の煙幕とともに。誰かを攻撃するためのものではなく、こういうシチュエーションに陥った場合に備えて用意してあったのだ。
ハナとネネがイーズ達のいるところまで退避したころ、彼の車のエンジン部分から白煙が上がり始める。そしてそれはすぐに大きくなり、車そのものが白煙に包まれた。爆発まであと数秒もない。
新たな刺客との闘い。




