表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
154/160

第百五十四話

 数時間後、サレンたち一向は元居た場所に戻ってきた。フェルンの能力を使い、サレンの住まいと呼んでも過言ではない無人島へ。


「サレンさん大丈夫ですか?」


 岩場に腰かけているサレンにフェルンが心配そうに声をかける。

 過呼吸で倒れたサレンの囲いは大きくなり、やがて教師たちが様子を確認しに走ってきた。これ以上は危険だと判断したクレイによる指示で、フェルンは強引にサレンを連れて退避することにした。ぐったりと動かないサレンは行き場所がない。だから能力を使ってここに戻ってくるしかなかった。


「あの、サレンさん?」


 うつむいてまま返事をしないサレンの顔を覗き込むフェルン。症状は治まったが精神的なショックが大きいようで落ち込んでいた。


「……さんぞ」

「え?」


 サレンは何かをつぶやき、ぎろりと隈だらけの目でフェルンを見る。


「許さんぞネネぇ!」


 サレンは突然大声を上げて彼女に襲い掛かる。


「うわああっ」


 フェルンを押し倒したあと、無理やり上半身だけ引き起こして座らせる。


「このわしの顔を忘れるとは言語道断! ネネはわしが殺す!」


 言いながらフェルンの服を引き裂き、胸を揉み始めた。


「きゃああっ、何をするんですか!」

「うるさいわい! 今だけはわしを慰めんかい!」

「痛いです! もっと優しくしてくださいよ!」

「ぬわあああん」


 そんな茶番を横目にクレイは何もしなかった。ただ眼鏡の汚れを丁寧にふき取っているだけだ。これが彼女なりのフェルンへの復讐だ。すでに同じ目に遭っているのでフェルンと同様にあえて何もしないことを選んだ。




 しばらくサレンの独壇場となっていたが、ふと飽きたようでフェルンは解放された。彼女の心の傷が癒えるまで時間がかかる程度にはサレンは堪能したようで、満足げな表情で地べたに座っていた。


「ううう……」

「災難でしたね」


 クレイが本気で泣いているフェルンの肩を叩く。


「これで私たちお嫁に行けなくなりました」

「クレイちゃんそれは言いすぎだと思うよぉ」

「それはさておき、私たちはそろそろ帰らないといけないです」

「さておいちゃうんだ……」


 クレイの言う通り、時刻はすでに夜の七時を越えていた。この島はサレンのもので、彼女たちには自分の家があり、そこへ戻らないと後々面倒なことになる。


「おう帰るのか。夜道に気をつけるんじゃよ」

「……引き止めないのですか?」


 やけにあっさりと解放するサレンにクレイは違和感を覚えた。久しぶりに出会った人間と一日だけ話してそれで終わりでは孤独感を逆に強めるだけだ。クレイはそう思っていた。


「わしの居場所はここじゃ。おぬしらの帰る場所があるなら帰ればいい。何か間違ったことを言ったかのう?」

「いえ、そうさせていただきます」

「じゃがこう見えてわしも寂しがり屋でのう。また来て欲しいのじゃ」


 星空を眺めるサレンは強がっている。これからまた独りになるのが怖くて仕方ない。それをクレイたちは簡単に見抜いた。


「もちろんです。近いうちにお話ししましょう」

「ありがたい。ところで今日は何曜日じゃ?」


 いきなり曜日を聞かれ、一体どういう意味かクレイは考えた。教えてはならない情報ではないので、彼女は正直に「木曜日です」と答えた。


「なぜそんなことを聞いたのですか」

「ネネのやつ、土曜日に用事があるらしいぞ」


 クレイとフェルンが聞き取れなかったネネと見知らぬ男子生徒との会話を、相当な距離からサレンは聞き取っていた。地獄耳らしい。


「祭りに行くとか言っていたのう」

「もしかして」


 クレイは嫌な予感を覚えて口元をひきつらせた。まだ一日しか付き合いがないが、それでもこの後なんと言うかすでにわかっていた。


「そうじゃ、わしらも行くぞ。祭りは好きじゃ」


 二人が思った通り、サレンはそんなことを言った。確かに祭りが好きそうな性格をしているがおそらくそれだけではない。


「絶対祭りのためだけに行くわけじゃないですよね」

「ご明察じゃ。わしはネネをぶち殺しに行く。止めてくれるなよ」


 物騒な言葉はどうやら本気のようで、ごく自然にサレンは言ってのけた。ネネはサレンのことを覚えていない。もはや他人ではないか。それでもなお、ネネへ接近する必要があるのだろうか。クレイは疑問だった。


「いくらなんでも殺す必要はないんじゃないですか」

「あの脳みそ筋肉女をぶん殴れば記憶なんてきっと治る。殺す気でやれば嫌でも思い出す。記憶喪失程度でわしらの絆は切れんのじゃ。そのために、おぬしらの協力が必要なんじゃ」


 サレンは姿勢を正し、クレイとフェルンへ頭を下げた。それどころか土下座をしている。

 初期型人造人間がプライドを捨て、若造もいいところである二人に土下座をする。サレンがどれだけネネのことを思っているのか、二人は理解した。そして返事の内容は考えるまでもなかった。


「わかりました」

「こちらこそ私たちでよければお手伝いさせてください」


 二人が了承するとサレンは頭をあげ、目を輝かせた。


「感謝する。わしの我儘に付き合ってくるなんぞ、おぬしらは人情に厚いのう! さらに見直したぞ!」


 クレイは適当に愛想笑いをしてこの日は解散となった。サレンがネネ相手にどこまで過激な争いをするのか興味がないわけではない。これが彼女たちの仕事なのだから全力でサポートせざるを得ない。

 伝説と呼ばれた人造人間、白銀ネネとその相棒サレンの殺し合い。これは必ず記録に残すべき戦いになる。『会社』にとって非常に重要な資料となりうるのだ。


「はぁ」


 自室に戻ったクレイはこれからフェルンと共に背負う責任と重圧のことを考えて胃が痛くなった。人間と体の作りが同じとはいえ、ここまで再現しなくともよかった。ストレスのない生活が彼女は欲しくなった。


まだ日常。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ