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第百五十九話

「んんんっ……!」


 あまりに突然の出来事に、ネネはされるがままとなっていた。

 何が起きた。女にキスされた。

 なぜされた。理由は不明。

 この女は誰だ。人物不明。

 分からないことだらけで混乱した彼女の頭は真っ白になる。周囲からの視線が痛い。チンピラを追いかけていただけなのにどうしてこうなった。


「このっ、離せよ!」


 一向に離れる気配のない女を突き飛ばして距離を取る。口元を袖で拭いふき取る。微かにリンゴ飴の味がした。


「おーおー、見ろ、ネネのやつ顔を真っ赤にしておるぞ」


 楽しそうに笑う女のもとへ仲間の二人が寄る。二人の反応を見るに、おそらくキスをするということ自体は計画になかったのだろう。揃って顔を赤く染めていた。


「テメェいきなりなにしやがる! ぶっ殺すぞ」

「ぶっ殺す? ネネらしいのう。じゃがそれはわしのセリフなんじゃ」


 またしても女が一歩近づく。ネネは思わず後ずさりして近づかないようにした。


「何か少しでも思い出したか? わしが誰か思い出せたか?」


 女が一歩ずつ迫る。ネネが一歩ずつ後退する。


「あの出来事の前、()()()()()()()()()()()()()()()()


 ケノイとは誰か、もしかしたら人ではないかもしれないがまったくわからない。女は持っていたリンゴ飴をその場に捨てた。


「わしが飛行機から落ちたあと、おぬしになにがあったんじゃ?」


 飛行機。見当もつかない。記憶がないのだから思い出せるはずもない。どうやらネネはこの女と行動を共にしていたらしい。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()? まさかまだ殺してないとか言うんじゃないぞ」


 アーク。頭が痛んだ。その名前を聞いたとたん強烈な不快感がネネの胸をえぐる。


「ネネ! 今までどこで何をしていたのじゃ!」


 とうとう女がネネの肩を掴んだ。またキスをされるのではないかと身構えたが何もなかった。両手でしっかりとつかみ、決して逃がしはしないと強い意思をその手から感じ取れる。


「なんでわしを助けに来んかったんじゃ!」


 女の目には涙が浮かんでいた。それがネネを騙すための演技ならどれほどよかっただろうか。目の前に立つ小さな女の声は震えて力ない。


「お前は36年もどこをほっつき歩いていたんじゃ!」


 悲しみの声が怒りに変わり、事態は大きく動いた。

 さきほどから気温が高く感じていたが、それがどうやら女から発せられているのだと気づくのはネネの肩が高熱で焼かれてからだった。


「熱っ」


 ネネの肩に食い込んだ指から煙が出ている。見れば服が燃えていた。慌てて女の手を振り払った。幸いにもやけどは軽く、人造人間としての強い自己再生によって何事もなかったかのように元通りになった。


「今の……テメェも人造人間だな」

「それすら忘れたというのか」


 女は涙を拭って、手のひらを真横に向ける。その先には屋台がある。なんの変哲もない焼きそば売りの屋台だ。

 次の瞬間、女の手のひらから火柱が発生、店で使っているプロパンガスに命中して爆発した。爆音と主に店が吹き飛び、悲鳴が上がる。あの女は今、間違いなく能力を使って見せた。簡単に人を殺したのだ。自分以外の命などどうでもいいと、そんな態度でネネに能力を披露するためだけに焼きそば屋を爆破した。


「てめ……!」


 そして女は駆けた。ネネが口を開きかけただけで未だ戦闘態勢に入っていない彼女のがら空きの腹へ飛び蹴りを食らわせる。それによりネネは肋骨を何本か折り、内臓を痛めつけた。

 あまりにも速く重い攻撃を受け、防御が間に合わなかったネネの体は何人かの野次馬の群れへ吹き飛ばされる。すでに周りには人だかりができており、ネネと女のやり取りは全て見られ、聞かれていた。しかし爆発騒ぎで周囲は混乱の極みにある。もはやネネと女のことを気にする人間はいないだろう。


「このやろッ……」


 悶絶しそうなほどの痛みのなか、ネネは野次馬を乱雑に押して起き上がる。が、そのときには女は彼女の前までやってきており、振りかぶった拳がネネの頬を文字通り破壊して地面に叩きのめした。


「ウぶッ」


 夏の熱気で暖まったアスファルトの感触はこんな時間でも生ぬるく、不愉快だった。自分の血の温度も混じっているからだろうか。

 女は攻撃の速度だけでなく、ためらいのなさ、つまり手を出すまでの早さも相当なものであった。ネネのことをよく知ると自称するだけあってそのあたりもネネと似たもの同士なのかもしれない。何にせよ危険な相手だ。こんな人だかりの中で殺しをやってのけるのはどこかしらイカレてしまっているのだ。


「わしを忘れたのなら思い出させるまでよ。その錆びついた脳みそを動かせ! そして家族愛を感じろ! これからおぬしを殺す。記憶が戻るまでおぬしを痛めつけて死なせてやる!」


 狂気を孕んだ目つきでネネを見下すと、熱を操る能力を持った謎の人造人間がネネを殺そうと再び手のひらを向けた。


「……クソ」


 まだ立ち上がってもいないままで、これからどうやって窮地を脱すればいいのか。奇跡でも起きない限りここから無傷で生還することはできそうになかった。

 ネネは後悔した。自分の過去に何があったのか知らないとはいえ、いくらなんでも平和ボケしすぎたのだ。いつどこで誰に恨みを買ったのか常日頃に考えるべきだった。それを怠った結果がこれだ。

 見えない熱エネルギーが女の手に集まっていくのを感じ、ネネは死を覚悟した。


情緒がヤバいですよ、サレンって女は。

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