第百四十八話
妄想幻覚女子が多い作品、それがスモアド!
「ようこそ、わしの島へ!」
ナイフが突き刺さったままの腕のケガを気にすることもなくサレンは笑顔でそう言った。表情筋を普段から使っていないようで彼女の笑い方が不気味なものとなっており、二人の背中に嫌な汗が流れた。今から殺すと言い放ちそうな雰囲気すらある。
「あなたがサレンですか……?」
警戒したまま、クレイが目の前にいる異常女、サレンに話しかける。次に何をしてくるのか分からないので余計に緊張してしまう。
「そうじゃよ、わしがサレン。歓迎するぞい!」
「いや服! なんで裸なの!」
たまらずフェルンが突っ込みを入れてしまった。彼女たちはここに来るまでに様々な状況を考えてきた。襲われることも承知だが、まさか全裸でいるとは思っていなかった。
「服? ああこの島に来たときに燃えてしまったわい。すまんのう、これがわしの一張羅なんじゃ」
「はぁ」
クレイが呆れてため息をつく。サレンは二人が思っていた以上に社交的で、明るく振舞っていた。尋常ではない。
「ねぇクレイ。文字があるよ」
小声でフェルンが言う。彼女は言う文字とは人造人間の製造ナンバーを印した入れ墨のことだ。サレンの右の内ももに数字の5が彫られている。入れ墨のためのメンテナンスをしていないだろうに、はっきりと見えるということは、それが生まれつきの体の模様なのだ。間違いなくサレンは人造人間ナンバー5だ。
「この島に住んでから初めての客人じゃ。もてなすぞ。出せるものはないがな!」
わはは、と笑い、サレンはその場に胡坐をかいて座る。女から見ても相当際どいポーズに、フェルンは顔を赤らめて両手で己の顔を隠した。
「ななな! ちょっとエロすぎませんか!」
「なんじゃ。おぬし、そっち系じゃったのか。それはすまんかった」
「いや、そうじゃないんですけど」
「もういいです、フェルン。話を始めましょう」
このままでは話が進まないと判断したクレイが流れを変えるべく話を切り出した。
「まず私たちなのですが、私がクレイ、この子がフェルンと言います。よろしくお願いします」
「クレイ、フェルン。聞いたことない名前じゃ」
「私たちはイガラシクという組織から派遣されてきました。あなたをここから救出するためです」
「イガラシク、それも聞いたことのないのう」
サレンの反応に、二人は眉をひそめた。彼女たちが目を通した資料によれば36年間ここにいたのだから救出と聞けば気絶するくらい喜ぶと考えていた。実際、そうなるだろうと、クレイとフェルンは賭けをしていたほどだ。
だがしかし、サレンのリアクションは大したものではなく、それがどこかおかしかった。
「あの、ここから出られるんですよ。家に帰れるんですよ」
フェルンが横から口をはさんだ。
「あなたはこの36年間独りぼっちだったんです。こんな何もない島から出て、外の世界でもう一度人生を始めましょうよ!」
「36年? そうか、そんなに経ったのか。思えばあっという間じゃったのう」
サレンは立ち上がり、二人のもとへ歩みよっていく。
「なぁ、おぬしら。わしはどうにも信じられんのじゃ」
「信じられないって、私たちがですか?」
黙ってうなずくサレン。予想通りの展開にクレイは落ち着いて懐から身分証明書を取り出して見せた。それはイガラシクの一員であることを証明する社員証だ。
「このように、私たちは……」
「じゃかしい」
サレンのきっぱりと言い放った一言はクレイとフェルンの空気を凍らせた。あの和やかなサレンの雰囲気はすでに消え失せていた。
「たまにあるんじゃよ。こうして誰かが救助に来ることは。じゃがそれはみんなわしのイカレた妄想で、全部嘘なんじゃよ。妄想だと気が付いたときの気分はもう最低で、死にたくなる」
「いや、私たちは妄想なんかじゃ……」
「クソ妄想はみんなそう言うのじゃ。今度はなんじゃ? わしの記憶にない人間の名前を騙るなんて手が込んでいるのう」
サレンの目は最初からそうだったが、光を失っていた。狂気を孕んだ目つきだ。
「なぁネネ。わしは今回も帰れないのかのう」
サレンの声が震えている。今にも泣きだしそうだ。一人の時間が長すぎて何もかもが信じられなくなってしまっている。目に映るものすら現実かどうかわからなくなっている。
「待ってよ、私たちは本物ですから!」
フェルンが一歩前に出てクレイとサレンの間に入る。ここまで正気を失っている人間を相手にするのは初めてで、彼女は助けたい一心でつい熱くなってそうした。だがそれが間違いだった。
「……おぬしらが本物なら」
サレンの手がフェルンの肩に置かれる。嫌な予感がしてクレイが止めに入ろうとするもすでに遅い。
「わしと戦って存在を証明してみせい!」
あっという間だった。フェルンの全身はくまなく炎上し、叫び声と共に彼女はその場に倒れて動かなくなる。焼けた肉の匂いがサレンの鼻についたようで、あろうことか思い切り吸い込んでいた。
「あぁー、海鳥じゃない肉の匂いじゃ。今回は相当リアルな妄想のようじゃのう」
「お前っ……!」
死んだフェルンの姿と殺人をしたにも関わらず感情を見せないサレンの様子に、クレイはついに戦うことを決意した。ここで殺さなければ、おそらくサレンは妄想に取りつかれたままクレイを始末するだろう。どうせ初期型の人造人間だ。一度くらい殺してしまってもすぐに蘇る。
「覚悟しろ!」
「おお、いい面構えじゃ。これは楽しくなりそうじゃな!」
腕に刺さっていたナイフを乱雑に抜いてからその場に捨て、邪悪な笑顔を浮かべながらサレンはクレイのことをしっかり見据えた。これが現実であれと、そんな願望が見て取れる。
「『能力開放』!」
クレイは能力の制御を解除した。
サレンVSクレイの戦いが始まる……かも?




