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独りぼっちの紅い風 ~スモールアドベンチャー第四章~  作者: 山羊太郎
第一章 アクト・オブ・バイオレンス
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第五話

 今日の天気予報ではくもりだと言っていた。だがそれは大はずれ。雨が降り出し、すぐに土砂降りになった。遠くの方で雷の音がする。


「はぁ……はぁ……」


 拓海は木にぶつかったまま動かない不良のもとへ向かう。走ったせいで息切れがする。

 それに加えて気分が悪い。不良が全く動かないのだ。うつ伏せのままピクリともしない。


「あの……」


 恐る恐る体を揺らし状態を確認する。不良の体はなにかに引っかかっているようで仰向けにできない。拓海は角度を変えて様子を伺う。


「ッ!」


 地面から飛び出した木の根っこが、不良の顔面に突き刺さっていた。目と口にそれぞれ深く刺さり、どうみても死んでいた。今まで死体を見たことのない拓海でも死んでいるとわかるほどの損壊具合だ。


「やっちまった……」


 拓海は人を殺してしまったのだ。


「お、俺、俺……」


 胸が苦しくなり、拓海はその場に手をついて吐いてしまった。事故とはいえ、彼の行動が原因で人が死んだ。それは変わることのない事実だ。


「くそっ、自己防衛だ。これは自己防衛なんだ!」


 自分に言い聞かせながら口元を拭う。立ち上がって考える。

 あれは殺されそうになって逃げたうえでの相手の事故だ。拓海自身が殺意を持って殺したわけではない。大丈夫、自分は悪くない。そう言い聞かせ、拓海は警察へ電話すべく、死体に背を向けて携帯電話を取り出した。


「警察の番号は……」


 普段使うことのない番号を思い出し、電話をかけようとした。そのときだった。


「おいちょっと待てよ」


 声だ。この場には拓海しかいない。それなのに背後から声がする。誰かいるとすれば先ほどの不良の死体だけだ。声はあの不良と同じ。


「ちょっとさぁ、死体をそのまま野ざらしにするなんてひどくない? せめておめーの来てるパーカーくらいかけてやんなよ」


 嘘だ。そんなことはありえるはずがなかった。まさか死体が生き返るなんてありえないのだ。

 やたら他人事のようなセリフということは、もしかしたらこの場に他の目撃者がいて拓海に話しかけているだけなのかもしれない。なんにせよ今日はこれ以上恐怖体験したくなかった。


「死体がしゃべるわけないよな。ありえない」


 振り返り、不良の方を見る。


「ところがどっこい、そんなことはないんだぜ」


 そこで、不良が木の根から自力で抜け出し、今まさに立ち上がろうとしていた。拓海はまるで信じられなかった。声は動転して聞こえたような気がしただけで、気のせいだったと思いたかった。

 だが実際に目の前で死体が動き出した。不良の死体の顔はやはり片目が潰れ、口からおびただしい量の出血をしている。致命傷のまま動き出したのだ。


「ひっ」

「ガキ、この世の中はな、ありえないことだらけなんだよ。俺たちの存在もありえないはずなんだ。だがありえないことはありえないってどっかの漫画にあったっけな。まさにそれだ。これが現実なんだ、受け入れろ」

「嘘だろ、そんなことって……」

「俺は人造人間№60。人の姿をした化け物だ」


 不良の顔が再生していく。ぐちゃぐちゃと音を立てて筋繊維が再構築しているようだ。聞いていて不愉快になる音はそう長く続くことはなく、すぐに彼の顔はもとに戻った。


「人造人間にはお前らのような雑魚にはない個別の能力がある。俺は『生き返る能力』。どんなケガを負ってもすぐに治っちまう。一日一回だけだけどな」


 よくしゃべる男だ。聞いてもいないことをべらべらと話すせいで知りたくもない情報が拓海の頭の中に入っていく。


「嘘だ」

「嘘嘘うるせぇな。これが事実なんだよ。俺は一回死んじまったからもう死ねない。だがな……」


 不良はナイフの切っ先を拓海に向ける。


「俺より先にてめーが死ぬ。それは間違いない」


 そう言った時には不良が拓海のもとへ駆け出していた。あまりに早い動きに拓海は付いていけず、右腕を切られてしまう。


「ぐあっ」


 深い切り傷だ。まだ血は出ていないがすぐに恐ろしい量の出血がやってくるだろう。


「まだ死なせないぜ。久しぶりの殺しなんだ、楽しませてくれよ」


 口元を醜く歪ませて笑う男に、拓海は声を上げて逃げ出すことしかできなかった。

 殺される。このままでは冗談ではなく殺されてしまう。まだ十五年しか生きてこなかった拓海でもあのサイコキラーは危険だと本能が危険を知らせてくる。


「嫌だ! 死にたくない!」


 拓海はなりふり構わず不良に背を向けて走り出した。その方向は山のふもとと正反対だった。







 気が付けば拓海は小屋の中にいた。まだ山の敷地内だ。下山しようとしたが、あの男の気配が先回りしているような感覚が襲ってくるのだ。逃げる拓海を見て楽しんでいるのかただ気のせいか。とにかく怖くて山を下りられない。

 雷雲が拓海の真上にいるようで激しい雷雨となっている。ここまで天気が悪くなるとは誰が想像しただろうか。これでは大声を出して近所に助けを呼ぶことはできない。携帯電話は逃げる際に落としてしまった。


「なんてザマだよ……」


 もう走って逃げるだけの体力は残されていない。雨の山道を走るとより体力を消耗するものだ。もっと体を鍛えておけばまだマシだったかもしれない。そもそも母親にあんなことを言わなければここに来ることもなかっただろう。拓海の頭の中は後悔でいっぱいだった。


「俺、ここで死ぬのかなぁ」


 そんなことを呟きながら拓海は小屋の壊れていない壁にもたれかかる。この小屋はかなり古く、半壊していた。雨風をしのぐには心もとないほど老朽化が進み、屋根に大きな穴が空いている。風向きによっては雨が吹き込んできた。


「人造人間だって? 生き返るなんてまだ信じられない」


 拓海はあの不良が近くにいないか辺りを見渡して警戒する。心の声が思わず漏れてしまっているが、この雨では数十センチ先にいたとしても聞き取れない。

 ふと、壊れた屋根の下には残骸が溜まっているのに気がついた。もし武器になりそうな角材があればと思い、拓海は左手で瓦礫を漁る。


「やべぇ、くらくらしてきた」


 拓海の出血は止まることなく流れ続けている。すでにここまででかなりの量の血を失っており、目の前が暗くなってきた。


「死ぬのは嫌だ」


 必死に瓦礫を掘り進めると、なにか手ごたえのあるものを掴んだ。腐った木材や泥ではない。それが何か気になり、とりあえず引っ張り出してみる。


「うおッ」


 それは手だった。人の手。拓海は誰かの右手を掴み、持ち上げていた。衝撃でその手から泥が落ちる。


「なんだよ!」


 手は瓦礫に埋まっている誰かのものでかろうじて体の形を保っている状態だ。腕の一部が白骨化し、残った肉が腐っていた。


 ホームレスだろうか。ここに住んでいたが屋根が崩れ下敷きになったまま息絶えた。そう考えるのが自然だろう。


「なんだかなぁ」


 自分が死ぬまえに二回も人の死体を見てしまい、気持ちがよりダウナーになる。死体の手を掴んだことでさらに拍車がかかる。


「この人は、もしかして殺されてたりして……」


 拓海を追う殺人鬼のように、この場所で放棄された死体かもしれない。彼の頭の中で考えうる一番最悪の想像が膨らむ。この状況なのだからよほど人の死に慣れていないと誰もそう考えるはずだ。


「残念ながらそうじゃねーよ」


 小屋の入り口から声がして振り向くとあの不良が立っていた。拓海の心臓が大きく跳ね、胸が苦しくなる。とうとう見つかってしまった。


「よく考えてみろよ、ガキ。その死体はどう見ても瓦礫の下敷きになっただけだろうがよ。運悪くマズい場所でも打ったんだろうよ。それに、もし俺が殺すなら死体は見つからないようにもっと深いところに埋めるね」


 さらっと怖い趣味の話をする不良。彼の言う通り、殺されたのならば埋められるはずだ。拓海は血を失いすぎて頭が回っていないのだ。ここにやってくるまでにたくさんの血を流した。


「てめーのその血でこの場所まで来れたんだぜ。まさかこれから死体が二つになるとは思わなかったが」


 言って不良は小屋の中に入ってくる。拓海は大慌てで小窓から外に脱出する。

 しかしすぐに外へ回り込まれてしまい、拓海の前に立ちふさがる。


「いい加減に楽になっちまえよ。どうせ死ぬんだ」


 腰が抜けて尻餅をつく拓海に向けて、不良がナイフを振り上げる。

 絶体絶命。これ以上どうすることもできない。拓海はぎゅっと目を瞑り、これからやってくる痛みに備えた。


(『止めてくれ!』 まだ死にたくない!)




 その時だった。




 最悪と呼べる天気の中、一本の雷が彼らのすぐ近くに落ちる。拓海の正面、不良の背後だ。雷は小屋に落ち、残骸を吹き飛ばす。


「おおっと、なんだよ、めちゃくちゃ近いじゃんかよ」


 二人とも体にビリビリと電気を感じ、背筋が凍る。あと数メートルずれていたら直撃していただろう。

 不良が振り上げたナイフを下ろし、背後の小屋を見た。


「……おっ?」


 吹き飛ばされた小屋の跡にはあの白骨死体だけが残されていた。拓海の掴み上げた右手は上空へ突き上げられている。


(あれ……?)


 拓海が触れた際と比べて死体の腕がさらに上に向いていた。雷の衝撃で動いただけだろうか。

 次の瞬間、拓海の考えは間違っていたことがわかる。

 死体から大きな音が鳴る。バリバリと、耳を覆いたくなるような残酷な音だ。先ほど不良が蘇ったような音そのものだ。


「おいおい、こんなところに人造人間がいたってのかよ」


 彼はその様子を見て仲間だと思った。人体が再生していくなら人造人間で間違いない。ならば自分と同じ仲間だろう、と。


「ってことは隕石の正体はあんただったのか?」


 まだ再生途中のそれに話しかける不良。段々と死体は肉から皮へ、そして体毛を復活させていく。

 その隙に拓海は再び逃げ出そうと動き出す。だが駄目だった。まるで体に力が入らない。極度の精神的ストレスと肉体へのダメージにより体の限界を迎えていた。もう彼に動く手段はない。


(くそっ、もうだめだ)


 ぬかるんだ地面にうつ伏せになり、万策尽きた拓海。再生していく死体の音が耳障りで気がおかしくなりそうだった。


「……がぁああ!」


 ついに死体は完全なる体に戻り、声を発した。その死体は女だった。薄暗い山でも拓海は分かった。あの体格は男ではない。尻は丸みを帯びており、シルエットで胸の形が見えた。

 なぜか不良の顔が引きつっていた。


「おいおいおい、てめぇは誰だ!」


「うああああッ!」


「誰だてめーは! 誰だ!」


 女は立ち上がろうと大地に手を突く。拳を地面にめり込ませ、力任せに立つ。立ち上がったものの、足元がふらついている。


「お前みたいな仲間、知らねーぞ! どこのどいつだ!」


 不良は女に対してナイフを向けて怒鳴り散らす。相当慌てている様子だ。

 やがてまともに立っていられるほどまでに回復した元死体こと、女は彼らに向かってゆっくりと近づいてきた。

 彼女は不良の横を素通りし、拓海との間に割って入る。


「答えろ! このナイフが見えねぇのか、殺すぞ!」


 不良の言葉など聞こえていないかのように女はゆらゆらと揺れている。


「そうかい、答えるつもりはねーってか? だったらぶっ殺してやるよ」


 そう言って不良はナイフを逆手に持ち直し、女に向けて走り出した。

 女は彼が攻撃してくるのを確認すると目を見開いた。曇りなき茶色の瞳だ。

 不良の薙ぎ払いを交わさず、両手を使って受け止める。手を掴んだ女は強い力で彼からナイフをもぎ取り、空いた手で顔面を殴りつける。


「ぷあっ」


 盛大に鼻血を噴き出しのけぞる不良。その隙に女はナイフを彼の腹に突き刺した。ためらいもなく、遠慮もなかった。


「ぐっ」


 刺しただけではなく、さらにナイフをひねって空気を入れる。致命傷だ。


「ああ…………あ……」


 内臓を傷つけたようで、口から血を流して声にならない声をひねり出す。

 女はさらに不良の髪を掴み、地面に引き倒した。抵抗なく倒れた彼の上に乗り、首を絞め始める。


「や、め……」


 必死に女の手を引きはがそうともがくも、女の力は彼の力を上回っていてどうすることもできなかった。


「……じ、ぬ!」


 息も絶え絶えに、死にたくない意思をアピールするも女には全く響いていない。ついに女は不良の腹に刺さっていたナイフを引き抜き、首元に当てる。


「おい、嘘だろ」


 そう言ったのは拓海だった。彼も不良を事故とはいえ殺してしまったが、女のやろうとしていることは明確な意思を持った殺人だ。


「はっ」


 拓海には女が笑ったような気がした。


「んんんんん!」


 彼の断末魔とともに、女はあっという間にナイフを動かして不良の息の根を止める。激しい出血とともにびくびくと体を跳ね、苦しむ不良だったが、すぐに動かなくなり死んだ。

 死んだ彼の体は速攻で変色する。色を失ったかのように白く変わり、粉状になって雨風によって溶けて消えていった。人造人間が死ぬと姿かたちも残らないらしい。

 完全に消えた不良を見届けると、女は立ち上がり拓海の方へと向き直った。髪の毛が雨に濡れ、顔に張り付いている。


「あなたは、誰?」


 こんなイカれた状況で拓海は自己紹介をする気にはなれない。どうせこの女に殺される。名乗る必要はまるでない。しかし彼女が不良から命を救ったのは事実だ。どうするべきか考えていると、再び近くで雷が落ちた。

 一瞬の閃光で見えた全裸の女はスタイルが抜群だ。背が高く、魅力的な胸が露わだ。拓海は死ぬ前にイイものを見てしまい、図らずとも心拍数が上がる。


「あたしは、誰だ」


 雨風の音で、拓海は女の言うことがうまく聞き取れなかった。


「くそったれ、あたしは……」


 雨に濡れた女は糸が切れるようにその場に倒れこんだ。どうやら気絶したらしい。これで拓海は生き長らえた。助かったことにより緊張が切れ、彼もまたその場で意識を失った。

 


男が死んだ

女が蘇った

そして物語は動き出す

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