第百六十話
忌引きしてたハナさん。
しかしいくら待っても女からの攻撃は来なかった。死を迎えるまでの時間とはここまで長いものだっただろうか。そう自問自答するほどまでに何もしてこない。ネネは閉じていた目を開ける。ダンサー風の女はまだそこにいた。手のひらはすでに降ろしてただ立っているだけだ。
「なぜ殺さない?」
ネネは思わず質問していた。
「いくらでも抵抗できたはずなのに諦めおってからに。この腑抜けが」
そう言って女は踵を返して騒ぎのなか、ただ待つだけの仲間のもとへ戻っていく。
「恐怖で思い出す記憶なんぞろくなもんじゃない。おぬしは家族じゃ。楽しく殴り合いして思い出してもらいたいもんじゃな」
三人の女たちがそれぞれ手をつないだ。それになんの意味があるのかわからずとも、ただの仲良しアピールだとは思えない。
「次に会うときはせめてわしの名前くらいは思い出して欲しいものじゃ」
女は最後に「じゃあの」、とだけ言って消えた。取り巻きも含めネネの前から消えてなくなった。一瞬だけネネと女の間を何の関係もない人間が通り抜けて視界から外れたが、走って去るにしても時間がなさすぎる。あれはまさしく消えたと言っていいだろう。つまるところ謎の女集団たちは全員人造人間で何かしらの能力を持っていてもおかしくはないことになる。
「……畜生が」
鼻血を拭って立ち上がる。すでに出血は止まり、それどころか傷一つ残らず自己再生が終了していた。
「家族だと……ふざけやがって」
あの女がネネの記憶を失う前の家族だとしたら、何がなんでももう一度会って話をしなければならない。だがまずは先ほどの爆発騒ぎですでに警察が現場に駆けつけて対応を始めていた。直前にもめ事を起こしていたネネが怪しまれないわけがなく、二人の警官がネネのことを見ていた。
「やべぇな」
ネネが立ち去ろうとすると彼らはすぐに駆け足で追いかけてきた。顔を覚えられるわけにはいかない。ネネは一目散にこの場から走って逃げだした。
次の日、ネネは駅前に再びやってきていた。爆発はもはや事件として扱っているようでマスコミが番組のためにあちこちで撮影をしている。犯人はネネではないので何も恐れる必要はない。
駅の中にはパン屋がある。そこにはカフェのスペースが備え付けられており、特急電車の発車待ちをする会社員や巨大な一枚ガラス越しに見える改札から仲間がやってくるのを待つ高校生などがたむろっていた。ネネもここで待ち合わせしている。甘いものはそこまで好きではないのでクロワッサンや塩パンを注文し、険しい顔でパンをひたすら頬張っていた。どうせすぐに腹が膨れてしまうので余った分は白銀家への土産だ。
「クソが」
昨晩の出来事を思い出して悪態をつく。あの女は容赦なく暴力を振るってきた。彼女にとって挨拶と大差ないのだろう。
「家族だと? あいつら何者なんだよ」
ブラックコーヒーを一気に飲み干す。キリマンジャロブレンドだとか宣伝をしていたようだがコーヒーの味なんてどれも同じだと思う。
「あら、ご機嫌斜めのようね」
声がして、顔をあげるとハナが目の前に立っていた。お団子ヘアーが特徴の人造人間だ。正確な年齢は知らないがかなりの時間を生きているという。だが見た目は非常に若いのでネネと同じ高校へ通っている。学年は一つ上だ。
「あれから襲われてない?」
「なんかあったら今頃この辺りは瓦礫の山と火の海だろうよ」
ハナはため息をつくとネネの対面の席に座った。荷物が少ないのは郵送しているからだとハナは言った。
「もう、忙しいってのに。全然休めないじゃないの」
ハナはこの間の仕事の報告のためにディザイア王国にあるイガラシク本部へと戻っていた。表向きは忌引きということになっている。
「あのときは悪かったな。久しぶりのやり合いだってんでテンション上がっちまってたんだ」
先日ネネとハナはイガラシクが管理する人造人間『北神光明』と戦闘になったあげく逃げられてしまった。それだけでなく彼が通う大学の校舎の一部を破壊したせいで結構な事件となった。今はもうニュースで取り上げられることはなくなったが今度は祭りでの爆発だ。ネネだけでなくハナも胃を痛めていることだろう。
「もう終わったことだからいいよ。それより昨日遭遇したっていう人造人間について教えて」
一週間とちょっとぶりの再会だが早速ハナは仕事モードになっていた。
「昨日の夜電話したが三人組の女だった。一人は踊りが得意そうな格好して何もない所から火を放ちやがった」
「火を使う人造人間かしら」
ハナは目を閉じた。会話中に寝てしまったのかとネネは思った。よほど疲れているのだろうか。
「何してんだ。あたしは話してんだぜ」
「違うわよ。今本部のデータベースにアクセスしてるの」
ハナの能力は『機械化する能力』。機械ができることなら重機から精密機械まで何でもできるという。この辺りにある適当なアクセスポイントを通じて調べものをするくらい簡単なことなのだろう。




