第五十六話
「よお、ハナ! 元気してたか!」
出てきた男は白人だった。中肉中背、髪色は金、目は黒く、ぱっと見ではどこの国の人間かはネネと拓海にはわからなかった。筋肉質でもなければ脇の下になにかしらの武装をしているようにも見えない。
「元気に決まってるじゃない。ていうか目立つ車で来るなってあれほど言ったのになんでこれで来たの? バカでしょ?」
ハナが怒ったような口調で男の車のボンネットを叩く。その力は少し強めでボンネットが歪みそうだった。
「ああ、やめて! この前へこみ直したばっかりなんだよ!」
「うるさい。今更違う車ってわけにもいかないし、これしかないわね。みんな、こいつ紹介するわね。ウチの工作員のイーズよ」
ハナは一同へ振り返り、男を紹介した。イーズは屈託のない笑顔で片手を上げ、挨拶をする。ネネ達から見れば彼は悪い奴ではないみたいだがまるで強そうには見えなかった。おまけになんだか頼りなさそうだ。
「こいつなんかに任せられるのかよ」
「まぁ、なんだかんだ言って私が信頼できる奴だから。このままイーズと一緒に空港まで行って。そしたらチャーター便があるからそれでイガラシクまで一直線よ」
「チャーターまでしてんのかよ。金持ちかっつーの」
「当り前よ。イガラシクは世界一のボランティア団体なのよ。スポンサーは腐るほどいるわ」
「スポンサーの悪口はいけないぜ」
イーズが口を挟む。
「それよりハナ、急いだほうがいい。なんでネネのケガが治ってないのか気になるがとにかくケガ人なんだ」
言われてハナは気が付いた。ネネは初期型の人造人間であり自己再生の能力を持っているはずなのだ。腕のケガくらい数十秒で完治するはずだった。
「そうね、本部でちゃんと診断してもらわないと」
イガラシクには優秀な医者がいる。それも人造人間専門の研究者だ。ネネの能力不全については彼女たちに任せて、今はナナの所属していた組織について調べる必要があった。
「それじゃあ任せたわよ」
ハナはイーズの背中を叩き、後部座席に乗り込むネネとナナを見守る。
その時であった。
「…………っ!」
ハナの背筋に悪寒が走る。イーズは気が付いていないようだが、ネネも何かを感じ取ったようで目つきを鋭くさせて車に乗ろうとした動きを止める。
「ハナ」
「ええ。なにかいる」
二人が集中し、警戒しているなか、拓海とイーズはなにがなんだがわからない様子で周囲を見回している。
「え? ハナ、なんかいんの?」
「ネネ、もしかして敵?」
「うるせぇ、黙ってろ」
「うるさい、黙ってて」
ネネとハナが言うのは同時だった。それほど緊張し、警戒しているのだ。殺意を持った誰かが近くにいる。だが近くにいるのはパチンコ屋帰りの客だけ。自分の車に乗り込もうとしているがそれだけだ。あんな人間にここまでの殺気は放てない。
「あっ」
一人、車に乗っていたナナが何かを思い出したようで声を上げる。
「どうしたクソガキ、なんだってんだ!」
ネネが声を荒げてナナに詰め寄る。
「ギャンブル、好きな人が私の仲間にいたような……」
「そいつがここにいるってのか、ああ?」
ネネはナナの胸倉をつかみ、引き寄せる。それは問い詰めるというよりは尋問のようだ。
「わかんないよ、だって昨日の今日でここまで追ってくるとは限らないし」
『なんだてめぇは! なにガンつけてんだオラァ』
この声はこの場にいる誰のものでもない。全員が声のした方を見る。
『うるせぇな。邪魔だっつったんだよ』
『ンだとオラァ、ぶちかますぞ、ああ?』
先ほどパチンコ屋から出てきた客の男と別の男が揉めていた。どうやら後から出てきた若い金髪の男が絡んできたようで、男は舐められまいと必死に大声で怒鳴っている。なんでもない、こういうところならたまに見る光景なのだろう。
だがナナにとってそれは信じられない出来事だった。金髪の男を見たナナの体は恐怖で震え、それはネネにもわかるほどだ。
「あ、ああ……」
「なんだ、あいつはテメェの仲間か?」
「なんでここにいるの……」
「クソが」
ネネは怖がるナナを突き飛ばし、ハナへと向き直る。
「どうやらお客さんのようだぜ」
「そうみたいね。イーズ、拓海君を車の後ろに隠して一緒にいて」
「おうよ」
イーズは拓海を連れて男の影になるように車の後ろに移る。
『俺は今機嫌がめちゃくちゃ悪いんだ。マジで殺すぞ』
『だったらやってみろってんだ、オラ、殺してみろよ』
殺してみろと言われた金髪の男がポケットから何かを取り出した。とたんに絡まれた男の体が崩れ落ち、動かなくなった。ハナ達から陰になっていたので何が起きたのかわからなかったが、あの金髪の男は本当に殺してしまったらしい。
登場人物が多いと状況描写が面倒くさいね。




