第四十八話
「あ? なんであたしの名前を……」
ネネは眉をひそめ、女の子の腕をつかむ手に力が入る。ギリギリと音を立て、女の子は痛みに顔を歪めた。
「あ、痛い」
「状況が変わった。テメェは何モンだ、なぜあたしの名前を知っている?」
記憶のないネネを知る人間は極限られており、そのほとんどが人造人間だ。彼女はこの生活が始まってからの知り合いではないので、この女の子は記憶がなくなる前の知り合い、もしくは敵である可能性が出てきた。
「やめて、痛い……!」
答えを吐く気が見えないのでネネは女の子の腕を折ろうと手に力を込めたその時だ。
「あ、なんすか、ちょっと!」
外から拓海の声が聞こえ、ネネは腕をつかんだままそちらに顔を向ける。
「ネネ、ちょっとヤバイって」
拓海は外を見ながら後ずさりして倉庫に入ってきた。拓海に続いて知らない男が入ってくる。見覚えがないのでこの高校の教師ではない。それどころか危険人物で間違いがなかった。
なぜなら知らない男の手には大きなナイフが握られており、その切っ先を拓海に向けているからだ。
「おい、なにしてやがる。ナイフのマズい方がこっち向いてるぜ」
さすがにネネは女の子の腕を放し、拓海の前に割って入った。
黒髪ロングの男は背は高いが筋肉質というわけでもなく、ケンカ慣れしているネネなら簡単に倒せそうであった。問題は彼の手に握られたナイフだ。20センチはある大型のナイフで切られればどこであったとしても致命傷になりかねない。
だがそれはこちらも同じだ。なにせここは体育倉庫。人を殺せる道具はいくらでもある。
「あんた、今ネネと、そう呼ばれたよな?」
男が口を開く。
「だとしたらなンだってんだこの野郎、あたしがテメェの母親だっつったら信じンのか。あたしはネネだよ、なんか文句あんのか、クソモヤシ野郎」
男のナイフの先がピクリと動く。だが攻撃してくる気配はない。なにか男にとって思いついたことがあったのかもしれない。
「ああネネ、ネネか! こいつはすごい!」
男の口元が歪み、くくくっと静かに笑い始めた。その光景はネネにとって、そして拓海にとっても気持ち悪く、不気味であった。
「こんなところでネネに会えるとはなぁ! 俺は幸運だ」
「あたしのファンだってのか? 悪いがサインは用意してねぇからな」
「そんなわけないだろ、うぬぼれんな。俺はお前を殺したいんだ」
場の空気がさらに張り詰める。拓海が一歩下がり、女の子とともに体育倉庫の奥へと避難した。
「殺す? あたしをか?」
「ああそうだ。そこの反逆者を殺すのが俺の仕事なんだ。これ以上はなにも言わないからここはおとなしく死んでくれ」
男はそう言うとナイフを持ち直し、彼女の腹を刺そうと姿勢を低くしてネネへと向かってきた。
「うおっ」
ネネは間一髪でナイフ攻撃を避け、男から距離を取るべく倉庫から飛び出した。出る際に壁に掛けてあったバットを再び手に取る。
「逃げるのか。だったらまずはこいつらを殺してからだ」
逃げたネネを無視し、男が丸腰の拓海と女の子を狙い始めた。
「クソ野郎!」
ためらうことなくバットを投げつけ、男の後頭部に命中させる。鈍い音が響き、男の赤い血しぶきで倉庫の床を汚す。
「ぐえっ」
倒れかかった男が床に伏せる前に、ネネが走り寄って男の首根っこをつかむ。
「だらぁっ!」
ネネはできるだけ拓海達から距離を取るため、脱力した男を引きずり倉庫から出て行った。
「お前らここから出んじゃねぇぞ! わかったな!」
男を強引に外に放り出すとネネは拓海にそう告げて体育倉庫のドアを閉めた。耳鳴りがするほどの轟音を上げてドアが閉じ、ネネと拓海達が分断される。
その音で男が意識を取り戻して立ち上がる。
「テメェ立ちやがったな。クソ頑丈な野郎だ」
「不意打ちとは……、まあいい。俺のことを頑丈だと言ったな。その通りだ、俺は人造人間だからな。聞いたことはあるだろ?」
男はナイフを倉庫内に落とし、丸腰だがそれでもネネ相手に恐れる様子は全くない。それどころか首をポキポキと鳴らし余裕の表情を見せる。




