第百四十九話
戦いはすぐに決着した。しかしサレンは暴力をやめなかった。能力によって自己再生するクレイたちのことを一方的に痛めつけ、我に返ったのかあるときを境にピタリと終わった。
「いやぁ、すまんかったの」
サレンは彼女たちが現実の存在なのだと理解して、先ほどから謝り続けていた。口先だけはそうだが、態度は全く違った。
「あの……触らないでいただけるとありがたいんですが」
完膚なきまでに敗北した二人はごつごつした岩場で正座させられていた。全裸で。揃って一枚の布もまとっていない。
サレンとの戦闘により、クレイとフェルンの洋服は燃えてしまった。着替えなどもちろん用意しているはずもなく、おまけにパラシュート降下で使った装備を含めてなにもかもが焼失した。戦いに負けてしまい、サレンのいうことを聞くのはまだわかるが、それでもクレイは今受けている行為をとても理解できない。
「なんでじゃい。わしに逆らうつもりかの?」
サレンは正座するクレイの背後に回り、彼女の胸を触っていた。かなり大胆にわしづかみといった具合だ。
「いえ、逆らうつもりはないのですが、これはちょっと……」
「じゃあ問題なかろうて」
「私たちどこにも行かないから!」
その様子を隣で見ていたフェルンも顔を赤くして言う。サレンは先ほどからひたすらにクレイの体を触っている。
「そうはいかん。フェルンといったか、おぬしが能力でどこかに行ってしまったらわしが困る。だからこのクレイを人質にしているのじゃ」
「ふえぇ」
フェルンの能力は『移動する能力』。足を一歩でも踏み出せば地球上のどこでも瞬間移動が可能だ。しかし彼女自身が訪れたことのない場所は移動できない。だからこうして二人はわざわざ飛行機を飛ばしてこの島にやってきたのだ。帰りは能力を使えば何も問題ない。彼女の体に触れた人物も同時に移動が可能で、クレイもそれで帰るつもりだった。
しかし先ほどの戦闘の際にサレンに見破られてしまった。サレンはためらいもなくフェルンの両足を焼き切り、移動を制限した。その間にクレイを痛めつけ、戦闘を終わらせたというわけだ。現在はすぐに歩き出せないように正座を強要している。
「うむ、この感触。確かに本物じゃ」
「あ、ちょっ」
「わしは生きているんじゃなぁ」
「うわっ、あっ」
「暴れてくれるなよ」
「あっ、ふっ」
そんな二人のやり取りをみて、フェルンはもうどうすることもできずにただ見ていることしかできなかった。
「久しぶりの人肌はたまらんなぁ!」
「フェルン! 見てないで助けてぇっ」
しばらく、というにはそこまで時間が経っていないのだが、それでもクレイとフェルンにとって長い時間のように感じる程度には時が過ぎた。
「いやぁつい興奮しすぎてしまったわい」
この場にいる三人とも顔を赤くして、各々が余韻に浸っていたり、辱めを忘れようとしたり、または記憶したりしていた。
「もう、やめてください」
クレイが涙声で言った。
「それはどうじゃろ。おぬしの反応はなかなか楽しめたからなぁ」
「ひっ」
「クレイをいじめないでください! どこにも行かないって言ってるじゃないですか!」
フェルンに言われて、思い出したかように手を打つサレン。
「そういえば、おぬしらがここからわしを連れ出してくれるというのは本当か?」
しばしの沈黙を経て、クレイが口を開いた。
「本当です。私たちはサレンさんを我々の組織で保護したいのです」
「なんといったか、い、イガラ、……なんじゃったっけ?」
「それはもう関係ありません。名前を知らないのなら忘れてください」
「どういうことじゃ?」
「特に意味はないんです。それより、先に私たちの服を取りに戻ってもいいですか?」
「いいぞい」
サレンから許可された二人はしびれる足に気合を入れて立ち上がり、フェルンの能力を使って瞬間移動しようとした。が、サレンが制止する。
「待つんじゃ。クレイ、おぬしは人質じゃ。フェルンだけ行け」
そう言われたクレイは明らかに嫌そうな顔をして、黙って元いた場所に座りなおした。今度は正座ではなくサレンと同じあぐらをかいている。姿勢や視線はもはや気にしなくなったのだろう。
フェルンはどうするべきかわからず、クレイとサレンの顔を交互に見ている。
「フェルンはすぐ戻るんじゃろ? なら何も心配ない。ほら、さっさと行くのじゃ」
そんな彼女をサレンが言って聞かせ、手を振って送り出した。
「ごめん、すぐ戻るから待ってて!」
サレンがクレイのことをセクハラしないか心配でならなかったが、彼女はとうとう服を取りに能力を使ってどこかへ消えた。フェルンの反応が普通というものだ。
「さて」
あぐらをかいていた姿勢から片膝を立てて座りなおしたサレンが、しっかりとクレイの目を見て言う。
「あいつが戻ってくるまで、わしにいろいろ教えてくれんか?」
「外の世界のことですか?」
「違う。どうせわしの知ってる世界と何も変わっとらんのだろう」
「なぜわかるのです?」
「わしの生きた時間を考えれば、たかが36年で何が変わる。世界が滅びてないのが証拠じゃ」
「では何を知りたいのですか? できる限りお答えします」
「ほう、頼もしいのう」
どんな質問が来るかクレイは事前にある程度想定していた。しかし次にサレンが放つ質問は彼女にとって意外なものであった。
「おのれら、新型人造人間というやつで間違いないな?」
サレンはセクハラキャラだった。




