第百五十七話
これだけの人々が行き交う道路だ。ネネは誰にも怪しまれることなく拓海たちを尾行することができた。彼らは路地を通って駐車場へとたどり着いた。その一番奥へ拓海たちを連れ込み、案の定金を要求し始めた。
「なぁ金くれよ」
「あ、いや」
年上に詰め寄られて拓海は困っていた。恐怖の色も見せている。ここまでやりやすい相手もそうそういないだろう。ネネは物陰から見ていてそう思った。
「持ってるんだろ? いいから財布出せって」
「俺財布じゃなくて巾着なんだよね。あとガマ口かな」
久郎の返事はずれていて相手を怒らせるのには十分だった。なぜ財布を二つ持っているのか誰もわからない。
「うるせぇな。黙って出すもん出せって」
チンピラ集団の数は五人。見た目は明らかに不良のそれだ。面倒な相手に捕まったものだとネネは同情せざるを得ない。彼らが拓海たちの知り合いであるとは思えないが一応ネネはもう少しだけやり取りを車の影から聞いてみることにした。
「てめぇら高校生だよな、あ?」
「そう、です……」
拓海のテンションが低い。すっかりお祭りのことを忘れている。
「俺たちこの辺のシマでいわせてるモンなんだわ。あンまこいてっと二度とこの街歩けなくさせてやるかンな。わかってンのかよ」
「でも俺金ないんです」
久郎が言う。財布が二つあるのに金がないとは理解できなかった。それはチンピラたちも同じの様子だ。
「金ねぇわけねぇだろ!」
「さっきの焼きそばで使い切っちゃって。まだ一つあるんでお腹すいてるならよかったら焼きそば食べます?」
あのバカが。ネネは心の中で悪態をつく。久郎は相手の神経を逆なでしているだけだ。
「ガキが、俺たちを舐めてんじゃねーぞ」
とうとう一人が久郎の胸倉をつかみ上げた。
「うわー」
やる気のない悲鳴。これ以上ないピンチだというのに久郎から緊張を感じ取れない。もしかして、とネネが思う。彼は秘策があり、そのおかげで怖がる必要がないのだと。思い起こせば久郎の身体能力を垣間見たことがない。体を鍛えているようには見えないがこういう状況に慣れているのかもしれない。
男が拳を振り上げた。きっと次の瞬間には彼は殴られる。彼の横にいる拓海も青ざめていた。だが久郎に何かしらの打開策があるなら今ここで起きるのだ。一発逆転の文句なしの解決をしてのけるはずだ。
「バハマッ」
しかし久郎はあっけなく、それも奇妙な声を上げて顔面を殴られた。パンチ一発だけであそこまでわざとらしい声を上げるとは、狙ってやったとしか思えない。これで笑いが取れると思っているのだとしたら間違いの極みだ。
「あいつ……!」
さすがにネネは黙っていられずに車の影から飛び出した。足音に反応した彼らはネネのことを一斉に見る。
「なンだ、てめぇ」
一人がネネを睨みつける。まずい現場を見られたと言わずともそういう雰囲気が出ている。
「そいつらはあたしのツレなんだわ。なにしてくれてやがんだ」
「ツレ? ああ、この弱っちいガキか。見ての通りだから痛い目に遭いたくなけりゃ失せろ」
「そりゃこっちのセリフだっての。今のあたしは機嫌が悪いんだ」
目撃者が女一人だとわかると、とたんに彼らの緊張は溶けてなくなった。この程度なら力づくで抑え込んでしまえば簡単に黙らせられるのだろう。普通の人間ならそうだ。
「気の強いねーちゃんだ。俺の女にならねーか? こんなガキどもと一緒にいるよりよっぽど楽しいこと教えてやるよ」
「どうせ酒かドラッグだろうが。あたしは高校生やってるほうが人生楽しいね。これ以上何も言わねぇ。今すぐ消えやがれ」
さすがにネネの物言いにカチンときたらしく男たちは拓海と久郎を囲むのをやめてこちらへ向かってきた。小さな駐車場なのでネネはあっという間に囲まれた。もう逃げ場はない。
だが拓海たちへの注意はなくなり、ネネは目線をやる。そこから逃げろ、と。
拓海は心配そうにしてそれをためらう。怒り喚く男どもの声はネネの耳には入ることなく、拓海を睨む。いいから逃げやがれ、と。
そこでようやく拓海と久郎はこっそり駐車場の隅から出て行った。彼らのことだから信用できる大人を連れて戻ってくるだろう。ネネとしてはありがた迷惑である。これから行われるのは楽しいイベントなのだから。
「あのなァ、生意気言ってっと俺らみたいな怖い大人にいろいろされちまうぞ」
そう言って男の一人がネネの腕を掴んできた。これでようやく正当防衛として対応しても良さそうだ。そもそも最初から法律など守る気はネネにはなかったのだが。
掴んできただけの男の腕を空いている手で握る。
「お? うぎゃッ!」
力を込め、いともたやすく骨を粉砕した。新鮮な野菜を折る音とよく似ている。ネネ以外のこの場にいる全員が何が起きているのかわかっていないだろう。
「よく聞け、怖い大人ども。今からテメェらをぶちのめす。理由なんかなんでもいいんだ。あたしがボコボコにしてぇからやるんだ。覚悟しろよ」
ネネは腕の折れた男の体を担ぎ上げて放り投げた。
ケンカが始まるよ!




