第百五十六話
久しぶりの更新です。
拓海、というより彼の母親の金で焼きそばを買って三人は道行く人々の邪魔にならないところで座って食べ始めた。久郎はというと彼自身のお小遣いで三人前買っていた。
「すげぇ食べるんだな」
久郎の大食いぶりにネネは驚きを隠せない。人造人間であるネネは食事量が極端に少ない。母親が同じく人造人間の拓海はその影響かやはりあまりたくさん食べられない。プラスチック製の容器に入った焼きそばを一つ食べるだけで二人には十分な夕食となる。
「俺は成長期だからな。背が伸びる最後の時期に食わずしていつ食えってんだ」
ネネの実年齢ははっきりしないが、とっくに成長期は終えているはずだ。これ以上食べても期待できない。
「拓海ィ、あたしの分も食えよな」
そう言ってネネは隣に座る拓海に焼きそばを押し付けた。焼きそばくらいいつでも食べられる。買ってくれた拓海の母親には申し訳ないが、ネネはもっと興味のあるものを見つけた。
先ほどから視界の隅に入ってくるチンピラまがいの若者集団、の後ろにある射的屋だ。祭りは食べるだけがすべてではない。こういう遊びも経験したい。
ネネは立ち上がり、射的屋のもとへ向かうと一回分の料金を払い、おもちゃの空気銃を手に取った。
「ボルトアクションじゃねぇか。こいつは信頼できそうだ」
専用のコルク弾を空気圧だけで発射する簡単なつくりのおもちゃを見てネネは自分が興奮していることに気が付いた。以前思い出した僅かな記憶では銃を扱っていた。銃が好きだからか、それともそうしなければならなかったのか、今はわからないがいつか思い出せるはずだ。
レバーを引いてから銃口にコルクを詰め、景品へ狙いを定める。片手で構える姿は自信に充ち溢れ、もはや失敗するとは誰もが思ってもいない。
狙いはモデルガン。コルトガバメントだ。パッケージに描かれているそれを見るとネネはなんだか心が高鳴った。記憶は無くとも心惹かれるのならば過去に関連した出来事があったのかもしれない。それかただ純粋に銃が好きだったのかもしれない。とにかくそのモデルガンが欲しかった。
引き金を引く。低速でコルク弾が飛んで、ネネが狙っているモデルガンの箱へと真っすぐに進む。狙いは完璧だった。実弾なら容器を破壊、屋台の向こう側へと消えていくはずだ。
だがネネの妄想とは裏腹にコルク弾は容器に傷一つつけることなく、ただし角に命中だけしてあっけなく地面に落ちた。
「はい残念」
射的屋の店主はやる気のなさそうに言った。
「クソが……」
悪態をついてネネは再びコルク弾を装てんする。先ほどは何も手ごたえがなかった。揺れもしない。容器に中身が入っていたせいでビクともしなかったのだと、自分に言い聞かせて銃を構える。
次は上の角を狙う。景品の重心がどこにあったとしても上を狙えば何かしら動きがあるだろう。
次の弾丸も命中した。が、やはり手ごたえなし。
「なンっだ……この野郎ッ」
ネネは声を荒げる。額には青筋が立っていた。ここまでうまくいかないと力づくで奪ってしまいたくなる。例えば今いるカウンターを乗り越え、店主の臓物を引き抜いてからモノを奪う。具体的にはそんな程度だ。
「お嬢ちゃん頑張りや」
「ムカつくぜ」
三発目。狙いだけは精確なネネだったのだが、肝心の景品は倒れない。二万円近くするモデルガンを五百円程度の参加費で渡すわけにはいかない店主と、なんとなくやってみた程度で臨んだネネの対決はネネの敗北で終わった。
「あたしの狙いは精確だっただろうが! なんだこのクソ銃はッ! 死ね! くたばりやがれ!」
うっかりストックの部分を握り壊してしまうものの、誰にもバレないようにそれを置いて、ネネは足早にその場から立ち去った。
「あんなニセもんなんか誰が欲しがるかってンだ」
ハナに会った時に本物の拳銃を要求してみよう、ネネはそう思った。きっとその気になればイガラシクの力を使って結構早めに用意できるだろう。しかし日本は特定の人間以外の銃の所持は禁止されているからだとか、もしくは危ない人造人間に銃なんか持たせられるかなどと理由をつけられて拒絶されてしまうのは目に見えている。
「ひでぇ経験だったぜ」
ポケットに手を突っ込みながら人だかりを通り抜け、拓海たちのいる反対車線へ出た。
「あ?」
ネネは顔をしかめる。なぜならそこにいるはずの拓海と久郎が見当たらないからだ。ネネを置いてどこかに行ってしまったのかと思い辺りを見渡すと彼らはすぐに見つかった。
先ほど視界に入ったチンピラまがいの若者集団が彼らを囲ってどこかへ誘導していた。二人ともどうしようもなさそうな困った顔をして路地へ入っていく。
「あー」
すぐに理解した。あれはカツアゲだ。喧嘩もしたことなさそうな高校一年生がいる。それだけで立派なカツアゲ対象となる。少し大きな声を出すか大人数で囲めば有り金すべて差し出すだろう。しかしながら堂々と人前でやるわけにはいかず若者集団は拓海たちを人気のない静かなところへ連れて行ったのだ。
「ふふっ」
ネネは口の端を歪ませ犬歯をむき出して邪悪に笑う。今の彼女はむしゃくしゃしている。このまま祭りを楽しむ気分には到底なれなかった。これがネネの待っていた展開であった。
「待ってろ拓海、久郎。あたしが助けてやるぜ」
押さえられない暴力衝動が彼女の足を動かした。
ネネは暴れたいだけだから……。




