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第百五十五話

久しぶりの更新です。お祭り回。

 土曜日。その日はあいにくの曇り空だが七夕祭りが行われる駅前商店街には大勢の人間が集まっていた。


「すげぇなこりゃあ」


 白銀ネネとして初めて参加する地元の祭りの賑わいに、ネネは興奮気味だ。駅前には何回か訪れたことがあるが、それはせいぜい暇つぶしにこの近くにある図書館へ行く程度のものだ。隣町に行く用事がなかったのでこの辺りについてはまるで地理的な知識がない。


「おい拓海、人まみれだぞ! こいつはテロが怖いな!」


 Tシャツに半ズボンの拓海はネネに肩を叩かれ転びそうになる。手加減の訓練をまともにしていない彼女の何気ない一撃は拓海には結構効いた。


「痛い、痛いって! てか怖いこと言うなよ! テロなんか起きないよ! 誰が起こすんだよこんなとこで!」

「テロリストってのはそういうところを狙うもんだ。あたしならここでやるね」


 冗談のつもりでネネは言ったのだが、経歴不明の彼女を見て拓海は青ざめる。


「嘘に決まってるだろ」


 そう言ってネネは自らの浴衣の裾を直す。この格好は歩きづらくて仕方がないが、拓海の母親、白銀海の勧めにより浴衣で祭りを楽しむことにした。わざわざネネのためにどこからか買ってきたものらしく新品だ。

 周囲の人間を見れば数は多くないが、ネネと同じように浴衣姿の女性が何人もいる。こういうときにしか違和感なく着用できるということもあり、みなそれぞれ楽しそうにしていた。


「先輩も来れたらよかったのにな」


 拓海の言う先輩とはハナのことだ。表向きは高校の先輩だが、実のところイガラシクという組織に属し、ネネのことを管理している。報告のために学校側には忌引きだと嘘をついてディザイアという国に帰国している。本当ならば一緒に祭りに行く予定だったのだが、飛行機の遅延によって帰宅が明日になるということで参加できなくなってしまった。


「それにしても久郎の野郎、おせぇんだよな」


 ネネはあまり残念に感じておらず、それどころか事前にした約束の時間になっても久郎がやってくる気配がないことが気になっていた。エロゾウと呼ばれる美術像の前にいるので久郎が見落とすとは思えなかった。


「こいつも大したことねぇし」


 ネネは像を見上げてから土台を優しく蹴りつける。

 エロゾウ。裸婦の像というだけでこの辺りの中高生にそう呼ばれてしまっている。ネネからすれば隠すところはきちんと隠しているのでこれを見てとやかく言う必要はないと思っていた。


 駅前には裸婦の銅像が四つもある。だがそのうち三つがロータリーの中央に密集しておりとてもではないが近づけない。だから残り一つの銅像をエロゾウと呼ぶらしい。ここに久郎がいないのならばまさかロータリーの中に彼がいることになる。


「まさかな」


 あの久郎は悪い意味で何を考えているのかわからない。嫌な予感がしてネネはそちら側の銅像を確認してみた。


「あ」


 いた。甚平姿の日暮久郎が道路の真ん中で誰かを待っていた。なぜそこで待ち合わせしようと思ったのか、なぜ浴衣ではなく甚平なのか。なぜすでに屋台で買ってきたと思われる焼きそばを食べているのか。それどころか周囲のクラクションに動じないのか。ただひたすらに突っ込みどころが多かった。


「なぁ拓海」


 明後日の方向を見ていた拓海に声をかけ、彼に久郎がそこにいることを教えた。ネネと拓海は久郎の命がけの待ち合わせを見て同じことを考えていた。


「先行っちまうか」

「行こうか。クロの冗談は体張ってるな」


 二人は久郎を置いて祭りが本格的に行われている商店街の方へ歩き出した。背後では誰かが轢かれる衝突音がしたが振り返ることは決してなかった。






「俺は元気だぜ」


 聞いてもいないのに久郎が言った。彼を置いてネネと拓海は商店街を進んでいると、車に撥ねられたはずの久郎が追いかけてきていつの間にか三人で歩いていた。


「なんたって毎日牛乳飲んでるからな」

「それはそうと、なんかやってるぞ」


 ネネは目についたものを指さした。

 七夕祭りの間は商店街の通りの道路を封鎖して歩行者天国としている。道路の両サイドには露店が立ち並んで活気づいており、ここでは大勢の人間が楽しそうに赴くままに歩いていた。そんななか、ネネは電柱の周囲を占拠している集団のことが気になった。彼らは衣装に身を包み、太鼓を叩いている。いわゆる路上パフォーマンスというものだ。


「あっちもやってるじゃねぇか」


 少し先に視線をやると今度はウクレレを弾く老人の姿が人混みの中にあった。ある程度の距離を取ってそれぞれが様々な見世物をしているようだ。ダンスを披露する者や地元の高校生たちによるマーチングバンド、さらには見世物ではないがフリーマーケットまで行われている。


「なんだこれ、いいなぁ!」


 目を輝かせてネネは言う。彼女の記憶はなく、かつて祭りを経験しているのならばここまでテンションが上がることはないだろう。つまるところ、ネネの人生においてこのような活気にあふれ、楽しさで盛り上がっている平和な環境にいたことがなかったということになる。拓海はそう思った。


「なんか食べたいものある?」


 拓海はポケットの中の財布に入っている小金を思い出した。


「なんだ拓海、金あるのか」

「いや、お母さんからお小遣いもらったんだ」

「バイトしてねぇからどこから沸いて出た金かと思いきや、やっぱりそうきたか」

「タクさんは帰宅部だよな」

「俺バイト禁止されてるし」


 彼らの高校ではアルバイトをするには届け出が必須となっている。さらにある程度の成績がなければ許可すらされないというものだ。拓海の成績は非常に悪く、高校側からすればとてもではないが許可できない状態なのだ。そんなことをしている場合かと拓海の成績を見れば誰だってそう思うこと間違いなしというものだ。


拓海の学力は相当危ない。

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