第三十七話 エピローグ
エピローグ
その日の深夜、誰もが寝静まる頃、六条ハナは自宅近くの公園にいた。彼女はある人物を待っていた。ブランコに座り、じっと待つ。風すら吹かない静かな夜だ。
ふと、顔を上げるとこちらに向かって誰かが歩いてきていた。足音がまるでせず、気が付いた時心臓に悪い。
「待たせたわね、ハナ」
腰まで届くような長い黒髪が一歩進むたびに左右交互に揺れている。その女は日中とはかなり雰囲気が変わり、夜の似合う雰囲気を醸し出していた。危険な香りを振り撒き、ハナを緊張させる。
「だいぶ待ったわよ。一体どうしたの?」
「ウチの子がなかなか寝付かなくてね。成長期だというのに困るわぁ。背が伸びないじゃないの」
「あなたも『あいつ』もそんなに背が高くないし期待しないほうがいいわよ」
女の顔が雲の切れ間の月明りに照らされてはっきりと見て取れる。表情はなく、感情が表に現れていなかった。
ハナと何気ない世間話をするその相手、それは白銀拓海の母であった。
「それで、ネネはどうだったの」
拓海の母がブランコに座るハナの目の前までやってきてそう言った。
「今日も人造人間と戦ったわ。正直言って結構苦戦した。ネネはまだ弱い。今のままだとすぐに殺されるわ」
「そうならないようにするのがあなたの役目。できないならここで消えてもらうしかないのよ」
背筋に悪寒が走る。心臓が激しく脈打ち脂汗が額ににじむ。おまけに身体中の皮膚がピリピリと鳥肌が立っていた。
「待ってよ、こんなところで『能力』は使うもんじゃないわ。『あいつ』との約束でしょ」
ハナの言う『あいつ』とは、お互いにとって大切な存在であり、それぞれが今を生きる理由でもあった。
「そうね。早く会いたいわ。ハナもそうよねぇ?」
「わかってるってば」
ハナは苛立ちを隠せずにいた。こうしてこの女と一緒にいるだけで寿命が縮んでいく。比喩表現ではなく文字通り本当に縮んでいるのだからたちが悪い。
「じゃあネネをよろしくね。私の方はまだ時間がかかりそうなの」
ハナにとって悪とはなにかと尋ねられればこの女をまず思い浮かべるだろう。地獄のような空気に耐えきれず思わず下を向く。己の膝を見てもなにも変わらないが、それでも女を見るよりはよっぽどマシだった。
「ねぇ、ハナちゃん」
「そんな呼び方しないでよ」
拒絶の反応を示したが全く効果がなく、女はさらに近寄りついにハナの顔を両手でそっと引き寄せた。
「いいじゃないのよ、私たちも家族なんだから。拓海くんも、ネネも、ハナちゃんもみんな私の家族」
笑っている。女が笑っている。一切の淀みもない純粋な笑顔。だからこそハナはこの女が怖くて仕方ない。ハナには到底敵いようがない力を持っているからだ。気分次第でなにをするか予測できない危険な女だ。
「そんな怖い顔しないで。簡単な話でしょう? ネネを元通りにする、それだけで私も自由に動ける」
「私が拓海君を守るんじゃダメなの? どうしてもネネでないといけない理由がわからない」
「本気で言っているの? ええそうよ。ダメ。全然ダメだわ。笑わせないで」
「どうして!」
「だってハナちゃん弱いじゃない。死んだらそれでおしまい。あなたは生まれついての根性なしなのよ? それでは拓海くんを守ってあげられないでしょう?」
ハナは悔しかった。一方的に虐げられ、つらい気持ちになる。だが女の言う通り自分が弱いと自覚していた。死んでしまったら消えてなくなる。ケガしてもすぐには治らない。女の想定する敵が全く見当もつかないものの、それでも家族の絆には逆らえないのだ。
「ネネは私が強くする。絶対に誰にも負けないように鍛える」
「よく言ったわ。それでこそ『あの人』の妹ね」
そう言うと女はハナの顔から手を離し、一歩下がる。
「今日はもう遅いわ。あなたも疲れて眠くて仕方ないんじゃないかしら。もう帰って寝なさい」
誰のせいで寝不足になっているのか大声で怒鳴り散らしてやりたかった。が、ここを堪えれば間もなく帰れるなら口にチャックをすることも耐えられる。
「精々私の機嫌を損ねないようにね」
女の気配が離れていく。目の前にいるはずなのにどんどん姿が消え始めている。疲れているのか、それとも魔法か。すぐに女の姿は見えなくなった。同時にあの嫌な肌の感覚も消える。
「はぁ、くそったれって気分。全く、ネネの言葉がうつっちゃったわ」
ハナは座っていたブランコから立ち上がり、とぼとぼと家に帰っていった。ランと戦うよりも精神的に疲れてしまっていた。
白銀拓海の母はある無謀な計画を立て、そして使えるものすべて利用せんとする悪だ。息子の拓海はそんなことを知らぬまま今まで過ごし、そしてこれからも知らないで過ごすだろう。
そしてこれから起きること、それはまだ誰にも分からない。
終
次に書く話はすっげぇ面白くなるからよ、ここまで読んでくれたまるで仏のような読者のみんな!チャンネルはそのままで待ってろよ!




