第五十五話
今回酔った勢いで書いたあとがきが非常に長いです。
次の日。ネネ、ハナ、拓海、そしてナナの四人は一緒に行動していた。彼女たちはハナの運転する車に乗り、集合地点へと向かっている。
「あのハナ先輩……」
沈黙の車内にて、後部座席に座る拓海が口を開く。
「俺たちどこに向かってるんですか」
「駅の反対側にある駐車場。そこで待ち合わせしてるの」
「待ち合わせって、俺もそこにいないといけないんすかね」
「今更遅いの。運が悪かったのよ。かわいそうだとは思わないけど」
「はぁ」
これ以上話すなと言わんばかりの空気を醸し出しているハナに、拓海はおとなしく引き下がった。
一同はこれからイガラシクの工作員と合流しようとしている。病院に行くことができないネネの治療とナナの安全確保が目的だ。ハナの家では治療に限界があり、どこから敵が来るかわからない以上、ハナが知る限りこの世で一番安全であるイガラシクに二人を引き渡した方が良いと考えた。
ハナは二人を工作員に任せた後、拓海を家に送り返す予定になっている。
「全く、本当いい子なんだから」
誰にも聞こえない程度にハナは悪態をつく。
ハナにとって拓海のことは完全に計算外であった。彼は自分の家にいればそれだけで身の安全を保障されるというのに、それを知らない拓海は朝方になってのこのことハナの家にやってきた。傷ついたネネのことが心配になったらしく、頑張って早起きをしたそうだ。
このまま拓海を家に帰してもいいのだが、彼も今回の当事者になってしまっているので一人で出歩かせるわけにはいかない。仕方なくハナが家まで送り届ける必要が出てきた。だからこうして車で連れまわしている。
「悪いな、ハナ。うっかり寝ちまってよ」
後部座席のネネがケガした腕を押さえながら話しかけてきた。
「いいの。一週間くらい寝なくても平気なんだから」
「マジでか」
「その代わりあとでめちゃくちゃ寝るんだけどね」
昨晩、ネネとハナはナナの監視をするために徹夜で起きていなければならなかった。敵対していないとはいえ、味方でもないからだ。素性も知らない相手と同じ屋根の下ぐっすり眠るわけにはいかない。
だがネネはうっかり寝てしまった。ハナ秘蔵の痛み止めに眠くなる成分が含まれていたのだ。別にネネが寝てしまったところで問題はなかったのでそのままにしていたが、彼女はそれをとても悔やんでいるようだった。
「なんていうか、迷惑かけて申し訳ないです」
助手席のナナがうつむきながら言う。安全のため、ナナの手には手錠がかけられている。人造人間ならば何かしら危険な能力を持ち、それを使われるわけにはいかない。本来ならもう少し強めに無力化するべきなのだが、夜の間ナナは何一つ行動を起こすことはなかったので様子見でこの程度にしている。まさかネネと同じくナナも寝てしまうとはハナは思ってもいなかった。自分が殺されるかもしれない緊張感がまるでない様子に、ハナはちょっとだけ睨みつけたが、疲れていたのかぐっすりと寝ているナナには全く効果がないのであった。
「確かに面倒ごとだけど、あなたがどこの誰か洗いざらいしゃべってくれればそれでチャラにしてあげるわ。それが私の仕事だからね」
ナナは許してくれたのか嫌味を言われたのかわからず、やはりうつむいたまま顔をあげることはなかった。
「さて、到着したわよ! みんな降りて」
ハナの家から車で十五分、踏切を越えてすぐの駐車場に車を停め、ハナは車から降りた。
「ここまで来んのは初めてだな」
「そうだね、この辺はなんもないからね」
車から降りるネネと拓海の会話を耳に、ハナは助手席側に回り込んでナナを車から降ろす。ナナは手錠をしているのでバランスが崩れないように手を貸してやる。
「すいません、ありがとうございます」
「そういうのいいから。これで手錠が見えないようにしといて」
そう言ってナナの肩に上着をかける。その様子を見ていた拓海はまるでナナがテレビニュースで見るような犯罪者のようだと思った。
「おい、あの建物はなんだ?」
ネネが声を上げて近くにあった建物を指さす。
「ああ、あれは……」
拓海はなんと説明すればいいかわからないでいる。釣られてハナもその建物を見ると拓海の気持ちが少しだけわかった気がした。
「あれはパチンコ屋ね。私たちには一生関係ないところだから無視して」
ハナ達がいる駐車場はパチンコ屋のものだった。広く、周囲を見渡しやすい場所といえばハナの頭に最初に浮かんだのがここだった。
「あそこはなにするところなんだ?」
興味津々のネネは話を切り上げられたことに気が付かず、拓海に質問する。
「お金かけて、なんかギャンブルするとこかな? 俺もよく知らないんだよ」
「そっか、じゃあいいや」
ネネもギャンブルと聞いて興味を無くしたようで視線を自分の腕に向けてさする。眠くならないタイプの痛み止めが効いているが、開放骨折した腕はパンパンに腫れあがり全く動かない。
「みんな来たわよ」
駐車場に入って来たのは一台のピックアップトラック。金持ちの道楽としか言えないほどの燃費の悪いその車は、ハナ達のそばで停車すると運転手が降りてきた。
僕はギャンブルをやらないけれど学生時代にパチンコ屋へ行ったことがある。
そういうのが大好きな知り合いに連れられてパチンコ台の席に着き、千円札を機械に挿入する。するとちょっとばかりのコインが出てきた。今思えばあれはスロットってやつだから正確にはパチンコをやったことないのだがそれはご愛敬。
出てきたコインを機械に詰め込んで楽しむわけなのだが、僕はどんくさいのでコインを床に落としてしまい誰も気にするわけでないだろうに慌ててそれらを拾い集めた。コインを入れるケースがすぐそばに用意されているというのに、耳鳴りのするような店内の騒音と初めての緊張感から気が付かずにこんなことになってしまった。そのあたりで自分が何をしに来たのかわからなくなってきた。千円札をシュレッダーにかけたような気分、そしてコインを床にぶちまけ羞恥心がつのる。ここまで楽しいと思えることが何一つなく、本音を言えば帰りたいなと考え始めていた。
大衆の前でかき集めた鉄の板切れ共を投入口へ一枚一枚丁寧に入れていく。僕は一枚一枚がなにかアクションが起きるわけでもなく上から下へと落ちていく様を眺めてさらに高揚感を失っていく。これは何か、何をしているのか。周囲はうるさいし、照明はまぶしいしで歌が苦手な僕にとってカラオケも好きじゃなかったが、こいつはそれよりもはるかに理解のできない世界であることを確認した。カラオケはうるさいけれど暗いから体力にもよるが眠ることができた。ここはそれができない。快適なイスでもないし背もたれもない。一応、あるにはあるがあまりにも小さい背もたれに存在価値を汲み取れない。
辛くはないが、楽しくもないコイン投入を続けていくうちに僕はあることに気が付いた。隣に座る知り合いの表情が全くの無であることを。そして周囲に座るおじさんおばさんの表情もまたそれであることに。感情を読み取れないどころかそのものを無くしてコインの消費に励む彼らを見て僕は一瞬の不安感に襲われた。
今でもそうだが当時はさらに人生経験が浅かったわけで、そんな世界に突然放り込まれて恐怖しないほうがおかしいのではないだろうか。興味本位で来るべき場所ではなかったのだと後悔すら感じた。
やがて千円分のコインを消費し、当時のバイトの時給以上の消費をしたところでふと腕時計に目をやる。店内に入ってから五分しか経っていなかった。精神を消耗しただけのあの時間はたかが五分でしかなかったのだ。隣の知り合いは次々にお金を機械へ投入しており、後になって知ったのだがコインが終わり、完全にやる気を失った僕が席を立って店内をただただぶらぶらしているたったの十五分の間で五千円をすったという。にわかには信じられない出来事だ。五千円の価値は相当なものであり、それだけあれば一週間分の食費になるだろう。それがこの十五分で無となり得るものが何一つ存在しない経験の一つになったのだ。やがて僕らは店を出ると、知り合いは乾いた笑いと共に使った金額を僕に告げ、その日彼は一銭も使うことはなかった。
時間とお金以上にその知り合いには失ったものが大きいような気がして、僕はこれ以降ギャンブル、とりわけパチンコには興味の一つも持たなくなった。
これは僕の、ああはなるまいと心に決めた学生時代の記憶の一つである。




