第五十四話
謎の人造人間、ランヂによる襲撃を退けてから二時間後、ネネたちはハナの家にいた。彼女の家は高校からすぐの位置にあり、それでいてネネの住む白銀家からも近かった。白銀拓海は夜も遅いということで家に帰らせた。
「まさかお前の家がこんな近くにあるなんてな。そりゃあすぐに駆け付けられるのも訳ねぇわな」
ネネはリビングのソファに寝ころびながらそう言った。その表情に余裕は全くない。
「そんなとこで寝ても具合が良くならないわよ。上にベッドがあるからそこで寝なさい」
手についた血を洗い流し、タオルで拭きながらハナは言った。
ネネの左腕はランヂとの戦闘の際にぽっきりと折れてしまった。それも高所から落ちたせいで複雑骨折となり、骨が皮膚を突き破って飛び出していた。誰がどう見ても大怪我であることには間違いないのだが、ネネにはどうしても病院に駆け込むことができない理由があった。
ネネは人造人間であり、人権がないのだ。国籍は存在せず、身分もイガラシクの用意した偽りの物だ。そんな身で病院の世話になれば、治療のおまけに警察によって面倒事になるのは目に見えていた。だからネネはここまでのケガをしてもなお、病院に行くことができないでいる。
「クソったれめ、気分が悪い」
そんな状況を知っているハナはネネを自分の家に招き入れ、適切な応急処置を手早く済ませた。もう日付を超えた今はどうあがいたところでできることはない。
ネネにはつらく苦しい夜となるだろうが明日まで待機してもらい、午前中に彼女をイガラシクへと搬送する。それだけがネネの腕の治療をする手段だった。
「肩貸してあげるから早く上に行こう」
ハナがネネの右腕を掴んで立ち上がらせようとするも、ネネがそれを拒んだ。
「待てよ。まだくたばるわけにはいかねぇんだ。気を抜くと気絶しそうなくらいしんどいが、あたしらにはやらなきゃなんねぇことが残ってる、そうだろ?」
そういうネネの視線はリビングの隅で膝を抱えてうずくまる少女に向けられていた。ハナもつられてその少女を見る。
「何言ってるの。あとは私が話を聞いておくからネネは寝てなさい」
「ダメだ。あたしの腕がリッチー・ブラックモアのギターみてぇになっちまったのは、あのクソガキのせいだ。あいつがどんな歌を歌うのか今から楽しみでならねぇ」
自分の話題となり、少女が顔を上げた。
「おいクソガキ、テメェの名前はなンだ?」
ネネはソファから起き上がり、少女に話しかけた。ハナは腰に手を当ててネネのそばに立っている。
「え、あの、わ、私は……」
少女は二人の眼光に負け、目をそらす。
「自分の名前ぐらいさっさと言いやがれ。無けりゃクソガキだ」
「私はナナです!」
ネネに急かされ少女は早口で名乗った。
「ナナ? ハナがここにいて、そんでテメェがナナだと? クソっ、似た名前が多いな」
同じナ行の名前を持つ自分のことを棚に上げてネネは悪態をつく。彼女がナナと仲良くしていこうという気持ちがハナにはまるで感じ取れない。
ハナはナナの出で立ちを観察する。背は低い。130センチ程度だろう。恰好はなんの変哲もないよくあるカジュアルスタイル。シャツにズボン。ナナが子供なら少し大人びている程度だ。しかし彼女のシャツは傷が酷く交通事故にでも遭ったのかと勘違いしてしまうほどだ。全身のあちこちが擦り切れ、泥と埃にまみれている。
「まずはそうだな、テメェがなぜあそこにいたのか洗いざらい吐いてもらおうか」
ネネが口を開く。
「私はあなたが戦ったあの男に追われてました。捕まれば殺される、そんな状況だったんです。私はとにかく走って走って、走り疲れてたまたま逃げ込んだ先があの倉庫だった」
「鍵はどうした? 最初から壊れてたのかよ」
ナナが隠れていた体育倉庫の鍵は何者かによって意図的に壊されていた。あれだけ大型の鍵を子供のナナに壊せるとは考えにくい。少なくともナナが普通の人間ならば。
「いいえ、あの鍵は私が壊しました。お金は、今はなくて、すぐには弁償できそうにないです」
「弁償とかどうでもいいわ。普段ネネの壊す備品のほうが高いんだから」
ハナが口を挟んだ。ネネがいつも校内でケンカするせいであちこちが壊れる。そのことを本人が気にしているのかどうかはまた別だが。
「ナナ。単調直入に聞くわ。あなたは人造人間ね」
場の空気が張り詰める。この質問がいつか出てくることは全員わかっていたし、それをハナがしただけのことである。しかし、本題に入ってしまえば後戻りはできない。ナナがどう答えようが誰にとってもこれから面倒くさい事態になる。
「……はい」
リッチーブラックモアはギター破壊の先駆者、だと思う。




